早稲田塾
GOOD PROFESSOR

玉川大学
ミツバチ科学研究センター 主任

中村 純 教授

1958年岐阜県生まれ。83年玉川大学大学院農学研究科修士課程を修了。大手飼料会社でミツバチの飼料開発に従事した後、青年海外協力隊として養蜂による村落開発普及のためネパールに3年間派遣。タイ・チュラロンコーン大学研究生をへて、93年玉川大学大学院農学研究科博士課程修了。同年より玉川大学学術研究所助手。講師・助教授をへて2007年から同教授。専門は養蜂学。ミツバチによる資源利用を大きなテーマとして、ミツバチの生態から各種生産物に関する幅広い研究を進める。現在、玉川大学ミツバチ科学研究センター主任。「みつばち協議会」会長。「NPO法人みつばち百花」理事。

おもな著書に『庭で飼う はじめてのみつばち ホビー養蜂入門』『ニセアカシアの生態学』『社会性昆虫の進化性物学』(いずれも共著)がある。

中村教授が管理人である「玉川大学ミツバチ科学研究センター」のURLアドレスはコチラ↓
http://www.tamagawa.ac.jp/hsrc

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ミツバチ科学研究センターはキャンパスの高台にある
中村研究室内の本棚のようす

ミツバチを知ることは環境を知ること

――今週は、総合的なミツバチ生物学研究として国内でもっとも古い歴史を誇る、玉川大学「ミツバチ科学研究センター」で主任教授を務める中村純教授に登場ねがう。学部においても「養蜂学」の講座をもつ教授に、まずは玉川大学農学部のことからお聞きしていこう。

本学農学部には、「生物資源学科」「生物環境システム学科」「生命化学科」の3つの学科があり、3年生から学科内の専門研究領域(研究室)に所属できるシステムになっています。研究テーマについては、研究室によっても方針に差がありますが、原則として本人の希望に添う形で決まることが多く、大きなテーマはあっても本人の研究したいテーマを尊重する風土があります。テーマが見つけられない学生にはいくつか提示して相談に乗ることもありますが、少なくともミツバチ関係において「これをやれ」などと強制することはありませんね。

――そもそも中村教授とミツバチとの出あいについては……

わたしは、高校時代はチョウの研究をしていました。漠然と「自然に関係した勉強をしたい」と思って玉川大学の農学部に進みました。3年生になって研究テーマに迷っている時たまたま博士課程の先輩に頼まれ、ミツバチの巣箱の温度を測る手伝いをしたのです。今こういう研究をしているのに意外かもしれませんが、わたしは実は動物を飼うのはあまり得意じゃないんです(笑い)。でもなぜかミツバチの飼育にはとても心を引かれました。

本来の動物行動学(ethology)は、丹念な観察を通してその動物の行動パターンを解析するもの。でもミツバチの場合、彼らが巣箱の中でどのように行動しているかは、巣箱内の温度変化などを測定することでもある程度わかります。この、直接生き物を見ないままで生態が把握できる——ということが新鮮で、非常に面白いと思ったのです。そこからミツバチの魅力にハマり、結局、大学の卒業論文のテーマにはチョウではなくてミツバチによる巣の環境制御を選びました。

大学院卒業後は、一般企業においてミツバチの飼料開発などをし、その後に青年海外協力隊に参加。ネパールに3年間派遣されました。ネパールでは養蜂による村落開発普及をめざして活動をしていたのですが、そこで養蜂の難しさをあらためて痛感しましたね。

そこで東南アジアのミツバチ研究の拠点となっていたタイのチュラロンコーン大学ミツバチ研究所に留学したいと考えました。半年間は研究生として在籍したのですが、それ以上は何らかの正規の身分が必要となり、玉川大学大学院農学研究科博士課程に進み直すことになります。博士課程の学生として1年の半分はタイで研究をさせてもらいながら、学位を取得しました。

当初は研究者になるつもりではなく、時期をみてから海外での養蜂普及の現場に戻りたいと思っていました。それなのに研究の道に進んだのには様々な理由があって悩んだ末の決断だったのです。ネパールやタイでの生活も非常に充実していたので、当時おおいに迷いましたね。

