
東京外国語大学
大学院 総合国際学研究院
青山 弘之 教授
あおやま・ひろゆき
1968年東京生まれ。’91年東京外国語大学外国語学部アラビア語学科卒。’95年パリ大学付属在ダマスカス「フランス・アラブ研究所(現フランス・中東研究所)」研究アラビア語修得課程修了。’98年一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得退学。’97年アジア経済研究所(現・日本貿易振興機構アジア経済研究所)入所。’08年東京外国語大学外国語学部准教授。’13年より現職。
主な著作に『混迷するシリア:歴史と政治構造から読み解く』『現代シリア・レバノンの政治構造』(共著)『中東・中央アジア諸国における権力構造:したたかな国家・翻弄される社会』(編著・著作はいずれも岩波書店刊)がある。
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「アラブの春」大混迷の秘密に迫る
2012年度春のこと、東京外国語大学はそれまでの外国語学部だけの単科大学から、「言語文化学部」と「国際社会学部」からなる複数学部制に再編移行した。今回紹介する青山弘之教授は、後者の国際社会学部を担当する(所属は大学院総合国際学研究院)。まずは、東京外国語大学国際社会学部のことから聞いていこう。
「本学のイメージとして言語(外国語)を学ぶことが強いのですが、本当は地域研究なども盛んで、今回の学部再編はその実態に即したものになります。国際社会学の本分は、特定の外国語を修得することと、その言語が使用されている地域における人々の日常の暮らしや政治経済から歴史・文化までを理解していくということです」
ここでは地球上を16の地域に分けて、それぞれ地域ごとに3コース(地域社会研究・現代世界論・国際関係)について学ぶことになる。青山教授の所属地域は「西アジア・北アフリカ地域」で、「地域社会研究コース」になる。なお各コースに別れて学ぶのは3年次からとなる。
「具体的な研究手法では歴史学的方法(あるいは叙述的方法)をとります。その地域で起きたことを克明に網羅していくことで、そこから見えてくるものを把握していくという方法になろうかと思います」
遠く西アジア・北アフリカ地域から日本にもたらされる情報は欧米経由のものが多く、良くも悪くも欧米のバイアスがかかった情報になる。ここで現地のことばや地域について学ぶことで、偏見圧力なしの生情報が得られるようになる。企業も個人もいや応なくグローバル化した環境下で生き抜くことを迫られるなか、その意義は非常に大きいと青山教授は語る。


「ワンフレーズ」に寄りかからず事実に向き合う
青山教授の専門は「現代東アラブの政治・思想・歴史」の研究だ。
「東アラブというと、レバノンやシリア・イラク・パレスチナ・イスラエル・ヨルダンなどの国々と地域になりますが、特にわたしが力を入れて研究しているのはシリアとレバノンです」
このうちシリアでは一昨年、アサド政権に反対する反体制勢力と軍・治安部隊とが衝突するなか、戦いは国内全土に拡大。隣国諸国をも巻き込む激しい戦争状態となって、いまも終息の気配は見えない。このシリア情勢について国内外を含めもっとも詳しい研究者が青山教授なのである。
「シリアに限らず『アラブの春』(Arab Spring)で揺れたアラブの国々は、日本から遠く離れていることもあって、現実味を帯びた話として伝わりにくい面があります。すると長期独裁政権=悪、反政府勢力=善――という単純な図式でつい見てしまう傾向が出てきます。たしかに反体制勢力の勝利=民主化というストーリーのほうがドラマチックではありますが……」
「その後のエジプトやリビアではストーリーに描かれたような展開は見せていません。大切なのは近視眼的な思い込みを捨てて、現実に起こっていることを理解することなのです。憤ったり同情したりするのはその後です。そうした目で見ていくことが国際地域研究では重要だと思います」
いまシリアでは両勢力がにらみ合ったままで、近隣諸国やイスラム原理主義組織など外国勢力の影響も明に暗に絡み合って複雑な膠着状態が続く。シリアという国の地理的条件もあって、中東地域の安全や安定に欠かすことのできない国ともいわれる。世界大動乱の発火点にもなりかねない紛争の今後について青山教授はどう予測するのか?
「この地域が混乱するのは、もともと西側諸国による介入があったからです。それをシリアは西側諸国と対立しながらも地域安定のために一定の役割を果たしてきました。その役割を担ってきたアサド政権を東西諸国ともに倒すことがきません。倒してしまえば、この地域の安定を自ら引き受けなければならなくなるからです」
こうして泥沼な状態はしばらく続くであろうというのが青山教授の見立てである。


客観的事実と思想的自由を獲得するための言語習得
青山教授は1~2年次学部生に主にアラビア語を講じ、また3年次からの地域社会研究コースでアラブ地域の思想について教示する。さらに3年次からはゼミ演習も担当するが、国際社会学部の学生はまだ2年次までしかいないため、現在は旧外国語学部3~4年次学生を対象に開講している。来年度から始まる国際社会学部のゼミも基本的には今とほぼ同内容という。
「わたしのゼミでは、アラブ地域の政治的な営為、あるいは社会的な運動に力点を置いた研究が主眼になることは新学部においても変わりがありません」
ゼミでは、例年6~8人のゼミ生を受け入れていて、希望者は全員受け入れるのを原則にしている。中東問題の専門書の輪読を行い、日本語およびアラビア語で書かれた2冊を読破する。なお、ゼミには若干だがアラビア語以外の言語を履修している学生も入ってくるが、そうした学生への配慮も怠りないようにしているそうだ。
ところでバブル崩壊後の失われた時代を経て、この国の大学生気質は一変してドメスティックな内向き傾向にあるようで、旅行業界など海外留学の人気が落ちていると嘆くこと久しい。
「感受性の強い若き日に海外生活を経験しておくことは、視野を広げて一生モノの知識を増幅するためにも打ってつけのチャンスなのですがね」
そう嘆く青山教授だが、東京外国語大学生に限っては例外らしい。実際、その留学にかける意欲はますます旺盛だという。あらためてゼミ生たちへの指導方針について青山教授はこう語る。
「大学で学んだことを社会に出てから生かせる人を育てたいと思っています。東京外国語大学ではここでしか教えられない事柄も多いですし、それを発展・発揮できるキャリアに進んでほしいと思いますね。そのためにも1~2年次で学ぶアラビア語の基礎学習からしっかり身につけることが大切になります」
こんな学生に来てほしい
この大学で学び培った国際感覚を、その期待される道に進んで発揮すべきという自覚をもって学んでほしいですね。「外国語が話せるようになれば食いっぱぐれがないだろう」というような安易な態度が通用する時代ではもはやありません。大学入学前の動機づけをしっかりつけることが重要かと思います。
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