早稲田塾
GOOD PROFESSOR

東洋大学
ライフデザイン学部 健康スポーツ学科 社会学専攻

井上 治代 教授

いのうえ・はるよ
東京都生まれ。二松學舍大学文学部国文学科卒。東洋大学大学院社会学研究科博士前期課程修了。淑徳大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。社会学博士。広告代理店・編集プロダクション勤務を経て、フリーランス作家として単行本や新聞・雑誌を媒体に執筆・評論活動を続けるとともに、各大学で社会学やジェンダー論を教えてきた。90年に死と葬送に関する市民団体「21世紀の結縁と墓を考える会」を立ち上げ、現在同団体は認定NPO法人「エンディングセンター」となり、理事長として活動している。東洋大学においては、ライフデザイン学部で「いのちの教育」「生死の社会学」「家族の社会学」「死生学」「世代論」などを担当するほか、同大学大学院・福祉社会デザイン研究科福祉社会システム専攻に所属して院生の指導に当たる。

「井上治代研究室」のURLアドレスはコチラ↓
http://www.inoue-haruyo.com/

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井上研究室のある朝霞キャンパス講義棟

いま若者世代に授けたい「生死の社会学」

――今週は東洋大学のライフデザイン学部の教授であり、「生死の社会学」「尊厳ある死と葬送」をめぐる市民活動などでも知られる井上治代教授に登場ねがうこととした。まずは所属する学部のことからお聞きしていこう。

本学ライフデザイン学部は2005年に新設されたばかりの学部です。少子高齢社会において、より実践的で学際的に今の社会に対応した研究、あるいは研究で得た結果を社会還元することに力を入れようというのが設立趣旨になっています。様変わりしていく現代社会と向き合った生きた学問をやっていくために、既存の学問・学科の枠にとらわれずに古今東西の学問体系の知見を集約してプロジェクト研究をしていきます。

わたしは健康スポーツ学科の所属ですが、ふつう健康スポーツの分野は予防介護とはあまり関係がないものです。ところが本学科では、要介護にならないために筋トレの仕方を工夫するとか、ハンディキャップを持った障碍者のスポーツについて学ぶとか、トレーナーの基礎知識を学ぶなど実にいろいろな分野があります。別の学科には「子供支援学専攻」がありますが、保育士や幼稚園教諭の資格も取れます。一方でわたしなどは死の分野を研究しているわけで、まさに人生のすべてを取り込んで見ていくという学部なんです。

かつては、ある意味ではライフデザインなど考えなくても良かった時代でした。ところが家族機能が弱まった現代では、自分らしく生きて自分らしく死ぬためには、自分で人生をデザインしないといけなくなった。晩年は福祉施設に入った方がいいのか自宅介護でがんばるべきなのか——そうしたことを自分でデザインし準備しないことには、人間らしい人生を全うすることが出来なくなったとも言えるでしょう。

夏の東洋大朝霞キャンパス点描

いまや全ニッポン人に求められるライフデザイン

――ライフデザイン学部における井上教授の講義内容の実際については……

わたしは社会学専攻で、社会学系に関したフィールドワーク実習や「地域研究法」「世代論」「家族の社会学」を、さらに「総合」という科目群において「総合Ⅲ」では職業を持って生きる「ライフコース論」を、そして「総合Ⅳ」が「死生学」(thanatology)でして、そのほか「いのちの教育」と「ジェンダー論」「生死の社会学」などを教えています。わたし自身は健康スポーツ学科に所属していますが、一般教養分野を担当しますので、社会学専攻以外全学科の1年から4年までの学生を相手に教えるのが実に楽しいですね。

健康スポーツ学科のなかに「こども健康科学」コースというのがあって、そこの学生たちが「いのちの教育」をよく受講してくれます。ここでは例えば、自分が生まれてから今に至るまでを写真でつづったものや、自分がいま死んだらということを想定して、お母さんとお父さんと彼氏・彼女が自分のことを何と書いて追悼しくれるだろうというのをリポートとして提出してもらったこともあります。

すると「大学の授業の中でこういうものを求めていた」と感想を述べる学生もいて、また母親に感謝する内容のレポートに返信用の封筒が入っていることもありました。住所は自宅、宛名はお母さんで、投函してくれっていう意味なんですね。

もっと死生学の社会的な面をさらに切りとっていくのが「生死の社会学」です。また「総合Ⅳ」という科目名で、ゼミ演習形式の死生学に関する授業もあります。わたしの講義はいろいろと切り口は違いますが、その統一的なテーマは「生と死と愛」ということに尽きます。

生とか生命とか「いのち」といったライフ(Life)は、死があるからこそ存在する言葉なのです。生きているっていうことをもっと大切に生きるべきだ。時間を大切に生きて「いのち」の存在をいつも感じながら生きたらすごく素晴らしいんじゃないか――そういう話を学生にはよくします。若者は仲間の中であまり熱く語ることを良しとしていませんが、論文レポートなどでは本音を出していて、わたしの話が行き届いたなと実感できることもあってやり甲斐を感じますね。

