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GOOD PROFESSOR

東京工業大学
資源化学研究所 高分子材料部門

西山 伸宏 教授

にしやま・のぶひろ
和歌山県生まれ。2001年東京大学大学院工学系研究科材料学専攻博士課程修了(博士〈工学〉)。同年米ユタ大学薬学部(Prof. Kopecek研究室)博士研究員。03年東京大学医学部附属病院ティッシュエンジニアリング部助手。04年東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター臨床医工学部門助手。06年同講師。09年同准教授。13年東京工業大学資源化学研究所高分子材料部門教授。

東京工業大学資源化学研究所「西山研究室」のURLアドレスはコチラ
http://www.bmw.res.titech.ac.jp/

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すずかけ台キャンパス正門付近
西山研究室には実験機器がいっぱい

機能性高分子型ナノメディシン創薬の旗手

――今週は、最先端のナノバイオテクノロジー創薬手法による革新的な新薬(ナノメディシン)創製の第一人者として知られる、東京工業大学資源化学研究所の西山伸宏教授に登場ねがう。まずは、やや専門的な薬学化学専門用語が飛び交うことにはなってしまうが、その研究分野のことから教えていただこう。

わたしの専門は「薬物送達システム」(ドラッグデリバリーシステム、Drug Delivery System、略DDS)の利用による創薬開発です。DDSとは、身体内の薬物分布を量的・空間的・時間的にコントロールするシステムのことです。わたしの研究室では基本的に、精密に合成した高分子化合物材料をプラットフォームとするDDSに着目しています。通常の方法で薬を投与すると全身に作用してしまいますが、その一方で副作用が大きい。そこで、DDS手法を駆使することで、薬のための「乗り物」を作って病気の部位にまで選択的に運んで作用させることができれば、最小限度の副作用でより高い治療効果が期待できるわけです。

一般的に医薬品を開発するときは、まずターゲットを見つけて作用しそうな化合物を片っ端から合成し、その中から効いたものだけを取り出して、それを動物に実験投与し、うまくいけば患者さんに投与して、実際に副作用が少なく効果を示していけば薬品となるという手順をとります。しかし、この従来の手法では1万個の候補化合物のうち薬になるのは1〜2個程度にすぎません。しかも、すでにいろいろな薬が開発し尽くされていて、新しい薬を見出すのがますます難しいのが現状。いわば「お宝さがし」であり、これでは相当な資金が必要となるので、欧米の巨大製薬企業(メガファーマ)でないと難しくなってきました。

それに比べ、機能性高分子を応用するという我々の方法は、薬そのものを作るというよりは、薬の乗り物を作るというイメージです。そこに薬を乗っけて病気のところだけに集まるようにしておけば、基本的には病気部位にしか影響しないので、ほかの正常な細胞に作用することは少なくなる。もし何か問題があっても、その運搬体の性質を変えることによって最適化ができれば、合理的な新薬設計が可能となり、もはや「宝探し」ではなくなる。また、従来すごく効果があるのに毒性が高くあまり使えなかった化合物を、薬効部分だけを取り出し、新薬として実用化するといったことも可能となってきます。こうして、日本が得意とするモノづくりを基盤とした合理的かつ理想的な薬を作ることがわたしたちの研究なのです。

――じつは西山教授は13年に東京工業大学へ転出されてきたばかり。それまでは東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センターに籍を置いて研究を進めてきた。

わたし自身は、東大時代において機能性高分子の分子設計によるナノメディシン創薬の世界的パイオニアである片岡一則教授に師事しつつ、研究を進めてきました。東工大では、わたしは、片岡先生の技術を受け継ぎながら新たな技術を開発することで発展させていきたいと思っております。

わたしが片岡先生と一緒にやってきた研究成果のひとつとして、ブロック共重合体が自動的に集まることによって形成される「高分子ミセル」というものがあります。ここで共重合(copolymerization)とは、2種類以上のモノマーを組み合わせて生成するという意味です。たとえばAとBがある場合、A-B-A-Bのような結び付き方は「交互共重合体」、規則性がないものは「ランダム共重合体」、A-A-A-B-B-Bのように同じものがブロックで付いているものを「ブロック共重合体」といいます。

