早稲田塾
GOOD PROFESSOR

武蔵大学
社会学部 メディア社会学科

南田勝也 教授

みなみだ・かつや
1967年兵庫県生まれ。’92年千葉大学文学部卒。’02年関西大学大学院社会学研究科博士課程後期課程修了。’05年神戸山手大学現代社会学部准教授。’09年より現職。
主な著作に『ロックミュージックの社会学』(青弓社)『文化社会学の視座』(編著・ミネルヴァ書房)『デジタルメディアの社会学―問題を発見し、可能性を探る』(編著・北樹出版)などがある。

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「ロック音楽」の社会学研究

南田研究室が入る教授研究棟
2012年秋完成予定の新1号館

武蔵大学社会学部メディア社会学科の南田勝也教授は、思春期にビートルズやボブ・ディランの洗礼を受け、以来「ロックミュージック」がライフテーマになったと語る異色の先生だ。

「ぼくはビートルズがとっくに解散した後の世代にあたりますが、中高生時代を通じてロック音楽の魔力に引き寄せられ、ミュージシャンたちの発言や立ち居振る舞いも含めて魅了されていました」

そんな南田先生が、社会学の視点からロックミュージックを読み解こうと思い立ったのは大学院生の時代だったという。

「本格的な社会学に出会ったのが大学院生時代でした。そこで知ったのは、社会的な階層や立場が変われば世の中の見え方も違ってきて、趣味や好みまで異なる――という議論でした。社会を分け隔てる仕組みについて教えてくれたのが社会学でした」

そこでロックミュージックを社会学で分析してみると――

「ロックとひと括りにされる音楽文化についても、立場が違えば何が本質かという価値観は異なります。ぼくは60年代の時代状況を検証することで、それを、より反体制的な行動をとろうとする指向性(アウトサイド指標)、より非日常的な世界に超え出ようとする指向性(アート指標)、より派手なパフォーマンスをおこなおうとする指向性(エンターテイメント指標)の3つに分けて考えたんですね」

この、じゃんけんの三すくみのような構造が互いを牽制することで、ロック文化のダイナミックな発展が促されてきたという。こうしてロックミュージックの発展過程を追ってきた南田先生だが、新世紀に入って様相が変わってきたとも語る。

「顕著なのはメディアの変化です。音楽業界ではCDが廃れて、デジタルダウンロードが主流になりました。ラジオや音楽雑誌など旧来のメディアも、音楽の伝え方の改変を迫られています。そうした大変化を若者はどう認識しているのか? iPodのユーザーインタビュー調査やロックフェスのフィールドワークなどを通じて、いま分析しています」

いまやインターネットとデジタルメディアの発展普及はすさまじく、世界中の書籍や映画や音楽などに手軽に触れる時代を迎えた。そこで見えてきたのは「好みの細分化」だ。

「以前であれば、ヒットチャートに登場する曲をみんなが支持するという予想が簡単に成り立ちました。いまはバラバラと言いますか、好きな曲というものが細分化されていて、隣の人がどんな音楽を聴いているのかも分からない時代になっています。そのような状況で、人はどのような好みをもつのか? また何によってその好みはもたらされるのか? メディアの変遷を含めて総合的に研究していこうと思っています」

じつは南田先生の本来の考察は、現代社会論や構造主義を通しての社会学的考察などである。今回は、高校生にも理解できるようにと特に平易にレクチャーしてくれたものとなった。

IT時代のサブカルチャーを社会学的に分析

武蔵大学生の知の宝庫・図書館
練馬区保護指定の大ケヤキ

南田先生が在籍するのは社会学部メディア社会学科である。この学科では各メディアとのつき合い方(リテラシー)や、それぞれの表現技術を身に付けることを目的にしている。その特長について先生は次のように語る。

「この学科では各メディアについて様々なことを学ぶわけですが、2年次から始まる実践的な演習が充実していて人気があります。たとえば映像制作では、ドキュメンタリー作品やCMの制作はもちろん、放送の送受信まで学生主体でやっています。ほかには雑誌編集やルポルタージュの取材作成、ラジオ番組の制作なども選択できて、学生たちの満足度は高いようですね」

だが「面白そう」程度のノリで入ろうとする学生には南田先生はこんな警鐘も与える。

「ここはあくまでもアカデミックな大学教育の場ですから、実践の背景にある理論について考えるカリキュラムもしっかり組まれています。軽いノリだけだと思わぬ苦労を強いられますから、確かな目標と覚悟ももって入学して来てほしいですね」

