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GOOD PROFESSOR

法政大学
デザイン工学部 建築学科

高村 雅彦 教授

たかむら・まさひこ
1964年北海道生まれ。’96年法政大学大学院工学研究科博士課程修了(建築)。’89年中国上海同済大学建築与城市規劃学院。中国政府給費留学。’93年日本学術振興会特別研究員。’96年東京テクニカルカレッジ講師。’00年法政大学工学部建築学科専任講師。’03年同助教授。’07年同デザイン工学部建築学科に改組。’08年より現職。前田工学賞(’99年)建築史学会賞(’00年)。
著作は『タイの水辺都市―天使の都を中心に』(法政大学出版局)『アジアの都市住宅』(勉誠出版)『中国の都市空間を読む』(山川出版社)など多数。
「高村研究室」のURLアドレスはコチラ↓
http://takamura-lab.sakura.ne.jp/

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「現場」から見通すアジア都市建築の歴史研究

高村研究室の入る市ヶ谷田町校舎別館
2011年8月ゼミ合宿での集合写真

’07年、法政大学建築学科は「工学部建築学科」から「デザイン工学部建築学科」へと生まれ変わった。そのあたりの事情から同学科教授の高村雅彦先生に伺った。

「まずデザイン工学部誕生の経緯から申しますと、20世紀までの工学は、原発の歴史をみても明らかなようにテクノロジー一辺倒で邁進してきました。しかし新しい世紀を迎えて、工学に美学と文系の知識を融合させる気運が高まっています。こうして人間の感性を中心にした『ものづくり』を目指すということで誕生したのがこの学部なのです」

人間や自然から技術をとらえ直した、次世代の工学デザイナーの育成を目的に据えた学部だともいう。さらに建築学科については、次のようにも語る。

「本学建築学科の教授であった故大江宏先生(法政市ヶ谷キャンパス『55年館』『58年館』『60年館』の設計者)が残された『アーキテクトマインド』という学習・教育目標があります。(1)総合デザイン力(2)文化性(3)倫理観(4)建築の公理(5)芸術性(6)教養力(7)表現力――という7つのマインドが、いまも法政大学建築学科の教育の中心に置かれています。つまりは、建築というのは技術や利便性だけでなく社会学や歴史学・芸術をも含めた総合的なものであるという考え方なんですね」

法政大学建築学科では、伝統的カリキュラムとして建築史の研究に力を入れている。故大江先生も「建築史」と「意匠」が専門であったという。実はその衣鉢を受け継いでいるのが高村先生その人でもあるのだ。

「見捨てられたアジア」から建築の未来に光をあてる

昭和モダンな意匠の市ヶ谷田町校舎本館
「歌坂」に面する市ヶ谷キャンパス田町校舎

そこで高村先生の専門でもある「建築史」と「意匠」の内容へと話は移る。

「わたしの研究は主に建築および都市の歴史研究になります。なかでも日本を含むアジアの建築と都市の歴史研究が中心です。これは、ひたすら近代化・西欧化をめざした明治維新以降から20世紀までの反省に立って、見捨てられてきたアジアに光をあてることで、日本の建築の未来について考え直そうということです」

そんな高村先生のフィールドワークの足跡が実にすごい。東京はじめ日本各地はもちろんのこと、中国各地にはじまり、香港やマカオ・台湾・ベトナム・タイ・ラオス・インドネシアにも及ぶ。

「建築や都市の研究で重要なことは、現地に行って実物を見て触って感じることです。それらをスケッチし寸法を測って図面に描き起こすこと――それらを積み重ねることによって、頭に知識が入るだけでなく感性も磨かれていきます」

こうして得られた資料や情報そして感性は、日本での街づくりなどにフィードバックされていく。

「わたしは歴史的建造物や古い町並みをどのように残していけばいいのかを主に研究してきました。西洋では古いものを『面』として残し保存されるところが多い一方で、日本や中国では古い建造物が『点』として残されているだけのことが多いのです」

これは、各都市が歴史的に置かれてきた状況の差によるもの――というのが高村先生の分析だ。

「日本や中国の都市は周辺地域にくらべて人口が集中しており、さらにこれらの都市は経済の中心地でもありました。つまり、その集中する人口をさばいて経済活動を活発におこなうためには、次々に必要となる都市機能をもった構築物を建て直す必要がありました。そして今の街の姿に至っているわけです」

それでも、我が日本でも古い町並みを残そうといった気運が高まりつつある。

「文化庁の主導もあって、次第に伝統的建造物群保存地区の選定などがなされるようになっています。そして彼の中国でも日本以上に保存に力を入れるようになりました。ただ、その保存の方法については、西洋的な保存方法をただ真似るのではつまらない。日本や中国ならではの新たな保存方法を考え出すべきだとわたしは思っています」

そうした未到の方途を模索しながら、日々のフィールドワークにいそしむ高村先生なのである。

芸術・社会・歴史を踏まえた復興ニッポン建築を

外堀通りからのボアソナードタワー
2011年夏調査「長野県諏訪」にて

法政大学建築学科では「卒業論文」と「卒業設計」が必修となる。そのため学部生は、4年次の1年間を各教員主宰の研究室に配属される。配属学生は全研究室均等割りで、各研究室に配属される学生は10人前後になる。当然のごとく高村先生の研究室には例年10人を超える配属希望者があって当然のように選抜となる。

「わたしと大学院生とで面接をして選抜します。その選抜の基準は、成績よりも個性的で面白そうな人ですね。さらには研究に対するモチベーションの高いことも条件となります。卒論と卒業設計のテーマについては、それぞれの学生の希望を聞いてなるべく沿うようにしています」

学生への日々の指導は高村先生とチューター役の大学院生によってなされる。なお学生たちも、研究室名物のフィールドワークに各班分かれて参加する。

ちなみに法政大学建築学科では、約4割の卒業生が大学院修士課程に進学している事実もここに記しておく。あらためて研究生たちへの指導方針については以下のように語ってくれた。

「ちゃんとコミュニケーションをとったうえで、何ごとにも一所懸命にモチベーションを高く保って取り組むように日ごろ指導しています」

このへんの事情については、先輩OBの語る「高村先生は研究についてはとても厳しいですが、努力には優しく応えてくれます」ということばをして推して知るべしであろう(法政大2008年度版URL「研究室紹介」より)。

さて、いうまでもなく「3・11東日本大震災」はこの国の建築物にも甚大な被害をもたらした。高村先生も現地調査のため幾度か被災地を訪れている。

「今回の震災は長年のテクノロジー信仰へのしっぺ返しではないかとも思っています。われわれは技術を過信し過ぎてきました。これからの建築は、なにより人間を中心に置くことを前提として、豊かな芸術性はもちろんのこと、人を結びつける社会学と、人や地域を支えてきた歴史――これらを踏まえて創っていく必要性を感じます。技術を捨て去ることはありませんが、あまりに利便性に走り過ぎたことを反省すべきです」

こんな生徒に来てほしい

建築に限らず理系志望の受験生諸君には、まず基礎知識をしっかり学んできてほしい。数学・物理など理系学問だけでなく、人文系の学問も総合的に学んでほしいですね。
もし大学に進んで建築学科に入るのでしたら、なにより建築を好きになること、そして時を超えて人々の心に残りつづける建築物をつくろうという熱意が必要となります。そこでは成績などよりも、友人関係や社会への関わり、さらに人間や都市・建築への関心のほうがむしろ大切になろうかと思います。

公開日:

※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。