夏の東洋大白山キャンパス正門付近

自らの「生と死と愛」をすべて棚卸しできるゼミ

――いまの若者世代がもつ生死の意識について、井上教授には危機感があるらしい。

陰湿ないじめやブラック企業などが蔓延するニッポン世相の一方で、ボタンひとつでバーチャルに人を殺すことが出来ちゃうデジタルな世界を、若者たちはどっぷり享受しているわけじゃないですか。でも今も昔も人間という生身の存在にとって死は避けられません。なのに生死に対するリアリティーが希薄な世代がいま出現しつつあるのは末恐ろしいこと。そういう風潮のなかに隠蔽されてうごめいている背景を感じとれるセンスがないようでは、このさき世の中どういう方向に行ってしまうか全くわかりません。

こんな時代だからこそ、いのちや死について学ぶのは大いに意味があると思います。学校や保育所の先生をめざす若い学生ならなおさらです。ただ、それだけ重要なのに算数・数学のようなきちっとした学問体系が存在しません。どう教えたらいいかという教材もいちいち考えなくちゃいけない。ただ、そういうことを教えられる教員であることがわたしには無類の喜びでもあります。少しでも若者たちの生きる力の一部になれたらと思っているわけです。

わたし自身の研究内容をひと言でいうと、家族変動と葬送の変化についての研究ということになります。お墓やお葬式を素材にしながら、人間関係や社会の変化の影響を受けつつ「死の儀礼」がどう変わっていくのか、お墓の跡継ぎ制から跡継ぎを必要としない集合墓(樹木葬など)が増えてきたことの背景は何なのかといった諸研究をしてきました。そこから日本における家族関係や夫婦関係・親子関係・親族関係、そして人々の意識の変化も見えてきます。

かつてのニッポン農村社会では合理的であった家制度・跡継ぎ制度ですが、戦後に産業構造が変わってサラリーマン世帯化・核家族化してきました。そうなると結婚して家族は増えるけれど、子どもたちは巣立っていって夫婦だけになり、配偶者が亡くなれば独居、その一人が亡くなれば家族形態が事実上消滅してしまうのが必然です。こうして一代限りでの消滅がほぼ約束されている今の核家族にとって、お墓を代々守るという旧来の制度など合うわけがありません。

家族みんなが自由勝手に結婚して離婚するなか、ある日死者が出て、墓を買わなくちゃならないタイミングで、古臭い残滓が身の周りにこびり付いていることに初めて気づく。もはや家ごと家族単位とかで支え合うという集団単位の時代が終わって、個としてどう生き死んでいくかを各自で考えなきゃいけない時代になったわけですね。

――あらためて死生学に関するゼミのことについては……

これは「生と死と愛」という統一テーマにどこか引っ掛かれば何でもアリということで、授業内容は全部学生が考える形式で運営しています。現在22名で、1年次から4年までとさまざま。とにかく学生の意欲を引き出すことに重点を置いています。

ふだんは朝霞キャンパスにいるんですけれど、「朝霞を飛び出せ」というのがゼミの標語になっています。学校や教室で学ぶだけでなく様々な体験をした方がいいということで、授業が一方的に教えられる場じゃないということを様々に試みて、今日のゼミはすごく良かったといってもらえるようにと心掛けているつもりです。

こんな学生に来てほしい

以下、いつもと趣向を変えて、ゼミ生たちと井上教授との実際のやりとりを再現しておきたい。学生側からみた井上ゼミの活動内容が見えてくるはずだ。

【学生】「生と死と愛」に引っ掛かればテーマは本当に自由です。まずこれまでの人生で影響を受けた100のことを各自書き出して、それについてグループワークを通じてどう影響されたかをお互いに聞き出す作業をしていきます。すると自分自身の話題なのでどんどん語り出していきます。それぞれ学生たちの人生背景など意外な面も見えてくることもありますね。

【教授】自分が何から影響をされてきたかテーマを自由に選んで発表し、討論してもらいます。自らを形づくってきたものが何かなんて考えたこともないのに、迫られて一所懸命書き出して討論し合うなかで、無意識のうちにこだわって生きてきたことや、自身が成り立つものについて追体験する。さらにゼミ仲間にこのことを話すことによって、自らを再発見することにもなるようです。

【学生】みんな結局「きょう一日ゼミ授業を受けて良かったな」ということになって、自分を受け入れてもらえる一生モノの体験がうれしいんですね。日ごろの学生生活でそこまで自らを見せる機会ってないじゃないですか。ふだん教室の後ろで斜に構えてケータイを常にいじっているような学生でさえも、だんだんと積極的にディスカッションするようになったりして、実はこんな人だったんだって、人柄を理解し合うこともよくありますね。

【教授】卒業したOBOGがまた現役ゼミ生の前で発表して、在校生に何かを与えることもよくあります。現時点での教室という場だけに止まらず、時間軸も空間も超越して長く語り合える場であってほしいとも思っています。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。