早稲田塾
GOOD PROFESSOR

慶應義塾大学
文学部 人文社会学科社会情報学専攻

山本 正身 教授

やまもと・まさみ
1956年三重県生まれ。’82年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。’87年慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。’86年松阪女子短期大学専任講師。’89年同助教授。’94年慶應義塾大学文学部助教授。’01年同教授。’04年中国北京・首都師範大学外国語言学及応用語言学研究所客員教授。現在、慶應義塾女子高校校長を兼任。
主な著作に『仁斎学の教育思想史的研究―近世教育思想の思惟構造とその思想史的展開』(慶應義塾大学出版会)『アジアにおける「知の伝達」の伝統と系譜』(編著・慶應義塾大学言語文化研究所)『人物で見る日本の教育』(共著・ミネルヴァ書房)などがある。
山本先生が主宰するWebサイトのURLアドレスはコチラ↓
http://www.flet.keio.ac.jp/~syosin/index.html

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江戸儒学を生かした教育思想史研究

山本研究室が入る三田「研究室棟」
慶應義塾大学三田キャンパス正門

今週ご登壇ねがう慶應義塾大学文学部の山本正身教授は、慶應義塾女子高校の校長をも兼任する教育のプロだ。山本教授の大学での所属は、文学部人文社会学科人間関係学系教育学専攻。まずは、この学科と学系・専攻について伺った。

「本学文学部は、以前は5学科から成っていましたが、2000年に人文社会学科の1学科に統合されました。文学部では、それ以前も学科や専攻を決めないで入学し、1年間は多様な講義を経験することで、まずは自らの関心を見定め、そのうえで2年次から17の専攻に分かれて学ぶことになっていましたが、この1学科への統合により、各専攻への進級がよりスムーズにおこなわれるようになりました。入学後1年間の学習経験を経て専攻を選択するシステムが、本学部に独自の学びのスタイルなのです」

この17に分かれた専攻は、(1)哲学(2)史学(3)文学(4)図書館・情報学(5)人間関係学―の5学系に分類される。山本教授の所属は人間関係学系だ。

「人間関係学系は(1)社会学(2)心理学(3)教育学(4)人間科学―の4つの専攻で構成されます。人間関係学系は、従来の文学部が中心にすえていた哲学・歴史・言語の3領域からちょっと離れて、比較的新しいアプローチを用いつつ、人間や社会の本質を探っていこうというものです。これは他にはない特徴になっていると思います」

このうち山本教授が所属するのは「教育学専攻」。これについては次のように語る。

「当専攻では、教育の根本問題など基礎的なことについて理論的に研究しています。したがって昨今話題になる体罰やいじめなどの問題を扱うにしても、対処療法的ではなく、原因となる根本課題にアプローチするという研究方法をとります」

深刻な教育問題に根差す本質の追究こそ、慶應義塾大学教育学専攻が伝統的に目指しているものだとも強調する。

ニッポン教育を救う江戸儒学的「知のスタイル」

慶應義塾大学三田キャンパス広場
歴史を感じさせる慶應義塾「塾監局」

山本教授の専門は「近世日本教育思想史」。その研究内容には非常に興味深いものが含まれる。

「明治維新後の近代日本が新国家を建設するにあたって、教育はとても重要でした。国づくりの中心にいた人々は、近代的な西洋学問を導入することで、新たな人材の養成を図ろうと考えました。その選択は基本的に誤りではなかったと思います。その後の近代化と経済発展の目覚ましさがそれを証明してもいます」

これによって、それまで260年余も続いて、教育や思想の中心に位置していた「江戸儒学」は完全否定されることにもなった。ただし、仕方のないことではあった反面、これほどまでに否定・抹殺されるべきものだったのか? このことに疑義を呈するのが山本教授だ。

「江戸時代の教育状況を理解するには、都市と農村との地域差に加え、階層差や性差などの偏差を踏まえる必要があって一概には言えません。ただ、いずれの人々にもそれ相応の教育の機会は与えられ、その識字率の高さは当時から世界に誇るべきものがありました」

