
電気通信大学
情報理工学研究科 総合情報学専攻
西野 哲朗 教授
にしの・てつろう
1959年東京生まれ。’84年早稲田大学大学院理工学研究科数学専攻博士前期課程修了。’84年日本アイ・ビー・エム入社。東京基礎研究所研究員。’87年東京電機大学助手。’92年北陸先端科学技術大学院大学助教授。’94年電気通信大学電気通信学部電子情報学科助教授。’99年同情報通信工学科助教授。’06年同教授。’10年学内改組により現職。
電子情報通信学会ソサエティ論文賞(’02年)IBM Faculty Award(’08年)文部科学大臣表彰科学技術賞(’10年)など受賞。
主な著作に『P=NP? 問題へのアプローチ』(日本評論社)『量子コンピュータと量子暗号』(岩波書店)『図解雑学・量子コンピュータ』(ナツメ社)などがある。
「西野哲朗研究室」のURLアドレスはコチラ↓
http://www.nishino-lab.jp/
最先端の学際分野に学ぶ理論計算機科学

今週ご登壇ねがうのは、電気通信大学大学院情報理工学研究科(学部担当は情報理工学部総合情報学科)の西野哲朗教授。西野先生にまず電気通信大学総合情報学科の特徴から語っていただこう。
「情報科学(Information Science、あるいは計算機科学=Computer Science)の分野は『基盤』と『応用』から構成されています。本学科で扱っているのは『応用』のほうです。つまり『基盤』のうえに搭載されるアプリケーションについての研究教育となります」
実はこのアプリケーション研究は、わが国情報科学の得意分野なのだという。
「すでにコンピューターやパソコンなどIT分野はもちろんのこと、自動車や携帯電話、デジタルカメラ、ゲーム機などにも巨大なソフトが組み込まれているのは皆さんご存じのとおりです。こうした分野の人材育成こそがこの学科の大きな特徴にもなります」
電気通信大学総合情報学科は「メディア情報学」「経営情報学」それに「セキュリティ情報学」の3コース制が敷かれ、3年次の学生からコースに分かれて学ぶ。西野先生の所属は「メディア情報学コース」である。
「未来を予見する科学」としての理論情報科学


西野先生のご専門は「理論計算機科学」と「人工知能基礎論」だ。果たしてどんな学問分野だろうか。
「この『理論計算機科学』とは未来を予見する科学ともいえます。つまり将来こんなソフトウエアがあったら便利になるということを予見しながら研究しているわけです。具体的には、これまでのIT分野ではあまり着目されなかった、他分野の最新研究成果などをソフト開発に取り入れるという方法で研究開発を進めています」
それらの研究例のひとつが、脳科学の最新研究成果や小鳥の鳴き声など自然界メカニズムに倣った研究である。
「たとえばヒトには『条件反射』(conditioned reflex)という反射行動がありますが、この仕組みをロボットに取り入れようと試作しています。人間の動作はいろんな反射や条件反射が組み合わさったものですから、より人間の動作に近い動きのロボットの実現が期待されます。スキップをするロボットですとかね(笑い)」
一方、小鳥の鳴き声など自然界メカニズムに学んでいく研究例としては――
「ジュウシマツの鳴き声の規則性を解析することで、幼鳥がその規則性を獲得していく過程について解明作業を進めています。うまくいけはヒトの幼児が言語を獲得する過程が探れるのではないかと期待しているわけです」
いずれの研究とも理化学研究所と西野研究室との共同研究で進められている。こうした独自テーマでの研究は世界初ということで、今からその成果が世界中から注目されている。
ゲームプログラムから量子コンピューターまで

この「自然に学ぶ」という文脈のなかでは、最新の「量子物理学」の知見に学んで、量子力学、量子光学的な重ね合わせを用いて、量子ビットを実現する次世代型「量子コンピューター」へ向けた大研究にも取り組む。
「量子物理学のミクロ世界では、我々の日常世界とは別の物理法則が存在します。『量子計算機』は、ゼロか1かの値しか持ち得ない『古典計算機』とは次元が異なるほどの超小型化や、超高速計算が可能になると期待されます。その一方で、現行のセキュリティーシステムが効力をうしなう可能性が高いなど新たな諸難問も生じてしまいます」
そもそも現在普及しているITシステムには、整数の因数分解が苦手だという弱点があるとされる。現行のセキュリティーシステムでは、その弱点を逆に利用して、ケタ数が巨大な合成数の因数分解を解かなければ破れない、公開カギ暗号として活用している。これを「RSA暗号」という。
「こうして量子コンピューター実現の可能性は本当にあるのかどうか? さらに実現したとしてそのセキュリティーシステムは将来どうなるのか――これらをいろいろな角度から検証研究をしているところです」
さらにこんなユニークな研究もある。全国の高校生を対象に、トランプゲーム「大貧民」のコンピュータープログラムを募集して競う一大大会「UECコンピュータ大貧民大会」が、西野研究室主催で毎年11月に開催されているのだ(公式サイトのURLアドレス:http://uecda.nishino-lab.jp/2011/)。
「この大会を始めたのは、高校生のみなさんに情報科学に興味をもってもらおうと思ったからです。こうしたことは人工知能の研究にもつながりますから、さしずめ社会科学の知見に学ぶ応用研究例ということになりましょうか」
学生の一生モノ研究テーマに逐一つき合っていく

電気通信大学総合情報学科の学部生は、各教員主宰の研究室に4年次春から配属となり、1年間かけて卒業研究に励む。西野研究室では毎年度6~7人の学生を受け入れているが、人気の研究室だけに希望者は数倍にのぼることが多い。
「選抜にあたっては、わたしが面接をして決めています。選抜の基準は、3年間の努力の成果である成績、何をやりたいのかという目標、研究に向かう意欲――それらを総合的に判断して決めさせてもらっています」
選ばれた幸運なる学生たちは、先に述べた西野研究室の研究分野から自らの興味と関心をもとに、卒業研究テーマを設定して研究開発に向かっていく。
ところで西野先生は、こうした幅広い研究分野のすべてについて常に研究しているわけではない。
「配属された学部生や在籍する大学院生などが現在研究している諸テーマ、それらこそがその時々わたし自身の研究テーマにもなります。学生や院生諸君といっしょに研究するというのを基本にしているんですよ」
このような研究姿勢の裏には、西野先生の本来的な研究テーマがこれらとは別にちゃんとある。それこそが、現代数学・理論計算機科学上の最大の未解決問題「P=NP? 問題」(P vs NP Problem)の証明だ。
あくまで学生・院生との研究を優先させつつ、自らの世界初ミレニアム級の研究については空いた時間に取り組んでいる――そう笑顔で話す先生。最後に、あらためて学生・研究生たちへの指導方針について語ってもらった。
「卒研のテーマについては、それぞれ一所懸命になれるものを選んでもらっています。人から無理にやらされるテーマより、自ら積極的に選んだテーマを研究するほうがモチベーションが上がるのは当然ですし、専門の技術力を付けてもらう近道にもなりますしね」
こんな生徒に来てほしい
高校を卒業して大学に進んだら何を学びたいのか――その学びの内容についてよく検討したうえで志望大学を選んでほしい。ただ漠然と偏差値的にちょうど合うから、というような安易な選び方は絶対にしないでください。
そうしないと、あまりにもったいない4年間を過ごすことにもなりかねませんよ。要は、人生でも学問でも「自分は何をやりたいのか?」、そうした一生モノの課題を見つけることが大切になってくるのです。
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