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GOOD PROFESSOR

横浜市立大学
国際総合科学部 大学院生命ナノシステム研究科

坂 智広 教授

ばん・ともひろ
1963年愛知県生まれ。’87年岐阜大学大学院農学研究科(遺伝育種学)修士課程修了し農林水産省入省。農業研究センター・九州農業試験場・国際農林水産業研究センター・在メキシコ国際トウモロコシ小麦改良センター(CIMMYT)勤務などを経て、’07年より現職。2000年に博士(農学)授与。
「学問と情熱 第36巻『木原均』」(DVD共同監修・紀伊国屋書店)がある。
坂先生が所属する「木原生物学研究所」のWebサイトはコチラ →
http://www.yokohama-cu.ac.jp/kihara/index.html
「学問と情熱 『木原均』」(DVD)の案内Webサイトはコチラ →
http://www.amazon.co.jp/ /学問と情熱-第36巻『木原均』-DVD-ドキュメンタリー/dp/B00428M9DC

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遺伝資源の可能性いかした作物品種改良めざす

坂研究室の入る木原研「研究棟」
木原研究所(手前管理棟・奥研究棟)

じつは横浜市戸塚区にある横浜市立大学「舞岡キャンパス」は、その全体が「木原生物学研究所」でもある。
同研究所は、植物細胞遺伝学・進化学の世界的権威として知られる故木原均博士(1893~1986)が開設し、初代所長を務めていた研究所だ。
1985年、横浜市立大学の附置研究所として継承されて現在に至る。

故木原博士は、研究を重ねて現在あらゆる食材に使われるパンコムギの祖先種を見出し、実際に戦後初の科学調査探検隊を編成してコムギの起源を明らかにした。
さらに生物の遺伝情報を担う「ゲノム」の概念を提唱し、ゲノム分析という新しい研究手法を開発して、多くの作物がゲノム数の倍加によって進化する倍数性進化を発見した。
ちなみに、おなじみの「種なしスイカ」を最初に育成開発したのも同博士である。
こうした近代生物学における功績は世界的なものであると同時に、近代スキーの技術開発やフィールド科学のフロンティアとしての顔も知られている。

現在の木原研究所にあって若くして博士の衣鉢を継ぎ、研究と学生教育をしているのが今回ご紹介する坂智広先生なのだ。
木原博士への敬慕の意を込めつつ坂先生はこんな話もしてくれた。

「人類にとって食糧危機問題は太古の昔からあり、いかにして作物を生産し食べていくかが課題でした。ところが主食となるイネやムギは、収穫を上げようと大型化すると風で倒れやすくなるという欠点が宿命でした。60年代に、背が低い日本のコムギ品種を基にして、肥料を施しても倒れずに6倍ほどの超多収になる新品種がメキシコで開発されて、1億人以上の人を飢餓から救いノーベル平和賞(1970年)に賞される『緑の革命』により、世界の食糧危機が回避されました。この日本原産のコムギ品種とその種の可能性を世界に知らせたのが木原博士でした」

坂先生の研究テーマは「植物遺伝資源科学」だ。
木原博士の研究から引き継がれたコムギやトウガラシも使って、「植物遺伝資源の多様性解析と育種的利用」「コムギ病害抵抗性の遺伝育種学研究及び病原菌との相互作用メカニズムの解析」、さらに国際農業研究機関との連携による「国際共同研究ネットワークの推進」なども手掛ける。

「コムギを中心にした穀物のゲノムや染色体・遺伝子の変異と進化についての研究をして、品種改良に役立てています。具体的には、(1)コムギがもつ重要な(面白い)遺伝子の研究――コムギの育種(品種改良)に役立つ遺伝子、塩害などの環境ストレスに強い遺伝子の研究(2)コムギの進化の研究――野生コムギから栽培化への経緯をゲノムの倍数性進化から読み解く研究(3)コムギとその近縁種の変異の研究――育種と進化の基礎となる変異についての研究。これらを通して世界の食糧不足問題や飢餓と貧困に苦しむ人たちの役に立ちたいと思っています」

「変わり者」生物種が地球人類の危機を救うのかも

木原研圃場で栽培されているコムギ
横浜市立大木原研究所圃場の温室設備

こうした研究に共通する基本的な考え方について坂先生は次のように語る。

「生き物を研究していると変わり者(変種)にいっぱい出会います。すべて生物には必ず存在する意味があって、そうした生き物の命を『頂きます』しないとヒトは生きていけません。地球上の生物の多様性と環境を考えることが大切で、持続的な共存を考えながら様々な生き物の良いところを見つけ、品種改良に役立てるのが我々の研究アプローチになります。つまりエリート種を育てるだけではなく、それぞれの厳しい環境に適応して育つ野生の植物種から未来の可能性を引き出していきます」

