早稲田塾
GOOD PROFESSOR

日本大学
芸術学部 文芸学科

清水 正 教授

清水正(しみず・まさし)
1949年、我孫子生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。主な著作に、『つげ義春を読む』(現代書館)、『ビートたけしの終焉』(D文学研究会)、『ドストエフスキー「罪と罰」の世界』(鳥影社)など多数。

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『千と千尋』に潜む破壊

暗黒舞踏からドストエフスキー、果てはマンガまで。この幅広さが、先生の話を面白くしている。興味があれば、ぜひ先生の著作を読んでみてもらいたい

凄みを感じた。何だか威圧されてしまうのだ。一方話は、時間を忘れるほど面白い。

「宮崎駿の作品『千と千尋の神隠し』が大ヒットしていたのと同時期に、アメリカで世界貿易センタービルへのテロが起こりました。この映画は娯楽性の強い作品です。でも、この映画に世界貿易センターの崩壊よりもすごい破壊が秘められていることを、観客は感じているんじゃないですか?論理的にわからなくてもね」

『千と千尋の神隠し』を観た人ならわかるだろう。確かに楽しめる作品である。ただしストーリーが何を暗示しているのかがわからないのだ。例えば「う、う、う」としか言葉を話せないカオナシは、主人公の千尋と行動をともにする重要人物なのに、その経歴は明らかにされていない。どうして食べ物から人まで飲み込んで巨大化していくのかもわからない。

こうした謎を清水正先生は、次のように解説してくれた。

「現代人は失語症なんです。言葉によって表現できる何かを失ってしまっているにもかかわらず、表層的なお喋りを展開している。それが『カオナシ』なんですよ。また個人の名前がついてるけど、一人ひとりが識別できない。それも『カオナシ』です。名前も言葉も奪われている現代人を、カオナシが象徴しているんですね。だから彼が着ているマントを広げると、虚無と絶望が広がっている。そして、どんどん巨大化していくわけです。現代人の抱えている虚無と絶望はすごく深いでしょう。それを感覚的にわかっているから、みんながこの映画を受け入れているんでしょう」

読む人によって作品が変容する!?

『赤ずきんちゃんは狼だった』を読めば、テキストが読者からの問いによって変容していくことを実感できる。

清水先生は、日本大学芸術学部で「マンガ論」という非常に人気のある講義を担当している。だが、もともとはドストエフスキーの研究者だった。ツァーリ(皇帝)体制がほころびをみせ、徐々に社会主義革命への気運が高まっていく政治状況下で、ドストエフスキーはさまざまなメッセージを作品に埋め込んだという。そのメッセージを、先生は次々と解明していった。『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフの名が、ツァーリ暗殺を企むテロリストを暗示していた、というのも発見の1つである。

「テキスト(作品)は、動かないものだと思っているでしょ。動くんですよ。テキストに揺さぶりをかける。つまり問いを発すれば、テキストが変容していくんです」

確かにそうだろう。『罪と罰』を読み流せば、老婆を殺した青年の話にしかならない。しかし殺されるのがツァーリと暗喩していたら、あるいは神の存在に苦しんでいた作者の信条を加味すればどうなるのか。無限に変容するテキストを、先生は徹底的に解体していった。この成果は10冊もの本にまとまっている。

そんな先生が気づいたのは、ドストエフスキー的な問題を受け継いでいるのがアニメ作家やマンガ家だったことだ。だからこそ先生はマンガを研究し、「マンガ論」などの講義を開講していくのである。

もちろん研究は徹底している。幅も広く、奥も深い。そのため講義で取り上げる作品も多岐にわたっている。1970年代に人気を博したつげ義春の『ゲンセンカン主人』、97年に講談社漫画賞を受賞した望月峯太郎の『ドラゴンヘッド』、今年完結した浦沢直樹の『モンスター』などなど。こうした作品は先生によって徹底的に分析され、驚くような見解が付されている。『モンスター』にいたっては、「このマンガは第一巻で終わっている」と断定されているのである。(詳細は、『清水正が読む 浦沢直樹「モンスター」』を参照のこと)文学者は宗教家や哲学者と同様、突き詰めていくと「神秘」に突き当たってしまうという。

「『神秘』は神が秘め隠したことだから、人にはわかりません。謎を解き明かそうとすれば、「謎」という漢字の通り言葉が迷ってしまう。何が善で何が悪なのかもわからなくなってしまいます。ドフトエフスキーや宮崎駿は、そんな境地まで行ってしまった人です」

清水先生に話を聞き、改めて文学の怖さを感じた。文学の先にあるのは、巨大な闇のようなものだ。そこまで行き着いてしまったら、眼をそらすこともできず、立ち去ることもできないのだろう。もちろん文芸批評家も、そこから逃れられるわけではない。

どうして先生が凄みを持つのか、わかったような気がした。先生が身にまとっているのは、文学者としての凄みだった。

こんな生徒に来てほしい

好奇心が「僕の授業を聞いて、『神秘』を見分ける能力がつくとは保証できません。ただし"化ける"学生はわかります。やはり性格的に素直な人でしょう。学生は若いから生意気でしょ(笑)。でも、どうして学生が大学に入学するかというと、先生がいるからです。僕が『この本を読め』と言ったときに、別の本を読もうと考える人は、自分で判断できる学生ですが学力は伸びません。そういった意味では、素直な学生に来てもらいたいと思います」

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。