――現在の研究テーマについては……

わたしの専門は「ミツバチ科学」(honeybee science)で、その研究の大きな柱は「ミツバチの生物学」と「生産物の食品科学」です。ミツバチに関する学問は、少し前までは全て「養蜂学」(apiculture)でひと括りにされてきましたが、入り口と出口を広げて大きく生まれ変わった「ミツバチ科学」は新たな分野の学問ともいえるでしょう。

従来の養蜂学は、養蜂業をバックアップするための生産技術研究が中心の学問でした。ところがここ10年ほどで、ハチを取り囲む環境が大きく変わっています。以前は、ミツバチが利用できる花は一年中いたるところにありましたが、いまは開発によってどんどん失われています。そうした激変する環境のなか、花の蜜と花粉なしでは生きていけないミツバチの生態が大きくクローズアップされているのです。

農業はもともと自力で日々こつこつと研鑽を積む農家の方々の存在が大きい産業分野ですが、なかでも養蜂はその傾向が強い。つまり自らの経験に基づいた「腕自慢」の方が多く、学術的な研究に基づいた新しい技術を受け入れてもらいにくい土壌がありました。そういう方々は「こうすればうまくいく」ということを経験的に知っていても、「なぜそうなるか」まではわかっていないわけです。

そのへんを科学的に検証して応用が利くようにしていく必要があります。また、生産者がうたい文句にする生産物の効能効果などにも科学的な根拠が不可欠です。つまりミツバチ科学とは、ミツバチの生態と生産物の多面的な研究を通じて「養蜂家と花」「養蜂家と消費者」そして「養蜂家とミツバチ」とをつなぐ学問とも言えるでしょう。

中村研究室内の本棚のようす
巣箱のなかミツバチの通り道をつくる研究生

ミツバチはタフでけなげな生き物

――具体的な中村教授の研究内容については……

わたし自身の今の大きなテーマは「ミツバチが資源をどう利用しているのか」です。ミツバチは、植物の花蜜や花粉などを糧に生きており、しかも植物自体を損なわず、受粉も助ける「資源循環型生物」でもあります。また、ミツバチは半径2キロ圏内の植物の花蜜を食糧源としていますが、環境が従来と変わっても、同じ圏内でどこからか花を見つけ、見知らぬ花であってもその蜜を吸って生き延びようとします。

つまり、自らが属している自然生態系との親和性が非常に高い。それほどに逞しくてけなげな生物ともいえます。こうしたミツバチが資源をどう利用しているかをその生態から探ることは、同じ環境のなかで生活する私たち人間にとって、環境を別の視点で見るという大きな意義があると考えています。

――実際の研究における難しい点をいくつか挙げていただくと……

ミツバチは自然界を飛び回っているので、その行動を把握するのが実際には難しい。ミツバチに付けられる小型の発信器でも将来できれば良いのですが、いまは目視による研究が中心となります。たとえば良い花が見つかると、ミツバチはダンスで仲間に知らせます。このダンスが示されるのは方向と距離なので、ミツバチのダンスを解析して表している地点を地図上に落とし込んでいくといった地道な作業を積み重ねていくほかありません。

これを網羅的にやろうとすると、作業としてはかなりヘビーになってしまいます。以前は一匹のハチだけを観察する方法が主流でしたが、いまは同じ記録画像のなかで同時に何匹もダンスを踊っている場合、たくさんのハチを一気に解析するようになり、ますます大変なことになってきています。最近は2年間に5千回ものダンスを解析した研究報告がイギリスであったほどです。

また畜産分野の動物などは、安定した環境や決まったエサで育てることが出来ますので、出荷スケジュールもコントロールでき、ある意味で工場的な生産体系です。それに対して、ミツバチの食糧源である自然界の花々は養蜂家でも研究者でもコントロールできないものです。天候や植物間の競争の影響も受けてしまいます。

たとえばハチミツの蜜源植物のひとつで、養蜂家も植えたがるニセアカシア(Robinia pseudoacacia)が開花するのは1年でせいぜい10日程度。あとの355日はニセアカシアの林はミツバチにとって使い物になりません。良質な蜂蜜生産という意味ではニセアカシアに目が行きがちですが、本当はそれ以外の植物によってミツバチを養っている実態があるのですから、養蜂家自身も気がついていない資源を丹念に調べなければなりません。

