早稲田塾
GOOD PROFESSOR

一橋大学
社会学部 歴史社会研究分野(大学院社会学研究科歴史社会研究分野)

若尾 政希 教授

1961年岐阜県土岐市生まれ。’83年愛知教育大学教育学部中学校社会科課程卒。東北高等学校で講師をしながら’88年東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。’88年東北大学文学部附属日本文化研究施設助手。’94年富山大学人文学部助教授。’98年一橋大学社会学部助教授などをへて’06年より現職。博士(文学)。専門は日本史・近世史・思想史。主な著作に『「太平記読み」の時代』(平凡社)、『安藤昌益からみえる日本近世』(東京大学出版会)。『広辞苑』(第六版)編纂協力(日本近世史にかかわる項目を執筆)
若尾先生が運営する「日本近世史・思想史研究の窓」のURLアドレスはコチラ →http://www.soc.hit-u.ac.jp/~wakao/index.htm

  • mixiチェック

その時代の「通念・常識」に注目して歴史をとらえ直す

若尾ゼミが開かれる国立東キャンパスのマーキュリータワー
一橋大学国立キャンパス正門

一橋大学の若尾政希教授は、日本近世史研究のトップランナーの一人だ。
歴史の中の人物の思想を、現代人と同じように「生きて変化するもの」として生き生きと再構築する研究を行なってきた。

「思想史というと難解で特異なものと思われがちですが、そうでもないですよ。たとえば江戸時代がどんな時代だったかを考えようとしたら、その時代の人がどんなことを意識したのか、考えていたかということが大事なはずでしょう。私は、人々の意識・思想に焦点を合わせて、歴史研究を思想史研究と呼んでいます。そのなかでも、とりわけ、ある時代の人々が共有した社会通念とか常識といったものに関心をもっています」

その「時代のみんなが共有した社会通念・常識」を読み取る道具に若尾先生がしているのは、なんと「書物(江戸時代の和本)」だ。
意外だが、書物は歴史研究史料として今まで重視されていなかったという。
手書きの古文書ばかりが尊重され、印刷されたものも手書きの写本も、複製物とみなされ、家々に保管されていた蔵書も散逸してきた。そして、現在も散逸し続けている。

若尾先生は、書物の中でも当時大量に売れかつ読まれたものに注目。
時代時代での解釈など、元のテキストに書き加えられたものや、書物を読みながら取られた個人のノート、書物に影響を受けたと思われる行動や動きなどから、従来の研究ではつかまえられなかった「時代の表情」を捉えようとしている。

「これまでは江戸時代というと士農工商という身分制度が定着した時代とされ、農民は、年貢を取られ支配されるいわば弱者でした。ところが、この時代は、武士が農村を離れ城下町に集められたために、農村は農民だけとなり、文書での支配(村請制)が確立した時代でもあるのです。幕府・藩とも支配は文書(触書)を通じてなされました。農民はそれをきちんと読むとともに、年貢を納めるために自分でも毎年大量の文書を書いていました。当然、字は読めたわけです。そして本も積極的に求め、読みこなした形跡があります。村役人を務めるような家には、立派な蔵書があることが多かったのです」
「こうした農民層がたとえば17世紀半ばに出版された当時人気の『太平記』の解釈本『太平記評判秘伝理尽鈔』に書かれた『領主は民を恵む仁政(良い統治)を行わねばならない』という一節を読み、それを常識として領主に求めたりしている。求められた側も同じ本を読んでいるので、基本的に仁政の要求はある程度までは受け入れました。どうです? 『支配されるだけの弱者だった』はずの農民のイメージがかなり変わってきませんか」

先生によると、江戸時代が始まるとほぼ同時に「読みたい人々」の需要が生まれ、商業出版が日本で初めて始まった。
街には、本屋(元の意は「物之本(真理)屋」に由来するのだという)ができ、今よりずっとまじめに自分の生き方を求めて読む人々に書物を売った。

先の『太平記』でいえば、17世紀前半は、「太平記読み」という形で大名や上層武士相手に講釈(講義)され、やがてその内容が、最初写本の形で大名を中心とした上層の武士層に流通していた。
1640年代にその写本が本屋の手にわたり出版されるや、階層を問わずに爆発的に売れ、津々浦々にまで行き渡ったという。

「大学における歴史教育の役割は、史学の面白さと大切さを伝えることにもあると思っています。それに私のやり方なら、その人の思想が形成されていく『変化の過程』をみていくので、調べたい人間の思想形成を調べれば調べるほど、その人間の内面とその人間が生きた時代が生き生きと見えてくる。それはとても楽しいことですよ」

思想史を学ぶことで現代の何を変え得るのか?

