早稲田塾
GOOD PROFESSOR

東京大学
大学院 農学生命科学研究科

岸野 洋久 教授

きしの・ひろひさ
1955年山口県生まれ。’80年東京大学大学院理学系研究科数学専攻修士課程修了。’80年文部省(現・文部科学省)統計数理研究所入所。’89年米ワシントン大学遺伝学科客員研究員。’90年東京大学海洋研究所助教授。’93年同教養学部助教授。’99年より現職。
この間’08年ノルウェー・オスロ大学進化生態統合研究センター客員教授。’09年仏パリ・デカルト大学招待教授。日本行動計量学会優秀賞・林賞(’96年)。Genome Infomatics Workshop 2000優秀論文賞(’00年共同受賞)。日本進化学会2002年度大会優秀発表賞(’02年共同受賞)。
主な著作に『分子系統学』『ゲノム進化の読解法』(前著ともに共著・岩波書店)『生のデータを料理する―統計科学における調査とモデル化』(日本評論社)などがある。
岸野教授が主宰する研究室URLのアドレスはコチラ↓
http://lbm.ab.a.u-tokyo.ac.jp/~kishino/

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数学的手法により生態系の秘密に迫る

岸野研究室が入る農学部1号館

今回紹介する一生モノのプロフェッサー、岸野洋久教授は「統計学」「分子進化学」「分子系統学」のオーソリティーである。現在は東京大学大学院の農学生命科学研究科(学部は農学部)に所属する。

高度な統計学的なモデリング(複雑な機構の諸現象をわかりやすい対象・模型に置き換えて研究する手法、英modeling)と、アルゴリズム(問題を解くための手順を定式化した形で表現する研究手法、英Algorithm)の研究手法を通じて、生物・生態系の多様な生命現象などを数量的に感度よく表現する画期的な視点をさまざま開発提供してきた。

ここ最近における岸野教授の事績を列挙してみる。「フィールド保全遺伝学のための調査・解析手法の開発」(’01年)「極限状態下微小生物の遺伝的変異と適応進化の階層モデルおよび解析手法の開発」(’04年)「抵抗性株の出現と動態の統計遺伝学的モデリングと階層ベイズ法の開発」(’07年)「時空間情報を利用した統計遺伝学モデルの開発」(’10年)。

そのいずれもが統計学・数学の枠を飛び越えて、「環境生物学」「生物測定学」の新境地を拓く研究ばかり。それら全てが世界初となる研究の数々であることは言うまでもない。

今回はいつもと趣向を変えて、現役高校生の皆さんにとって一生モノとなるであろう、教授の示唆あふれる語録集をお届けすることとしよう。

数学から統計学へ、そして

一新した東京大学弥生講堂

「数学の世界は大学進学時に自ら選択したのですが、高校までの数学との違いに気づいたのは数学科に進学してからでしょう。定理という形の物語を構築し、数式と格闘して証明します。物語の構想を誤ると、当然ですが証明などできるはずもなく、悪戦苦闘が徒労に終わります。前提に汎用性があって、多くの人の胸を打つ定理こそが価値があることを知りました」

「就職を機に統計学に触れ、その後の人生はわたしが高校生のころには予想だにしなかった展開となりました。紆余曲折もありましたが今の環境はとても恵まれていると思っています」

「最初の就職先の『統計数理研究所』は、さまざまな分野における統計データ解析についての新しい方法を開発する研究所でした。そこでの開発研究は共同研究という不文律がありましたが、駆け出しの若造には共同研究のパートナーなどおらず、最初の3年間は成果らしいものは何もあげられませんでした」

「それでも様々な研究を見る機会には恵まれ、隣の芝生のいろいろな青いところを見せてもらえました。『石の上にも3年』とはよく言ったもので、自らに知識とスキルがあると当時自負していても、客観的に見ると半人前の域にも達していなかったのですね。それを肌で感じ入った3年間でもありました」

「4年目に入って、所内の長谷川政美先生による『分子進化』(英molecular evolution)と『分子系統学』(英molecular phylogenetics)についての公開講座を聴く機会がありました。そこでは、生物についてその形態とか機能で統計分類すると、クジラを魚類に入れてしまうような誤りを犯すので、生物のもつタンパク質のアミノ酸配列や遺伝子DNAの塩基配列を用いて系統解析する分類手法が望ましい――そういった内容でした」

「それは当時のわたしには感動的な講義に感じられ、すぐに長谷川教授を訪ね、共同研究をさせてほしいと申し出ていました。ただ、分子進化学などの分野はわたしには未知の分野でしたし、共同研究をさせていただく前に半年ほどきちんと勉強させて下さいともお願いしました」

