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GOOD PROFESSOR

大東文化大学
法学部 政治学科

武田 知己 教授

たけだ・ともき
1970年福島県生まれ。’93年上智大学文学部卒。’98年東京都立大学(現首都大学東京)大学院社会科学研究科博士課程中途退学。’98年東京都立大学法学部政治学科研究助手。’01年日本学術振興会特別研究員。’04年大東文化大学法学部政治学科講師。’07年同准教授。’12年より現職。この間に’09年英ロンドンスクールオブエコノミクス(LSE)客員研究員。
主な著作には『日本政党史』(共著)『重光葵と戦後政治』(前著ともに吉川弘文館)『重光葵 最高戦争指導会議記録・手記』(共編著・中央公論新社)などがある。
「武田知己の日本政治研究の部屋」のURLアドレスはコチラ↓
http://www.ic.daito.ac.jp/~ttakeda/index.htm

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新たな時代区分の視点からの日本政治史研究

武田研究室のある東松山キャンパス
大東文化大学板橋キャンパス正門

大東文化大学は来年、創立90周年を迎える。1923(大正12)年の帝国議会決議により設立され、東洋学術文化の振興を標榜して独自の発展を遂げてきたユニークな大学でもある。いまや人文・社会科学から体育・保健衛生系までをカバーする総合大学であるのはご承知のとおりだ。

今回紹介する武田知己教授は、同大学法学部政治学科で教鞭を執る。まずは、大東文化大学政治学科の特長から話していただこう。

「本学の政治学科には『海外地域政治研究』という科目があります。世界を北米や南米・東南アジア・中国・朝鮮など10の地域に分けて、それぞれ少人数教育で指導しています。政治学科でこうした地域別科目を設けているところは珍しいと思いますね」

さらに、交渉能力やコミュニケーション能力への指導も特色のひとつだと語る。

「講義やゼミ演習で学生の発言機会を増やすようにして、コミュニケーション能力の高い人材の育成に力を入れています。これは政治学科ばかりでなく、大東文化大学全体についても言えることですね」

なお、政治学科の学生は2年次から「政策・行政コース」と「国際・情報コース」の2コースのうちいずれかを選択して学んでいく。

公式史料とは違う新「記憶の史料」の臨場感

初夏の板橋キャンパス点描
初夏の板橋キャンパス点描

武田教授の専門は「日本政治外交史」。1930~50年代の政治と外交について未発見の第1次史料を発掘しながら研究してきたことで知られる。

「従来の日本史学では、太平洋戦争終結(1945年)を境に区切って、その前と後とで別の時代区分として扱うのが一般的でした。しかし、その間も日本という民族・国家は連続していました。むしろ『30~50年代』を、1つのつながりをもった時代として見るべきではないか、そのほうが素直であり合理的ではないのか――というのが私の考え方なのです」

これは、日本をめぐる近代史・政治外交史のユニークな新しいとらえ方である。

「この時代をとらえるのに重光葵という面白い人物がおります。戦前からの外交官である重光は、戦時中に外務大臣を務め、戦後になってふたたび外務大臣を務めています。時代や体制が変わっても同じ人が同じようなことを考えながら日本外交をやっていたのです」

武田教授らの研究グループが、重光葵の遺族から提供を受けた「外交意見書」には、満州事変から敗戦直後までの国際情勢についての述懐がつづられている(その研究成果はすでに大半が公刊されている)。こうした「30~50年代」という時代について武田教授は次のように語る。

「ずっと戦争が続き、日本の内外で危機が連続した時代でした。その最中にあって、大ピンチをチャンスに転換する術も日本人はもっていました。敗戦により国土が4分の1に減り、残った国土も焦土と化していましたが、そこから戦後復興を遂げて高度経済成長を達成するまでになるのです。ただし敗戦を境にした180度の大転換も唐突になされたというよりは、そのための準備が前の時代から用意されていたと考えるべきなのです」

こうした歴史のとらえ方はユニークではあるが、武田教授によると、実はどんな歴史の転換点でも同じようなことが見られる。ちなみに、歴史の当事者から直接話を聞いて記録に残していく研究手法を「オーラルヒストリー」というが、武田教授もこの手法に取り組んできた。

「オーラルヒストリーとは『記憶の史料』とも呼ばれます。直接に歴史の当事者から話を聞いていくわけですから、非常に貴重な1次史料ともなり得ます。公式な文字史料などにはない臨場感もすごいですね」

オーラルヒストリーは近現代史における新しい研究手法である。「3.11震災」後の日本歴史研究においても、その成果が大いに期待されるのは言うまでもない。

自分なりに転換期を追体験しつつ歴史を学ぶ

武田ゼミ(板橋)の授業風景
武田ゼミ(板橋)の授業風景

大東文化大学政治学科の専門ゼミ演習は3年次から始まり、3~4年次「連年型」でおこなわれている。この連年型とは、2年間ゼミの変更ができない方式を意味する。武田教授のゼミは「定員は15人という決まりなのですが、どうしても毎年20人ほどになってしまうんです」というほどの人気ゼミなのだ。

「わたしのところでは3~4年次合同でやっています。4年次ゼミ生の就職活動を3年次ゼミ生が目のあたりすること、それに4年次ゼミ生が3年次ゼミ生を指導することで、お互いに啓発されるものがあればという意図もあります」

具体的には各ゼミ生が最も関心のある政治テーマを設定して、武田教授の助言を受けながらそれについて深く研究していく。また、武田ゼミではディスカッションやディベートの機会が多く設けられていることも特色としてあげられる。これはコミュニケーション能力を学生時代に向上してもらいたいことが目的だという。

あらためて学生たちへの指導方針については――

「それぞれ学生の個性なり問題関心なりを伸ばしてあげたい。わたしの方から無理やり教え込んだり否定したりしないで、自ら思考する学生たちをサポートするよう心掛けています。意欲のない人は問題ですが、目的のはっきりしている研究はどんどんやったらいい。失敗できるのも学生の特権である。そんな指導をしています」

インタビューの最後に武田教授は、歴史を学び研究することの面白さについて熱く語ってくれた。

「重光葵の『外交意見書』などを読んでいますと非常な臨場感をもちます。事柄を並べただけの無味乾燥なテキストなどと一線を画するそうした臨場感をぜひ体験してほしい。歴史のその場に立ったとき、指導者は大変に重い決断を迫られます。はたして自分であれば、どう決断するだろうか? 歴史の中でそれを自分なりに追体験してみる。それこそが歴史を学ぶことの醍醐味ともなります」

こんな生徒に来てほしい

東洋学術文化の振興という、設立当初からの大東文化大学の伝統は、いまも漢文や書道の授業の充実ぶりに窺うことができます。現在は、文系および体育保健衛生系の総合大学として、板橋(東京)と東松山(埼玉)の2キャンパスに分かれ、それぞれ施設整備が図られているところです。大学として意欲のある学生に重きを置き、そうした学生をサポート・評価する態勢も用意されています。ぜひ意欲のある学生さんには本学を目指していただきたいですね。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。