そして、大切な「変わり者」の遺伝資源を在来種と組み合わせて品種改良へと結び付けていく。
こうした坂先生の研究のひとつに、地球環境を守り過酷な環境でも食糧生産するため、種をまかなくても球根による多年生コムギの育種のような変わり種までもがあるという。
世界中のトウガラシを健康に役立たせる「医食同源」の研究も進められる。

さらに、いま坂先生は「作る大切、食べる大切」に目を向けた2つのプロジェクトを進めている。
まずひとつが、国産コムギの自給率向上をめざす「ユメシホウプロジェクト」(http://pgsource.sci.yokohama-cu.ac.jp/yume44/index.html)だ。

「このユメシホウというのは、神奈川など温暖な地域でも生育が可能な国産パンコムギの品種です。これを使って地産地消のネットワークを構築し、安全なコムギの自給自足をめざすプロジェクトです。すでに神奈川県内の農家で栽培され、パンやクッキーなどに商品化もされています」

こうした地産地消の取り組みは、世界的な気候変動などによって輸入コムギ供給が不安定になることへの抜本的対策や、穀物自給率向上への決め手にもなる可能性をも秘める。
このプロジェクトの中心にあって事務局を務めるのが坂先生なのである。

さらに、もうひとつが「アフガニスタンコムギの里帰り、持続的食糧生産のためのコムギプロジェクト(JST/JICA地球規模課題対応国際科学技術協力事業SATREPS)」(http://pgsource.sci.yokohama-cu.ac.jp/satreps/index_jp.html)ということになる。

「20年を超す長い内乱ですべての社会基盤が崩壊し空白状態になったアフガニスタンでは、食糧を生産する農業技術の継承できず、自分たちで主食のコムギを品種改良することをゼロから始めないといけません。私どもの研究所には、木原博士が50年前の探索で現地から持ち帰った貴重なコムギの種子があります。それを里帰りさせて現地での生産を復活させようというプロジェクトです」

すでに2010年から首都カブールに赴き、アフガンでの活動を始めているという。
これも中心で推進しているのは坂先生で、国際貢献上もたいへん意義深いプロジェクトといえよう。

非日常的・非都会的経験を心掛けて生きていこう

坂研究室メンバーと談笑する坂先生
研究所内「木原記念堂」前での坂先生

坂先生が学部の教壇に立つのは、金沢八景キャンパスにある国際総合科学部環境生命コースだ。
一方ふだん先生が詰めている舞岡キャンパスには一般学部生の姿は見られない。
ここにいるのは基本的に大学院生と若干の留学生、それに卒業研究のために木原生物学研究所の研究室配属になっている学部4年次の学生たちだ。

「わたしの研究室には例年5人前後の卒業研究生が希望して分属されます。分属時期については、今年度(2011年度)より3年次後期からに早まる予定です。これで秋のコムギの種まきから収穫までのサイクルを、順を追って経験できることになります」

それぞれの卒業研究課題については各卒研生の希望を配慮しながら、坂先生との話し合いで決められる。
その具体的なテーマは、生物学系研究所ならではの面白さを生かしたものが基本になるという。

最後に、これまでと趣向を変えて、今回の取材の端々で坂先生が話された貴重なことばをいくつか挙げておこう。

「農業実習で栽培したコムギを自分で製粉し、学生自ら育てた野菜でパスタやピザを料理してもらっています。スーパーマーケットで簡単に入手できるパスタも、種まきから自分で経験するといかに手間暇のかかるものかが実感できます。こうした非日常的・非都会的な経験、とくに『いかに失敗したかの経験』をするように心掛けることが大切です。『経験』には時間が必要ですが、たくさんの(失敗の)経験は何よりの力になります。そのために常に好奇心・可能性のアンテナを広げておいて欲しいと思います」

「大学というのは育苗箱のようなもので、そこから個性的な苗が育っていきます。高校までの学習などと違って、研究には(そして人生にも)行き先の定められた地図とか用意された答えなどありません。若者の真っ白なキャンバスには可能性が無限にあり、自分の歩いた道の後ろにキャリアができる。その答えは結果として付いてくるものです」

「わたしの周りでも、子どものころから与えられることに慣れてしまって、マニュアル通りに生きないと不安になるような、チャレンジを好まない『指示待ち型』若者が目立つようになった気がします。学生時代は『生き抜く術を学ぶ』絶好の機会です。与えられた枠や恵まれた日常の外に、人生という無限の可能性を秘めた航海が待っています。それに備えて、大学では多くの人と出会って意識的にさまざまな経験を積んで欲しいですね」

こんな生徒に来てほしい

「来る者拒まず。去る者追わず」
わたしの研究室には『自分自身で考える力』を育もうとする仲間が集まってきます。
すでに人生にはっきりした目的のある人はもちろん、まだ人生の目標もなにも見えないが何か一生かけてやり遂げたいという意欲のある人でも歓迎します。
もっといえば、食糧問題に目を向けつつ植物科学の研究テーマとキャリアを通じて広く世界に開いた窓に触れてみたい――
そんな学生さんにはさらに向いているかもしれませんね。

公開日:

※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。