武蔵大学メディア社会学科の専門ゼミ演習は3年次から始まる。南田先生のゼミでは毎年14~15人のゼミ生を受け入れている。

人気のゼミだけに入ゼミ希望者は多く、毎年のように選抜になる。その選抜方法は南田先生の出す課題についてのレポート提出ということだ。

「ぼくのゼミでは、メディアそのものについてよりも、メディアが運ぶコンテンツの中身である文化作品(音楽や映画・漫画など)を取り上げます。エントリーでは自分が敬愛するアーティストについての論評を書いてもらって……。ゼミに入ってからも、それぞれ自らのことばで批評してみたり、社会調査や社会理論の手法でとらえてみたりと、そんな課題をやっています」

そう語る南田先生だが、軽く見なされがちなサブカルチャーを分析するからこそ、本格的な社会学的視点で考えて欲しいとも強調する。

反原発ソングが広まらない現代ニッポン

初夏のキャンパス内点描
武蔵大学8号館とケヤキ並木

ところで武蔵大URLの教員紹介欄を見ると、「深海に生きる魚族のように、自ら燃えねば光は何処にもない」という、学生に向けた南田先生のメッセージが寄せられている。
http://www.musashi.ac.jp/modules/gakubu_sociology/index.php?content_id=103

「ぼくが大学生のころ、銀座の新聞会館だったと思うんですが、大島渚の特集上映を観に行ったときに、彼の直筆でこのことばを書いた色紙が展示されていまして、それ以来ぼくの座右の銘としています。最近ぼくのゼミ生がそれを発見して、『先生、それ良いことばですね』って。それで気になって調べてみたところ、もともとは戦前に難病と闘った歌人・明石海人(あかし・かいじん 1901~1939)の一節が元になっていたことが分かりました。

考えてみるとすごいことですよね。とらえ方はそれぞれなんでしょうけど、戦前の歌人のことばが、戦後の映画監督の心を惹きつけて、平成の初めにぼくの元に訪れて、そしていま20歳の学生が引き継ごうとしている。ことばというものが世代を超えて伝わっていくことを感じます」

南田先生の研究テーマの中心はロックミュージック。そこに通底するのは民衆が声を上げるプロテスト(抗議・告発)の精神だという。

「いま脱原発デモなどの社会運動が盛んになっていますが、原子力政策に抗議する本格的な楽曲は思うほど生まれていません。心あるミュージシャンがそうした歌を作っても、世間一般に広まらないのが実際です。考えてみると、日本社会ってずっとこうなんですよ。日本ではプロテストソング(社会告発歌)が潮流になったことがほとんどないのです。ただ、数少ない例としては60年代末の反戦フォークブームがありました。細かく見れば他にもあります。

さっきの話じゃないですが、誰かがそういう動きについて伝えていく必要があるように思います。ぼく自身、プロテストソングの興亡史をいずれまとめてみたい。それによって戦後の日本人論が描けるんじゃないかという期待も込めています」

「3.11」以後のニッポンの社会と文化、そこに横たわりつつも表面化しない怒りと悲しみ、それらを見据える南田先生の視線、その透徹した鋭さが強く感じられてくる。
あらためて現代の学生たちについて次のようにも語ってくれた。

「人生のうち一番自由に使える時間があふれている学生時代、ぼくも、なぜあんなに夢中になれたんだろうというくらい貪欲に音楽や映画や小説・マンガなどのポピュラー文化に接していました。どんな対象に時間を費やすかは人それぞれですが、ただ、いまの若者はネットワーク作りにばかり夢中になっているのかな。友人との“会話のための会話”で1日を過ごすだけでは得るものは少ないように思います。もっと文化作品に触れる時間を作ればいいんじゃないでしょうか。高潔な偉人から、ぶっ飛んだ思想家まで、スゴい人たちに触れることが出来ますよ」

こんな生徒に来てほしい

サブカルチャーを突き詰めてみたいという人は多いのですが、独り善がりになりがちなのも事実です。それらを自分の内だけに留めるのではなく、社会や世界に向けて説明し発信できたら面白いと思えるような人、ただオタク的な知識の収集だけではなく、それらを広めていこうと思えるような人ですね。そんな人が来てくれたら素晴らしいなと思います。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。