そこで親水性の高分子と疎水性の高分子を結びつけると果たしてどうなるかと言いますと、この性質が異なる高分子は仲たがいしますので、接触する面積が小さくなるようになります。すると球状に集まることになります。分子間力による多数の分子の集合体を一般に「ミセル」と呼びますが、これが高分子で出来ているのが、いわゆる「高分子ミセル」です。

この高分子ミセルは、数十ナノメートルという小ささで、しかも非常にサイズがそろっているという特徴をもちます。ブロック共重合体を精密に設計すれば、大きさが均一なコア-シェル型の構造体を構築できます。棒状にしたり、カプセル状にしたりも出来るのです。大きさがわずか数十ナノメートル、このことが創薬開発にとって大きなメリットとなります。

薬は血流を介して全身をめぐりますが、ヒトの血管の内部には隙間があって、薬効成分は血管から少しずつ漏れ出して全身の組織に作用していきます。抗がん剤などは、細胞が増えているところであれば正常なところでもダメージを与えるので、髪の毛が抜けたり皮膚がボロボロになったり、生殖細胞などもダメージを受けたりします。基本的には全身いろいろな細胞がダメージを受けてしまいます。

一方、我々が標的としている悪性新生物(がん)はどういう病気なのかというと、その細胞の周囲に関係なくどんどん増え、正常な組織の機能を邪魔して死に至らせる病気です。がん細胞が増えるためには普通以上に栄養分が必要なので、自ら血管を呼び込んでいるのですが、この血管は突貫工事で作られたものなので100ナノメートルほどの穴が空いており、この穴を介してがん細胞は血管からたくさんの栄養分を取り込むことができます。そこで数十ナノメートルという小さな高分子ミセルは、血管の穴から漏れ出してがん細胞だけに影響を与えることができます。その一方で健康な血管では、高分子ミセルのほうが血管のすき間よりもサイズが大きいので基本的に漏れることはありません。ある意味非常にシンプルですが、がん細胞が生きるために必要な穴を標的としてDDSを設計することでがんに特異的に薬を集めることができるようになるわけです。

具体的な成果としては、白金錯体系の抗がん剤への応用があります。たとえばシスプラチン(cisplatin)という薬があります。これはとくに大量の水を同時に投与しなければならない薬。濃い濃度で腎臓を通過するときに腎臓を傷めてしまうためですが、ミセルの形で投与すれば濃い濃度の薬が腎臓を通過することを避けることができるので大量の水は必要ありません。ふつう入院して3日間点滴を受けなければならないところを、外来で治療できることになり、患者の負担を少なくすることができます。またシスプラチンには、内耳毒性や耳が聞こえなくなるという副作用も知られています。これは内耳の有毛細胞を変化させてしまうためなのですが、ミセルに内包して届ければ健康な内耳にはダメージを与えないので、副作用を抑制できることになります。

ふつう抗がん剤は投与すると速やかに全身に分布し、腎臓などから排泄されるのですぐ血中からなくなってしまいます。しかし抗がん剤を高分子ミセルに内包させることで、血中をぐるぐる回ってがん細胞のところに集め、そこで放出させることができます。がん細胞に集まる薬の量でいえば20倍ほどの効果があります。さらに全身に回らず副作用が出ないという視点から見ると、かなりの効果ともいえます。これはすでに治験の最終段階の第3相試験まで進んでおり、数年以内の実用化が期待されています。

西山研究室には実験機器がいっぱい
東工大すずかけ台キャンパスの外観点描

日本発ナノメディシン開発のガイドラインも残したい

――日本発ナノメディシン開発を加速するためにはガイドラインの整備が重要であり、さらに標的指向機能や環境応答機能を付与させた「革新的ナノメディシン」によって未来の医療は大きく変わるはずと西山教授は語る。

ふつう臨床試験(治験、英Clinical trial)は3段階まであり、第1相試験で20人程度に対して安全かどうかを調べます。つぎに第2相試験で50人程度に対して効果があるかを、そして第3相試験で600人程度に対してどのくらい効き目があるのかをそれぞれ調べていきます。ここで十分な効果があるとわかれば薬として承認されるわけです。