「すると教授は、勉強などは後でいいから、すぐに研究を始めようと言ってくれたのです。それで共同研究のパートナーと、生涯にわたる研究テーマになる分子進化と分子系統学に同時にめぐり合うことが出来たのでした。’84年春のことです」

フィールドワークを取り入れた統計学的分析へ

東大弥生キャンパス点描

「実はこれより先の’83年春、研究所の林知己夫先生から『水産資源学ではまだ統計学が駆使されていないようだから一緒にやってみないか』とお誘いをいただきました。遠洋漁業のクジラとマグロの資源量推定や、沿岸漁業のタイとハマチの産卵海域分布などについてのモニタリング調査におけるデザインやデータ解析が期待される役割でした」

「そこで実際のクジラの資源量調査に参加したり、タイの産卵調査では潮流を逆流させるなどの実験調査をしたりしました。これを機にフィールドワークを取り入れた統計学的調査がわたしの研究の中心になっていきます」

「この調査をきっかけに水産研究者と接する機会ができ、水産関係の研究集会に参加するなど水産資源の管理についての知見を得るようになります。そして’89年に米シアトルのワシントン大学遺伝学科の研究員に赴きます。ここで分子進化と分子系統学をきちんとした形で学ぶことにもなりました」

「そんな縁から東京大学海洋研究所から声がかかり、そこで水産資源の管理についての研究をするようになります。それまでの資源管理の傍観者から当事者になったわけです。この研究所時代には、資源管理の実態を漁業従事者から調査するために、全国の漁協を訪ねてまわった思い出があります」

文理の枠を越えて学際的知見を動員していく

弥生・本郷キャンパスを結ぶ陸橋

「’93年の春から、母校・東大教養学部の統計学教室に移りました。ただ、着任して実感したのは、この教室は『相関社会科学』という専攻の一分野でして、いわば文系の教室だったのです。それまで私がやってきた統計学は理数系のものばかりでしたから、今にして思うと、そこで生きていくにはどうしたらいいか、無意識のうちにも必死に模索していました」

「私がしてきたことは統計学なので、調査を通じて世の中の求める情報を発信できれば生きられるかもしれないと考えました。リサイクル社会と長寿社会をテーマにした統計調査を、東大駒場キャンパスの地元・目黒区でおこないました。わたしが受けもつ『社会統計分析』の授業の中でしたが、教養学部1年生が主体となる学生たちの頑張りにより、非常に興味深い統計結果が得られました。この授業を初年度に取ってくれたのは15人程度で細々とスタートしましたが、受講してくれた学生たちはいずれも意識の高い若者でした。翌年度には200人にも増えてびっくりしました」

「東大教養学部の駒場キャンパスには、さまざまな分野の教員がいます。たとえば法学や政治学・経済学・社会学・統計学などの教員がひとつの学科で研究と教育をおこなっています。日常的な会話や配布される業績などで、自然に他分野の視角や、そこで駆使されている手法などを吸収することができます。ここに在籍できたことは意義深かったですね」

「地域調査をすると、ひとつの学問分野だけでは問題は解決せず、さまざまな分野の視点を総動員する必要があることが分かります。たとえば過疎や家族は社会学の視点、産業や企業誘致は経済学の視点、選挙は政治学の視点というわけです」

「いま農学部に所属していますが、ここでは植物や昆虫の形態形成や生理、病原菌とのインタラクション、塩や乾燥などのストレスに対する応答など、生物の根源的な現象について見られることが大きいですね。現在わたしが関心をもっているのは、生物の適応について、その源泉をモデリングして定量化する試みや、生物の行動に影響を与えるホルモンや遺伝子の連鎖の定量化などについて研究しています」

「すでに方向が定まっている学生さんは、その道を骨太に進まれるのが良いでしょう。まだ定まっていない人には、これからの人生には若き日に予想もできない展開が待っていることを知っていただけたらと思います。そうしたときに学生時代の地道な勉強が貴重な栄養素となることもしばしばです」

こんな生徒に来てほしい

どんな学生さんが来てくれても歓迎します。誰でもそうですが、自ら生涯を懸けて何をするのかを思い悩む時があるでしょう。わたしも、統計学を基本に置きながらもランダムウォーク(酔っぱらいの歩きのようにふらふらした)の人生を送っています。反省することしきりですが、いろいろな素晴らしい方々に出会えてきたことは幸運だったと思っています。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。