早稲田塾
GOOD PROFESSOR

東京経済大学
コミュニケーション学部

山田 晴通 教授

やまだ・はるみち
1958年福岡県生まれ。’81年東京大学教養学部教養学科卒。’85年同大学新聞研究所研究生課程修了。’86年同大学大学院博士課程(地理学専攻)単位取得退学。’86年松商学園短期大学(現松本大学松商短期大学部)商学科専任講師。’90年同助教授。’95年東京経済大学コミュニケーション学部助教授。’01年豪マコーリー大学現代音楽研究センター客員研究員。’06年より現職。主な著作に『表現する市民たち 地域からの映像発信』(日本放送出版協会)『ポピュラー音楽へのまなざし』(勁草書房)『東京スタディーズ』(紀伊國屋書店)などがある(著作はいずれも共著)。
山田先生が主宰する研究室のURLアドレスはコチラ → http://camp.ff.tku.ac.jp/YAMADA-KEN

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ポピュラー音楽などサブカルチャー研究も

山田研究室のある東京経大6号館
盛夏を迎えた国分寺キャンパス正門

今回ご紹介する東京経済大学の山田晴通教授を一言で表現すれば「異能の人」とでも言うほかない。まずは研究室が発信しているWebサイト(といっても中身のほとんどは山田先生の個人ページである)がすごい! その分量の膨大さもさることながら、マニアックなまでに幅広く詳細な内容に圧倒される。

大学教授のページだから本格的な研究論文なども当然あるが、私的なコーナーでは「My新語(辞書)遅刻耳」、言葉遊びの「駅名アナグラム」、はては「東経大正門郵便ポスト収集時刻表」までが書き込まれている凝りようなのだ。さらには受講学生の授業への声やアンケートなど、先生にとって決してプラス評価でないものまで余すところなく開示している。その真率にしてマニアックだが内容の温かみに惹かれて話を聞いてみたいと思い、思い切って取材を今回お願いした。

取材場所に登場した山田先生はいかにも巨漢の偉丈夫で、丸々とした顔に立派なひげを蓄えている。まさに異能の教授の雰囲気いっぱいだ。そこで今回は趣向を変えて、先生に語って頂いたことばを中心に構成してお届けしてみよう。

【Q】まず、山田先生が在籍するコミュニケーション学部(同学部はコミュニケーション学科のみの単科学部)の特徴について教えてください。

【A】学部名にコミュニケーションというキーワードを使用したのは、この東経大が日本で一番はじめになります。ここは語学と社会学の教員が中心になって、コミュニケーションを核にして人文学系から社会科学系までの視点で幅広くアプローチしているのが特徴です。こうした類例は、他大学にはほとんど無いのではないかと思います。

この学部で学ぶ学生のメリットとしては、いろんな学問分野で使用されているコミュニケーションという概念を重層的に学べて獲得できること。さらに、この学部にはいろんな分野の先生が揃っていますから、学生はここで学びながら将来の進路選択を考えられるところです。これは他の学部ではできないことでしょうすね。

【Q】山田先生の専門分野は何ですか?

【A】わたしの場合、研究対象が数年単位で変わるものと、ずっと続けているものがありまして、後者のスタイルでは英国の地方都市について。社会経済地理学の面から調査研究をずっとしています。ただ、この研究は学生にはあまり還元されない学界向きの研究でしょう。

研究対象が数年単位で変わるのはメディア論で、これまでにいわゆる県紙と呼ばれる新聞や、さらに狭いエリアを対象にした地域紙について、あるいはケーブルテレビやコミュニティー放送を取り上げて来ました。いまは特に休廃刊になった地域紙の研究をしています。

このうち地域紙というのは、いわゆる経済や経営の理論ではとらえきれない部分がありまして、その社会的背景とか存立基盤、なぜ成り立っているのか等の研究ですね。たとえば十分な需要がなくて経済的には成り立つはずのない地域紙が、裏で経済的に支援している人なり企業があったりして、その微妙さが興味深くて研究をしています。

それに大衆文化論としてポピュラー音楽も研究対象にしています。これはわたし個人には非常に興味のある分野ですが、ほかの研究者が見逃している(あるいは研究対象にしない)分野の研究になります。つまり学問と認知されにくいサブカルチャーをアカデミックな学問の作法で研究してみようということで、結果として思いのほか良い成果があがっていると自負しております。

少し前に昭和初期の歌謡曲について研究していまして、その当時日本語で唄う米国人のバートン・クレーンという歌手がいたことを発掘しました。その論文を発表したところ、それが彼のCDの復刻につながったりしています。
そんなわけで、自分が面白いと感じたことを手広く浅く研究するというスタイルでやっています。

まるで保健室のような(?)山田研究室の秘密とは

東京経済大国分寺キャンパスの全景
「メディア工房」はビデオ編集設備も完備

【Q】ゼミ指導についてのお考えを。

【A】東経大では1年次からゼミ演習があります。初年次は練習で、本格的には2年次からになります。わたしのゼミは10人以上でやっていた時期もあったのですが、だいたいは少数になることが多く、今年度は3人だけになりました。これには理由がありまして、このところ毎週土曜日の1時限にゼミを組んでいるからです(笑)。

メーンテーマについては、ここ数年は『ポピュラー音楽について』でやっています。内容的には前期はテキストを読んで報告するスタイルで、後期はそれぞれでゼミ論を書いてもらいます。

この学部は東経大で唯一卒論の提出が義務付けられていまして、ゼミ論はそのトレーニングとしてやっています。ゼミ論と卒論のテーマは、必ずしも音楽に関わらなくても別に当人の関心のあるテーマがあればそれでもOKとしています。

【Q】指導方針は何でしょうか?

【A】わたし自身は研究者というより、「教師」タイプの人間だと思っています。ですから自分が深く研究した最先端のことを教えるのではなく、いま目の前にいる学生たちは何を理解すべきか、彼らが現状から一歩先へ進むためには何を手ほどきすべきか、それを考えながら指導しています。

そのせいかどうか、わたしの研究室にはゼミ生以外の学生がよく相談に訪ねて来ます。学業や大学生活の悩みで、まるで保健室的な研究室のようです(笑)。また、それまでゼミ生でもなかった学生が、4年次になって卒論指導をしてくださいなどと来る例も多いですね。どうやら、わたしはそういうタイプの教員のようです。

ただ、わたしの指導は決して甘くはありません。出欠こそあまり厳しく問いませんが、研究テーマの選定や方法などについてはかなり細かな報告を求めます。結局、自分自身で自主的にやれる人間を育てたい。その動機付けをしてやるのが、わたしの仕事だろうと思っています。

こんな生徒に来てほしい

極端な言い方になりますが、どうしても学びたいという姿勢をもっていない人は大学に来てまで学ぶべきではないと思います。わたしのゼミの例で言いますと、ほかの何かを犠牲にしてでも研究に打ち込むくらいの覚悟がないと良い成果は得られませんし、教える側も教えられる側もお互いに時間を空費するだけになってしまいます。逆に何かをやりたい意欲はあるのに、その何かをつかみきれずに堂々巡りをしているような人には、わたしと付き合ってみるメリットは大いにあるように思いますよ。

公開日:

※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。