260年余の社会安寧に積極的に寄与した朱子学のほか、批判各派(古学・陽明学など)をも含め、江戸儒学がもっていた幅広く豊かな諸思想や実践的な教育スタイル、それら全てが古臭いものばかりと唾棄すべき「知の体系」なのだろうか。むしろ、戦後ずっと右往左往して出口が見えにくくなったニッポン現代教育にとって大いに学ぶべき内容があるはずなのだ。

「たとえば『暗記学習』があります。江戸時代の儒学教育は『四書五経』(儒学の根本経典)の素読から始まりました。意味もわからずに繰り返し音読して、まず丸ごと暗記してしまうという方法でした。暗記された聖人たちのことばには様々な解釈が成り立つわけですが、どの解釈が人間や社会のあり方を考える上で正統であるのかを、それ以後は自力で、あるいは幾人かの討議によって追究していきました。つまり、徹底的に暗記をすることが次の学問的追究へとつながっていたのです。英単語や歴史年代が受験終了とともに忘れ去られてしまう今日の暗記学習とは異質といえます」

こうして江戸儒学では、基礎文献たる「四書五経」(四書とは『大学』『論語』『孟子』『中庸』、五経は『詩経』『書経』『易経』『春秋』『礼記』のこと)の徹底吸収が基本とされ、まさに「身体で覚える学習」の手法を基本とした。身体で覚えた知識は軽々しく忘れ去られることもなく、一生モノの知識として身につくこととなるとも教授は話す。

「さらには江戸儒学の学習には知識の吸収と同時に、もうひとつ『心を修める』という目的もありました。これは、いまの知育中心の教育において一番欠けている点ではないでしょうか」

そうした江戸儒学教育のメリットを現代教育に生かすためには、どのような方法があり得るのか? これこそが山本教授の研究になる。

一生モノのリテラシーとしての「必須の4作法」

慶應三田キャンパス「図書館旧館」
東門近くの桜が三分咲きだった

慶應義塾大学文学部のゼミは「研究会」と呼ばれる。3年次学部生からが対象で、3~4年次合同となる。山本教授の研究会は3~4年次合わせて約30人ほどで、文学部の研究会としては例外的に大所帯の人気研究会の一つだ。

「両学年合わせて30人が定員なので、これを超える希望者があったときは選抜になります。選抜方法はレポートの提出と面接です。そのポイントは、どんなテーマの卒業研究を考えているかに尽きます」

山本研究会の柱は、グループによる共同研究と、個人の卒業研究との2本立てとなる。このうち共同研究は年度ごとに全体テーマが設定される。たとえば昨年度(12年度)は「大学史に見る日本の大学問題」であった。

「日本の大学について、その経営問題や女子教育、さらに研究と教育の関係などをテーマとして各グループで研究してもらいました。研究成果は、わたしのWebサイトにPDFファイルで公表しています」

一方の個人的な卒研のテーマについては、日本教育史にかかわるもので、実証的な研究手法を基本とすることが条件となる。こちらは3~4年次の2年間をかけて調査・研究を進め、まとまった論文として作成が目指されることになる。その研究には4つの「必須の作法」があるという。

「卒論研究には、(1)なにが問題なのかを明確にする(2)問題の原因もしくは解決法の仮説を立てる(3)仮説を客観的・実証的な方法で検証する(4)仮説の妥当性について総括する―というアプローチが求められます。総括では、仮説がダメか良いかで単純に判断するのではなく、仮説にどこまで妥当性があり、どこに限界があるのかを明確にすることが重要です。この4つのアプローチはあらゆる学問研究の基本的作法であるとも考えます」

これら一生モノの研究リテラシーを身につけることで、どんな社会でも、どんな職業に就いても通用するはず――。これらは山本教授が常々説いている持論であり教育指導方針でもあるのだ。

こんな生徒に来てほしい

3.11後のいま、既存の社会的・思想的な枠組みに限界が来ているように思われます。これまでの時代、ともすれば「知性」と「感性」は別モノと認識されがちでしたが、他人・弱者の心がわかる思いやりのある人間になるためにも、知性が今後ますます必要となります。知性を鍛えることとは、同時に人間性も豊かにすることなのです。高校生のみなさんも一生モノの期待と気概をもって、自らをしっかり鍛えていってほしいと思います。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。