しかしそこには大きな2つの壁が。ひとつは安全性で、多くの化合物は副作用のために開発が中止および中断となります。もうひとつは費用の問題です。実際に患者に投与する場合、優良試験所規範(Good Laboratory Practice、略GLP)や優良製造所規範(Good Manufacturing Practice、略GMP)といった世界的に保証された手法で実施されなくてはなりません。このために莫大な費用が発生します。さらに、第3相治験では何百人に対して試すことになるので何十億という資金が必要となります。製薬会社も営利企業なので、開発コストがかかってペイしないものや、数少ない患者にしか効かない薬はビジネスにならないと判断することにもなります。

高分子ミセルは、臨床試験で高い安全性と有効性が実証されつつあり、5種類の製剤が臨床試験へと進み、うち2つは最終段階の第3相治験へと進んでいます。いまの段階では、まずは承認された薬を高分子ミセルへの内包対象としていますが、(1)副作用の低減による患者の生活の質(Quality of Life)の改善(2)3日間点滴しなくてはならない薬を1時間で投与してしまえるといった薬を使いやすくすること(服薬コンプライアンス(medicine, compliance)の改善)、さらには(3) 既存の標準治療よりも優れた治療効果を実現することを目指しています。

将来的には、承認された薬だけでなく、高い薬効を有するにもかかわらず副作用等の問題で開発が中止もしくは中断されてしまった化合物や、最近大きな注目を集めている核酸医薬やタンパク質等のバイオ医薬品もDDS技術によって実用化されることも期待されます。

臨床開発というのは、いわば険しい山道のようなもの。新薬の特許は20年です。製薬会社にとっては、承認されてから特許が切れるまでがビジネス期間で、開発に必要以上の時間を要すればビジネスになりません。とくにナノメディシンは、どこまで研究データを取得すれば臨床試験を前進させることができるのかといった明確な基準がなく、これが企業にとっては大きなリスクとなっています。そこで我々は、DDS技術を開発し、実用化を進めていくだけでなく、その評価のためのガイドラインを作っていくことも重要であると考えています。

薬の開発を登山に例えるなら、山を登りながら登山道を整備すれば、次の時に山を登りやすくなる。すなわち、次の薬を開発しやすくなると考えています。多くの企業がナノメディシンの開発に参入することが、ナノメディシンが今後発展するための大きな鍵であると考えています。また、日本が得意とするモノづくりを基盤としたDDS創薬こそが、日本が欧米のメガファーマに太刀打ちできる分野であり、医薬品開発を日本の成長産業へと発展させるためのドライビングフォースになるとわたしは信じています。

また、我々のナノメディシンの概念は、精密合成高分子材料をプラットフォームとして、標的細胞に結合するナビ機能や、細胞内環境に応答して構造を変化させる環境応答機能などのスマート機能を付与することでさらに進化させることができ、体内で高度な機能を発現するナノマシンを構築することも可能であると考えています。かつて『ミクロの決死圏』(原題『Fantastic Voyage』 66年公開)というアメリカのSF映画がありました。空想的なファンタジー話だったことが、本当に実現できるのではないかとも考えているわけです。

実際わたしの恩師・片岡先生を中心に、ナノバイオテクノロジーによる研究開発技術を応用した架空の病院として、「ナノバイオ病院」(http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/nanobiof/nb-hospital/)も構想されています。また体内を自律循環しながら診断・治療を施すことで、病気を未然に防ぐことのできる「未来型ナノマシン」を開発するプロジェクト(http://www.kawasaki-net.ne.jp/coins/)もスタートしています。

東工大すずかけ台キャンパスの外観点描
東工大すずかけ台キャンパスの外観点描

自ら実験評価を繰り返す—それこそが研究の醍醐味

――東京工業大学における西山研究室の特色については……

良い論文を書いてサイエンスに貢献することを重視しているのは一般的な研究室と同じです。ただ個人の経験からしても、最初から最後まで自分自身で研究していくこと、これこそが研究者たる最大の醍醐味だと思っております。DDSの研究は他の大学・研究所や医学部などと協働して取り組むところが多いと思います。しかしわたしたちは、自ら薬を設計し、それを自ら培養細胞や実験マウスに作用させて評価をやり、設計へとフィードバックすることで最適化する方法を採っています。

