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GOOD PROFESSOR

獨協大学
国際教養学部 言語文化学科

浅山 佳郎 教授

あさやま・よしろう
1957年福岡県生まれ。’83年上智大学大学院文学研究科国文学専攻修士課程修了。’86年中国ハルビン工業大学外国語専科講師。’90年秋草学園短期大学国文科専任講師。’94年神奈川大学外国語学部専任講師。’96年同助教授。’02年同教授。’03年獨協大学外国語学部教授。’07年学部開設により現職。
著作には『明六雑誌とその周辺』(御茶の水書房)『副詞的表現をめぐって―対照研究』(前著ともに共著・ひつじ書房)『日本漢詩人選集 4 伊藤仁斎』(研文出版)がある。

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東アジア言語の普遍的機能と漢字意識

浅山研究室のある獨協大学中央棟
伝統感じさせる正門の校名プレート

獨協大学の国際教養学部(言語文化学科だけの単科学部)は’、07年に開設された新しい学部である。
その開設時から中心的な役割を担ったのが今回ご紹介する浅山佳郎先生だ。
まずは獨協大学国際教養学部の教育理念から話してもらおう。

「日本の大学の多くは『実学教育』を掲げ、各専門家の養成が目的とされてきました。我々が新たにめざすものは、そうした実学教育から距離を置いた本来的な大学の姿に立ち返り、この社会の中心を構成する市民の教養を高めることを目的にしています。つまり、本来の教養を獲得して強い精神力と判断力をもった市民の育成を目指しているのです」

その具体的なカリキュラムについては、環太平洋地域に視座を置いて2言語の併習を原則としている。
また、文理の壁を取り払った12の研究科目群(200科目)から自由に科目選択(哲学のみ必修)して学んでいく。

このうち2言語併習においては英語が全員必修となる。
さらにスペイン語・中国語・韓国語から1言語を選択する。

「本学部の言語教育では、いま私たちが生活している環太平洋地域で使用されている4言語が選ばれています。哲学が必修になる理由は、カントやヘーゲルについての知識というよりも、生きる力・考える力をつけようという意味からです。そのほか200に及ぶ科目群から自由に選択して学ぶことによって、複眼的な価値判断ができる人材を育成したいということです」

先の見えにくい混沌の21世紀を生き抜くには、目先の課題ばかりにとらわれずに、世界中の人々が営々と築いてきた人類知の枠のすべてを習得するほうが近道だとも語る。

東アジア諸国で漢文教養が共有される面白さ

ゆったりとしたキャンパスの建物群
新装となった東棟(新教室棟)

そんな浅山先生のご専門は「日本語学」「言語学」「漢文学」。
漢字かな交じり文を表記法とする日本語には、多くの漢文・漢語による表現が含まれる。
そのなかでも研究に通底しているのは「漢文」である。
その研究の発端には、高校時代の浅山先生がもった「なぜ日本人は日本語を使っているのだろう」という大疑問があった。

「その事由を解き明かそうと大学に入ってまず漢詩の研究に入り、さらに漢文の研究に進みました。そこで考えたのは、漢文がどのように日本や韓国・朝鮮・ベトナムのような非中国語圏でも使用されているのかという問題でした」

浅山先生の研究にたいへんに興味深い事例がある。
江戸時代前期の儒学者であり思想家でもあった伊藤仁斎は多くの漢詩を残した。
それを現代の中国人と浅山先生とでそれぞれの言語で読んだとき、どこまで共通した読解が得られるのかという試みである。

「中国の人には現代中国語として読んでもらい、一方わたしは漢文訓読で読んで、そこで両者の解釈がどこまで一致するのかという実験です。結論的には約80%まで解釈の一致をみました。残り20%も微妙な違いでした。言語が示しうる主観的な部分というのは、共通語やより普遍的な言語では切り捨てられる傾向にあります。2割という微妙な違いはそれを表わしているのかも知れません」

こうした学術的な試みは今までほとんど試みられたことのないものだったそうだ。
今後の新たな研究課題については次のように語る。

「日本語や韓国朝鮮語(あるいはベトナムなど東アジアの諸言語)は少なからず中国語(古典中国語)の影響を受けている部分があります。それを踏まえながら、東アジアに暮らす人々にとって、より普遍的に機能する言語の有りようとは一体どういうことなのか? さらに、その個別的な言語の性格について研究したいと考えています」

もはや哲学領域に踏み込む探求となっていく。
浅山先生自身も「ちょっとややこしい話ですね」と笑う。

獨協大学一きびしい学生指導で定評ある浅山ゼミ

「獨協さくら橋」を渡りキャンパスへ
最寄り駅は東武伊勢崎線「松原団地駅」

獨協大学国際教養学部の専門ゼミ演習は2~3年次の学部生が対象である。
浅山ゼミは「言語研究」を共通テーマとし、日本語の構造や特性について研究する。
加えて、浅山先生の「指導の厳しさ」は獨協大学生に知れ渡っているそうだ。

厳しい浅山先生のもと、決して「楽勝」ではない言語・文法研究の峰に挑もうという有意な学生たちの意欲は本物だ。

「現代日本語文法の問題集をテキストにして、設問ごとに担当者を決め、その担当者の司会によりゼミ生全員で自主的に議論させています。わたしの方からは最後に解答だけを与えます。それまでのプロセスはそれぞれが考えなさいという方式をとっています」

浅山ゼミは2~4年次合同で行なわれるが、とくに、漢文分野は扱っていない。
また4年次には卒業論文が必修になる。

その浅山先生の指導方針については、学部生全体に対してと、浅山ゼミ生に対する2通りがあるという。
まずは学部生全体に対する意気込みのほうから伺おう。

「目先の資格や情報などに必要以上にとらわれないで、貴重な4年間をゆっくりたっぷりと楽しんで学んでほしい。できたら大学院に進んで専門性を身に付けたらさらに良いですね。また、日本には数少ない真のサイエンスライターを育ててみたいという思いもあります。人類最先端のサイエンス事象を通して、一般読者の世界観や人生観を変えてしまうような達意の文章の書ける人材の育成ですね」

さらに厳しさの「定評」が学内に知れわたるゼミ生指導については――

「いつも『勉強をしなさい』『本を読みなさい』と、もうゼミ生たちがウンザリするほど口うるさく言っています(笑)。ただ、本を読みながらも、ときには本を置いて、じっくり考えてみたり実際のものを見に行ったりなどもして欲しいですね」

こんな生徒に来てほしい

来てほしいのは、ごく普通に勉強をする人です。
「普通の勉強」とは、受験のための勉強などではない「本物の勉強」のことを言います。
個人的には、高校までの勉強で一生モノの勉強の一端に触れているのは国語と数学だけだと思っています。
国語は読む力を、数学は考える力を付けます。
国語・数学さらに理科・社会をゆったりと勉強してきた人、とくに数学と理科を捨てなかったような人に来てほしいですね。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。