
学習院大学
経済学部 経済学科
脇坂 明 教授
変わり続ける雇用制度

女性が働くことなど、現在では珍しくもない。これを読んでいる女子高生のみなさんも、大学を卒業したら就職したいと思っているだろう。子供が独立した後にパートを始める女性も少なくない。しかし20~30年前にさかのぼれば、結婚後に正社員として働く女性をほとんど見かけなかった。つまり雇用形態の大変革が、この数十年で起きたのである。
そして今、女性の社会進出と同じぐらいの大変革が、ひっそりと進行している。鍵を握るのは、ワークシェアリングだ。高校生の皆さんにとって、「ワークシェアリング」という単語は馴染みのないものだろう。しかし数年先には、知らない人のいないありふれた言葉になっているはずだ。
変わりつつあるのは、雇用形態だけではない。労働に対する個人の意識も変わってきている。仕事だけに捧げる人生ではなく、男女とも家庭を大事にできる働き方を求めるようになった。女性の活躍の場が増えるにつれて、仕事による家庭や家族への負担を減らしていきたいという思いが、男女ともに芽生えてきたのだ。
今から25年ほど前、脇坂明先生はこうした分野の研究を始めたという。当時、女性と労働の問題については、ほとんど女性によって研究が進められていた。そのためフェミニスト的な要素の強い研究が盛んだったことも否めない。そうした時代のなかで、先生は女性の立場を客観的・学問的に把握していこうと試みた。その姿勢は斬新であり、なおかつ力強い説得力を持つことになったのである。
ワークシェアリングって、なに?

「個人個人が労働時間を短縮することにより、雇用者数を増加させ多様就業を可能にする政策。それがワークシェアリングです」と、先生はこれからの時代のキーワードになるであろう「ワークシェアリング」を説明してくれた。
具体的に考えてみよう。
例えば労働者10人が10時間ずつ働いていたとする。そして、その10人が労働時間を一律10%短縮して9時間労働になると、100時間分の仕事を今までと同じスピードで処理するためには11.1人の労働者が必要になってくる。1人の働く時間が短くなれば、人手が必要になるのは当たり前。この方法なら、仕事が増えなくても雇用者数が増える。当然、失業率は下がる。これがワーク(労働)をシェア(配分)する仕組みである。しかも短縮した労働時間が生み出された1時間を、労働者は仕事以外に使うことができるのだ。
「雇用における現在の大きな問題は、多くの企業が家族・家庭を排除した政策をとっていることです。1992年に育児休業法ができましたが、依然として利用率は低いまま。育児休業後の社内への復帰体制が整っておらず、育児休業中の人に代わる人材も確保されていません。これでは安心して育児休業なんて取れませんね」
こうした状況を、ワークシェアリングは変えていくという。
まずワークシェアリングは、勤務体系を多様化させる。各人が短縮する労働時間を、シフトを組んで割り振ることになるからだ。常に9~17時で働くのではなく、個人の生活スタイルに合わせて労働スタイルも変わってくる。収入が減っても、さらに労働時間を少なくしたい人もいるだろう。また短時間で働く意義を見い出せば、積極的に休業を取れるようになる心理的な効果が生まれる。つまり多くの人が、自由な時間を手に入れることになるのだ。
仕事に忙殺される日々のなかで犠牲にしてきた家庭を振り返れる日が、家計を支えてきた男女にやっと訪れたのである。
少子化対策にも有効
もちろんワークシェアリングは、ただ何となく注目を浴びるようになったのではない。 「仕事をする女性が増えた一方、その仕事と家庭・家族を両立させる基盤が社会にない。それが出生率低下へとつながった要因の1つです。このまま少子化が進めば、将来的に企業側も優秀な人材を確保することが難しくなります。そうした対策として、ワークシェアリングが注目された一面があります」
ワークシェアリングが導入されれば、少子化は改善される可能性は高い。「仕事を続けたい。でも子どもを持つと仕事が続けられない」といった悩みを抱えている女性が、現在でも多いからだ。さらに家事と育児のため、不本意ながら会社を辞めていった優秀な女性が、会社に残る可能性も高くなる。
現象のうわべを追うだけでなく、その原因や背景をも理解して全体を学問的に把握していく。脇坂先生に学ぶことで、こうした思考力を身につけられる。これこそ脇坂研究室を卒業した人の大きな財産だろう。
最後に一つだけ気になったことを、先生にたずねてみた。この分野で日本が遅れているかどうか、という疑問だ。
「国際比較するときは、各国の制度を支える歴史や文化を理解しないといけません。すべてが絡みあって制度はできてくるからです。だからこそ単純に比較はできません。何をもって遅れているとするのかは、かなり難しいですから。
ただし法律などのシステムを見れば、日本は先進国でも平均以上といえるかもしれません。それでも問題が、たくさんあるのですよ」と教えてくれた。
なるほど、奥が深い! この厳密さこそ学問なのだ。取材をしているうちに、なんだか講義を受けたくなってしまったのだった。
こんな生徒に来てほしい
「相手の立場を真剣に見よう、わかろうとする学生に来てほしいですね。これは大学生として、と言うよりも人間としての資質の問題ですが、人は成長するにつれて、『相手を見極め、それに応じた行動をする』ことができるようになります。こういう大人の視点から社会を見ることができれば、自ずと学問への意欲が湧いてくると思います」
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