すなわち、個々の学生や研究者が創薬プロセスのすべてを経験するわけで、これは他にあまりない面白いところだと思います。合成設備や細胞培養設備・動物飼育設備が整っており、「共焦点レーザー顕微鏡」や「リアルタイムin vivoイメージング装置」など最先端の装置も有しています。これだけのあらゆる設備が整っているのは、東工大の中でもあまりないのではと自負しています。

また、ここでは「自ら何ができるのか」を考え「具体的に行動し実践する」ことができる研究室にしたいと思っています。他人から指示されたことのみを忠実にこなし、「卒業のために」とか「論文を書くため」といった後ろ向きの研究姿勢では、本当の意味における個人の成長は見込めません。研究はもともと非常に面白いものだと思います。ぜひ学生のみなさんには、この研究の面白さを満喫してもらいたいですし、研究をすることで人間として大きく成長してほしいと思っています。

――ところで東京工業大学といえば、16年(平成28年)4月から「東工大教育改革」という新しい教育システムがスタートする。国公立大学もふくめた大競争時代に対応するため、現在の学部組織(3学部23学科)・大学院組織(研究科45専攻)をまず刷新し、学部と大学院を統一した6学院17系で構成される「学院」を新たに設置しようというもの。ここで西山教授の考える大学改革についてもお聞きしておこう。

いままでわたしの研究室は、資源化学研究所という化学を基盤とする研究所にあり、所属する学生は大学院総合理工学研究科に所属していました。すなわち、大学院生のみだったのですが、平成28年度からは、東京工業大学は「学部」と「大学院」を統合した「学院」として再編される見通しとなり、学部生もわたしの研究室に加わることが出来るようになります。

どこに所属すればどの研究室に来ることができるのか――そうしたことも未定ですが、もう少しお待ちください。実際に受験を検討する際には、下記のURLなど参照の上きちんと調べるようにしてくださればと思います。

■ 東工大教育改革の骨子
http://www.titech.ac.jp/news/pdf/tokyotech_edu_reform_20140627_web.pdf

こんな学生に来てほしい

自分で何かを新しく作りたい。世の中の役に立つものを大学の研究の中から生み出してみたい。そう思っている人に来てもらいたいですね。「わたしは今こういうことが得意」というよりは、「これを将来やりたい」という情熱が重要です。いま医薬品の開発は日本にとって厳しい状況にあり、「宝探し的な薬の開発」はますます困難な状況になっています。そんななか日本が得意とするモノづくりを基盤にして合理的に薬を設計するアプローチは日本が医薬品開発分野で生き残っていく一つの道であるとわたしは考えています。自分の研究が世界をリードする可能性があるということを意識してもらえればと思います。

今も昔も資源に恵まれない日本が乗り切っていくには、超高齢社会のトップを走らざるを得ない条件下で、導き出した答えを根幹的なビジネスとして世界へ輸出する――そうしたことも考えねばなりません。その中のひとつとして医薬品開発もあると思います。たしかに「良い大学を出て良い就職をして」という堅実な従来の考え方も一面の真理ですが、このまま何も変えずに発展していけるとは日本人のだれも思っていないはず。現在の状況を打開しようと政治も経済も一所懸命いま取り組んでいるけれど、なかなか先が見えてこない。中高生のみなさんもそういった閉塞感を持たれているのではないでしょうか。

よく言われるように科学技術こそが日本の生きる道です。また、本当のブレイクスルーは会社よりも大学で生まれるとも思います。これまでは大学の研究者は純粋なサイエンスのためだけに研究をすることができました。しかし以前ほどには日本は裕福ではなくなり、これからは社会への貢献やイノベーションを強く意識するように否応なしになってきています。すなわちこれからの大学のあり方が問われているわけですが、これはある意味、大学にとって大きなチャンスになるとも感じています。中高生のみなさんには、ぜひ自らの力で世の中を変えるというくらいの意気込みで進学してほしいと思います。

公開日:

※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。