都会の密集した住宅地にも意外な空き地・草地があり、どの季節でもミツバチが多かったりするものです。そういう資源スポットは、実際にその場所に行ってみないとなかなか見つけられません。すべて自分の足で探すしかないのです。

マレーシアにおける学生研究発表の展示
緑の木々に富む玉川大キャンパス

環境激変を生き抜くミツバチの神秘

――つづいて中村教授が学生の研究指導で大事にしていることについては……

「必ずフィールドワークを入れる」ということに尽きますね。実験室での人工的な環境での実験ばかりでなく、実際に自然界で現場を見ることがとても大切だと考えています。とくに4年生はかなりの部分がフィールドワークになります。

たとえば今わたしが指導している学生の一人は花の蜜を中心に研究していて、今日も多摩川において観察をしているはず。今年は春から「兵庫県のレンゲ」「和歌山県のミカン」「秋田県のニセアカシア」と主要な養蜂植物の咲く土地でフィールドワークを続けてきました。ミツバチ科学を研究した——そう言い切るからには、実際に自らの目で現場を見たという経験が自分自身の背景としてしっかりあるということが大切です。

――卒業後の学生の進路については……

卒業生は必ずしもミツバチ関係の仕事に就職できるわけではありません。農学部に所属しますので食品系に進む人が多いのですが、アパレルなどまったく違う分野に進む人も結構います。でも、そういう人にこそ、自分の目で見たミツバチの魅力や本当の姿を周囲の人に伝えてほしいですね。

いま、アメリカを中心にミツバチが急速にいなくなる「蜂群崩壊症候群」(Colony Collapse Disorder)が起き、また全世界的に農作物の受粉を手伝うミツバチやハナバチの減少が大きな問題になっています。研究成果が公表されるたびに内容の吟味・検証のないままメディアがとり上げ、とくに「農薬が原因」とか「電磁波が原因」といった極端な情報は一般の人にも流布しやすく、ミツバチ関連ではすっかりネガティブな情報だらけになっています。

研究者としては、ミツバチがどんなに優れた生き物であるかや、それらを示す新たな発見は今でもたくさん存在するのに、そういうことはほとんど報道されないことがとても残念です。だから、ここでミツバチ科学を学んだ学生は、たとえ他の分野に進んでもミツバチのもつ素晴らしさを多くの人に伝えてほしいですね。

また、いま趣味としての養蜂がちょっとしたブームになっていて、聞きかじったような浅はかな知識でミツバチを理解したつもりになっている人が増えています。それで本人たちは自然環境を保護しているつもりなのかも知れませんが、それではただ不幸なミツバチを増やすだけ。そういう人たちにも本当のことが広まってほしいと思っています。

こんな学生に来てほしい

資質としてある程度の生物学的な基礎知識があるとありがたいのですが、絶対に必要ということではありません。むしろ大事なのは「自然が好き」「生き物が好き」という基本的な態度。そして、自分が住む地域のもつ自然環境を観察する確かな目を持っていることですね。いまの若い人は、デジタル系の流行には敏感でも、まわりの自然の変化に無関心な人があまりにも多いでしょう。でも自らが毎日歩く道々の四季の変化に敏感に気づくような人だったら、ミツバチ科学という学問は絶対に面白いはずです。

けっしてミツバチ科学はお堅い学問ではありません。「ミツバチを見ること」でミツバチを理解しようとしているのが養蜂家だとすれば、私たち研究者は「ミツバチと同じ視線で自然界を見ること」により、より深く「ミツバチを理解する」ことを目指しているとも言えます。ミツバチを知ることは、いま人類が生きる地球環境を知ることでもあります。ミツバチ科学を学ぶことで「ミツバチの目で自然を見る」という経験をすれば、自然に対する視点が大きく変わるはず。一生を通じて、季節の移り変わりに敏感に反応するセンサーが身につくとも思いますよ。

公開日:

※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。