テレビドラマのロケにも使われる雰囲気のあるキャンパス。建物は国の登録有形文化財・兼松講堂
院生・学部生入り交じって活発な知の交流が進む若尾ゼミ

よく若尾先生は、一般の市民向けの講座などで「現代の社会通念・常識とは何ですか?」と問いかけるという。
ところが答えられる人はまずいない。

「これは実はとても難しいことなんですね。社会通念や常識は、その時代に生きている人たちが意識せずに身につけている空気のようなものだからです。しかし、自分で客観化する方法はあります。ひとつは、生まれ育った国を離れて別の地域に住んだり、旅をしたりして、一歩外の世界に出てみること。自分を相対化して、比較文化的に見詰め直すことが出来るようになります。もうひとつは、歴史を過去にさかのぼってみることです」

たとえば明治以前の日本では、肉食を「穢れ(ケガレ)」として忌避する社会通念があった。
飲む薬でさえ、動物由来のものは使用しないほどだったという。

「そんな時代状況のなかで、肉食を奨励した人はひどいバッシングを受けました。現代からは奇異に見えるこの社会通念が、いつ形成され、どうやって皆に共有され、いかに克服されていったのか? 歴史的に検証すると見えてくるものがあります。その時代の人が、時代の常識の枠にぶつかっている様子を知れば、現代の我々を客観視することにもなるのです。いまを生きる私たちも、一時代の相対的な存在でしかないにも関わらず、時代を超えた絶対的なもののような顔をした社会通念に囚われているだけなのです」

社会通念を歴史的に見直していくこと。
社会通念を打ち破ろうともがいた人物の生き様、その思想形成の過程を知れば、その人物が生きた時代をより鮮明に躍動的に捉えることができる。
近世の出版のありさまや、想像よりもっと高かっただろう近世人の識字率、そして知識欲。
先生の話を聞いていると、過去の日本人との距離がぐっと縮まるとともに、歴史を変えてきたのは思想を持って動いた「人間」なのだという能動性・躍動感が感じられてくる。

「そうです。歴史を変えてきたのは人間なのです。そして、現代を変えうる人間として、いま私たちも生きているのです」

学部の壁を越えて院生・学部生が一緒に学ぶ若尾ゼミ

太平記』という江戸時代の超ロングセラーがその時々でどう読まれたかを通して、時代の思想を再現した若尾先生の著作『「太平記読み」の時代―近世政治思想史の構想―』(平凡社)

一橋大学は、伝統的に各学科の垣根が低く、他学部の授業も単位になる自由なカリキュラムで知られている。

「ふつう歴史専攻というと、日本史の中の近世史、その中の経済史とか思想史や文化史というように、分野や専門がどんどん狭くなるイメージがあります。ところが私が所属する歴史社会研究分野は、大きな社会史の流れの中で歴史をとらえ直すことができます。社会学部の中にいても、法学部や商学部・経済学部の講義やゼミも取ることができます。そのカリキュラムも他の大学なら学部ごとに時間割を作成しますが、一橋は全学共通の1枚きりです。なにを取ってもいいのです。『自分の学問』を広く社会のなかで位置付けることもできるはずです。こうして広がりを持って学ぶというのはとても大事なことです」

若尾ゼミの活動も、院生や学部生入り交じって行なうなど、その自由な雰囲気に満ちていることは言うまでもない。

「学部生には得だと思いますね。ここに集まる院生の最先端の研究発表が聞けますし、質疑応答などで切磋琢磨していけますから。それに2002年から私は『書物・出版と社会変容』研究会という会を主宰していて、これが今や文学や宗教学・民俗学など専攻の枠を超えた研究会活動にまで発展していますから、かなり面白いはずですよ」

こんな生徒に来てほしい

江戸時代の人々が書いたもの(書物も文書も)を読み解いていくのは、外国語を学ぶのと同じように思われるかもしれません。
しかし、いったん入り口へ入ってしまえば、今までの歴史研究が手を付けてこなかった「出版物と歴史的人物の思想形成との関わり」という未開拓の豊かな沃野が前に広がります。
歴史中の人物を生き生きと甦らせる新しい試みに参加してみませんか。

公開日:

※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。