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GOOD PROFESSOR

中央大学
文学部 人文社会学科社会情報学専攻

松田 美佐 教授

1968年兵庫県生まれ。’96年東京大学大学院人文社会系研究科社会情報学専門分野博士課程満期退学。’96年東京大学社会情報研究所助手。’00年文教大学情報学部専任講師。’03年中央大学文学部助教授。’08年より現職。映画倫理委員会年少者映画審議会委員。NPO法人【仕事と子育て】カウンセリングセンター理事。立川市男女平等参画推進審議会会長。主な著作に『ケータイ学入門』(有斐閣)『Personal,Portable,Pedestrian:Mobile Phones in Japanese Life』(MIT Press・前著ともに共編著)『うわさの科学』(河出書房新社)などがある。
松田先生が主宰するWebサイトのURLアドレスはコチラ →
http://www10.plala.or.jp/misamatsuda/

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ITメディアが社会と人間を根本から変える

松田研究室のある3号館「文学部総合棟」
中大多摩キャンパス

今回ご登場ねがう一生モノのプロフェッサーは、中央大学文学部人文社会学科社会情報学専攻の松田美佐教授だ。現役高校生の皆さんのなかには「社会情報学」という言葉を初めて耳にする人も多いだろう。

「インターネットなど情報コミュニケーション技術の発展によって、情報を集めたり加工して発信したりということが、一般市民でも簡単にできる時代となっています。社会情報学とは、そうした情報と社会との関係について文系・理系の双方の観点から考察していく学問分野ですが、わたしは社会学を背景として研究しています」

インタビューの冒頭、松田先生はこう説明してくれた。この社会情報学専攻が中央大学文学部内に開設されたのは’90年で、これは国内諸大学に先駆けての開設として、当時話題になった。同専攻のカリキュラムは情報コミュニケーションコースと図書館情報学コースの2つからなり、先生は前者の所属になる。

「情報コミュニケーションコースでは、マスコミやジャーナリズム・世論など長く検討されてきたテーマに加え、インターネットやケータイ(携帯電話)などの新しいメディアや、放送と通信の融合といった今日的な課題などを含め、多様な観点から情報と社会の関係について研究しています」

そして同専攻の履修科目には大きな特色がある。

「文学部に含まれる社会情報学専攻は文系ということになりますが、本専攻ではコンピュータのプログラミングが必修になっています。文系的な視点からプログラム開発・SEなどに携わる人材を育てたいという意図もありますが、それ以上に、IT化が進むなか、コンピュータの基礎的な知識が文系であっても必要だと考えるためです」

数学などの理系科目が不得意で、文系向きの人間だから――などと毛嫌いしないで、果敢に挑戦してほしい。松田先生はそのようにも強調する。

ケータイなどITツール利用でかえって世界が狭まる

中大多摩キャンパス
中央大学の印象的なロゴプレート

さて、松田先生ご自身の専門は「コミュニケーション」で、メディアと社会との関わりについて研究されている。

「わたし自身は『人と人』のパーソナルなコミュニケーションに興味がありまして、最初の研究テーマは、『噂』についてでした。90年代半ばからポケベルやケータイが普及し始めると、ケータイによるコミュニケーションを研究することで、人と人との関係や社会が分かると考え、現在はこちらを中心に研究しています。一方で、新聞やテレビなどのマスメディアが社会に及ぼす影響力にも関心があり、そうした関連の講義も担当しています」

それらの長年の研究で見えてきたことについては……

「50年単位のような長いレンジで検討すると、社会志向より個人志向が、公的なものより私的なものにそれぞれ価値が置かれる傾向が強まっているのですが、ケータイ等の普及でそれに拍車がかかっています。ケータイというのは、親しい人同士をさらに親密にさせる反面、親しくはない人との関係や偶然の出会いのような機会を削ぎ落としていくことにもなっています」

日本の現象として、インターネット等もケータイ的なパーソナル通信目的に利用されることが多いと松田先生。こうしたことから次のような指摘ができるという。

「よく家族の危機などと言われますが、実際にはそのようなことはありません。むしろ家族の親密度は増しています。ただし、家族に対する期待が大きすぎるために、満足度が低くなってしまう面があるようです。それを埋めるために、家族間でも頻繁にケータイで連絡を取り合っているという現象が見られます」
「インターネットで世界中から情報を得るのは現代人の特権ですが、自分の関心のある情報にしかアクセスしないという傾向に陥ってしまう危険性もはらんでいます。新聞など従来型のマスメディアの場合は、情報がパッケージ化されていますので、いまの自分には関心のないことでも、社会的に重要な情報には自然に触れることができました。ところがインターネットだけに頼っていると、異質なものに触れる機会が減っていくことが大きな問題になります」

当たり前とされていることは本当に当たり前なのか?

キャンパス内の桜

中央大文学部では1~2年次にはクラス単位の基礎ゼミがあり、3~4年次において合同の専門ゼミ演習となる。

「3年次のゼミ生には、まず文献講読をして基礎知識を徹底的に身に付けてもらいます。それから毎年『メディア変容と社会、人間関係』をテーマにしたグループ研究をしてゼミ論にまとめてもらっています」

そのゼミ論は、すべてCD-ROMに収録されて全ゼミ生に配布される。そして4年次ゼミ生は、3年次ゼミ生のグループ研究にアドバイスしながら、自らは必修の卒業論文に取り組む。

「グループ研究でも卒論でも、私のほうからテーマを与えるということはしません。もう立派な大学生なのですから、自ら関心のある事柄からテーマを設定し、問いを発して結論を得ていく、そのすべてを自分の力でやり遂げてもらいます。もっとも最近はどのゼミ生もテーマや仮説の設定に苦労するようですね」

とにかく社会学系の研究で大切なのは、当たり前と思われていることが本当に当たり前なのかを問い直すこと――そこにこそ研究テーマのヒントが隠されているとも語る松田先生。あらためて学生指導の基本的な方針については……

「なによりも自ら研究テーマを見つけられるように――ということに尽きますね。同時に、卒業後のことも考え、自己アピール能力やコミュニケーション能力を身に付けてほしいと思いまして、ゼミは人前で話す訓練の場であるとも指導しています」

最後になったが、中央大には「FLP」という制度がある。同制度履修を希望する学生が選抜されると、所属学部で学ぶほかに、他学部の学生とFLPプログラムが学べる制度で、松田先生はここでもジャーナリズムのゼミ演習を担当している。

「学生たちが各学部の壁を取っ払ってひとつのテーマについて学んでいる姿は、学生にとってはもちろん、教える側の私にも刺激的ですね」

こんな生徒に来てほしい

いまの自分にとって興味のあること以外のことにも、興味や関心の目を広く向けてほしいと思います。いま現役高校生の皆さんは目の前の受験勉強が大変で、なぜこんなことまで覚えなくてはならないのかと、疑問に感じている人も多いかと思います。ただ、どんな機会であっても、得た知識は将来の人生で大いに役立ち得る可能性があります。ですから苦しい受験勉強でしょうが、そこに何か面白みを発見して励んでほしいですね。

公開日:

※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。