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GOOD PROFESSOR

女子栄養大学

香川 靖雄 教授

香川 靖雄(かがわ やすお)
1957年、東京大学・医学部医学科を卒業。62年同大・大学院生物系研究科基礎医学専攻博士課程修了。70年米国コーネル大学・生化学分子生物学客員教授、72年自治医科大学・医学部教授を経て、現職。

81年に武田医学賞、85年に日本医師会医学賞、96年には紫綬褒章を受章。

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軽視されている栄養学の研究

動脈硬化の危険因子として注目されているホモシステインの分析をしていた3人学生

2000年、女子栄養大学の香川靖雄先生は厚生労働大臣の坂口力氏に陳情した。その先生の背中には、生活習慣病(成人病)の予防に大きな力を発揮している日本中の栄養士たちの期待も注がれていたのだ。  

「国立大学の一部を除き、栄養学の大学研究室はほとんど消えてしまいました。一方で、いわゆる栄養士の養成校は非常に増えています。ただし、養成施設では教育はともかく、研究などはしていません。つまり、栄養学を通り一遍に教えて、栄養士などの国家試験に合格させる施設が増えただけなのです」

糖尿病など生活習慣病の予防をさかんにキャンペーンしつつ、一方で栄養学の研究を事実上軽視してきたこれまでの国の姿勢。これには、日本における栄養学の権威にして医学博士でもある香川先生は大きな不安を感じている。  

「現在、アメリカの栄養学会は五つの長期研究目標を掲げていますが、そのうち二つが遺伝子研究に関連しています。ところが日本では、大学の研究施設そのものがなくなってきていますから、栄養学分野では遺伝子を研究するなんて事実上できないのです」

生活習慣病の予防には遺伝子と栄養学双方の研究が必要

先生と楽しそうに話す学生たち

栄養学が遺伝子研究の分野に踏み込むと聞いても、ちょっとピンとこない塾生も多いだろう。しかし、遺伝子研究の本場、特にアメリカでは、二つの領域が絡み合った分野で研究がどんどん発展しているのだ。

「例えば、生活習慣病の発病には遺伝子が大きく影響しています。生活習慣病を誘発する肥満や高血圧・高血糖は、特に遺伝子と密接な係わりがあります。一卵性双生児の追跡調査によって、60~80%ぐらいが遺伝、残りの20~40%が栄養や運動でコントロールできると判明しているのです。つまり、生活習慣病の予防には、遺伝子と栄養学両方の研究が欠かせないのです」

また、アメリカなど医療先進国では、研究面ばかりではなく臨床現場でも生活習慣病の予防に栄養士が大いに貢献している。栄養士が生活習慣病患者のための個人事務所を設立し、食事指導を積極的に行っているほどで、ニッポンのお寒い現状とは雲泥の差といえる。
「日本の医療制度は、予防をしないで病気になったときにお金が出る仕組みなのです」と、先生は教えてくれた。予防にいくら力を入れても、医療関係従事者にお金は落ちてこない。例えば、糖尿病患者に栄養指導をしても、病院に落ちるお金はわずか1300円程度。ところが糖尿病が悪化して血液透析の治療となれば、1ヵ月に数十万円もの大金が病院など医療機関側に支払われる。

病院は、もはや慈善事業ではない。昨今は、薬価差益・国民医療費へ厳しい目が注がれるようになり、「儲かる医療」をある程度進めないと、病院がどんどん倒産してしまうような厳しい時代になっているのが現状なのだ。それなら予防に対してきちんと医療費が病院側に支払われるようなシステム・制度に改革すれば、どうだろう? おそらく患者さんや医療機関・厚生労働省の誰もが納得するはずではないか。  

ところが、現実には様々な障壁がこの国の変化を阻む。こうした不毛な現状を先生は変えようとしている。冒頭の厚生労働大臣への陳情なども、こうした行動の一環である。

生活習慣病予防研究事業の巨大プロジェクト発足

調理実習室の教室。教壇で先生が調理するとき手元などが見えるように、大画面のモニターが設置されている

そして近年、香川先生たちの行動は少しずつ実を結び始めつつある。  

厚生労働省の官僚が、先生の著書『生活習慣病を防ぐ』(岩波新書)をかなり読み込んでいるとの話も伝わってくる。また、健康保険組合の破綻などの危険性が叫ばれ、予防重視の医療制度改革を選択せざるをえない状況にもなってきている。自治体レベルでは、予防医療に本格的に力を入れるところが目立ち始めている。

「長野県の老人医療費は多い県の3分の1程度で、患者の入院日数も短い。なぜかというと、人口あたりの栄養士や保健士の人員が長野県は多いという。

先生自身が副学長を努める女子栄養大学では、「生活習慣病研究センター」がこのほど新設され、約3億8千万円もの巨大研究プロジェクトとして生活習慣病の予防研究事業が文部科学省推進事業として立ちあがった。遺伝子研究に必要な機器が揃っているのはもちろん、個人の栄養状態を評価・判定するために、被験者の学生たちが長期間宿泊できる環境まで整えてしまったという。

「記録に残っているだけでも日本書記以来225回もの飢饉があった民族ですから、日本人の遺伝子は飢餓に強い体質になっています。そのため、エネルギー消費型の欧米人と同じ食生活をすると、すぐに生活習慣病にかかってしまうのですね」。つまり、生活習慣病予防の方法に関しても、欧米の手法を模写することなどとてもできないのだ。また、同じ日本人とはいえ個人差もある。「生活習慣病に関連した遺伝子を調べ、個人に対応した予防法を確立できるようにもする必要があります。そうした研究を進め、学生を教育する場が必要なのです」  

世界的な動きをみれば、この国で栄養学的な面での基礎科学研究の需要が高まってくるまでにそれほどの時間を要しないだろう。近い将来、「栄養士・管理栄養士の国家資格を得るため」といった通俗イメージが一変すること必定の栄養学だが、そのパイオニアたる香川先生の名講義が受けられる女子栄養大学の学生たちは幸せだ。予防医療に興味のある塾生にも勧めたい学問分野といえよう。

こんな生徒に来てほしい

知らないことをとにかく努力してわかるまで勉強する。暗記しなければならないことはきちんと憶える。そうした『努力する態度』を身につけて、ぜひ入学してきてほしいですね。でないと、やはり入学してから苦労しますから。そのかわり、本学で学べば栄養士や臨床検査技師・訪問介護員2級などの公的資格を取得することもできます。やる気のある学生を待っています

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。