早稲田塾
GOOD PROFESSOR

首都大学東京
都市教養学部 人文学科社会系コース

山下祐介 准教授

やました・ゆうすけ
1969年生まれ。九州大学大学院文学研究科社会学専攻博士課程中退。弘前大学准教授などを経て、首都大学東京准教授。専攻は地域社会学、環境社会学。『津軽学』(津軽に学ぶ会)の運動にも参加。『限界集落の真実——過疎の村は消えるか?』『東北発の震災論——周辺から広域システムを考える』(ちくま新書)、『リスク・コミュニティ論』(弘文堂)、『白神学 第1巻—歩く見る聞く白神 山村に生きる』(ブナの里白神公社)ほか著書多数

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著書で「中央とは違う地方の視点を取り入れ
よう」と呼びかける
大学の正門

「自分はどこかの地域を生きている」が地域社会学のテーマ

――今週ご紹介するのは、首都大学東京の山下准教授。まずは、その研究内容からうかがっていこう。

研究されている、社会学、地域学について教えてください。

今ちょうど高校生向けの「地域学の解説書を作っています。そこに、僕がやっている「地域社会学」って何か、「地域」って何か、どうやって調べるのか、なぜ調べる必要があるのかを書いているんですよ。

――もともと「地域」に興味があったのですか。

僕が学んだ九州大学の先生が、社会学を専門とされていたのです。去年亡くなられましたが、鈴木廣(ひろし)先生という方です。

鈴木先生がおっしゃるには、ぼんやり暮らしていると「地域」って見えないですけれど、どの人もみんな、自分の地域の中にいる。そして大きな災害や、事件が起きたときに「自分がある地域に所属している」というのがわかるんですね。

たとえば、この間の東日本大震災では、それこそ地域まるごと津波にのまれてしまいました。そこで「さあ、もう一度地域を再建しよう」となったときに、いかにその「ゼロからスタートする」ってことが難しいかを今経験しているわけです。

原発事故でも、ある地域まるごと避難している。「さあ、帰って地域を作り直そう」っていっても、じゃあ地域とはということになる。失って初めて地域とは何かが問われることにもなっています。

「じゃあ、地域っていったい何だろう」ということですが、今これを読んでいる人のおそらく大半の人が都市部の生まれ、都市部の育ちだと思います。しかも、伝統的な城下町や町内社会ではなく、都市周辺に新しく作られた郊外で生まれて育った人のほうが多いかもしれません。

郊外の大規模な新興団地で生まれた人などは、もしかすると「自分は地域には所属していない」と思っているかもしれない。けれども、実際は、どの家も町内会みたいなものに入っているし、毎日暮らしているなかで、水を飲んだり、トイレ(下水)を使ったりしています。これも地域との関わりです。地域がなければ、暮らしは成り立たない。ご飯を食べるのだって、どこかの田畑でできたものが、流通に乗ってスーパーなどに届き、そこで売っているものを私たちは食べているわけですが、そのスーパーも、地域を構成しているものの1つです。スーパーが地域にあってはじめて暮らせる。

「地域社会学」の最初のテーマは、「自分はどこかの地域を生きている」ということを、もっと自覚していこうということです。

人は毎日の暮らしの中で自分たちがものを考えたり、笑ったり、悲しんだりするわけですが、その「自分」を考えるとき、「いったいどうやって自分たちが生きて暮らしているのか」という重要な前提がある。自分が考えること感じること、毎日の暮らしの1つ1つ、そういうものも全部含めて「地域」の中で起きているので、その「地域というものは何か」ということを、もっと自覚的に考えてみよう。地域学とはそうした学びであり、地域社会学はそれを調査研究でいろいろと目に見える形に記述していこうとするものです。

地域は、そこで生きる「わたし」を理解する手がかりでもあります。

社会学の「地域」を英語で表現すると、「Region&Community」になります。Regionは地理的な範囲(地形、気候、自然資源など)で、Communityは行政や産業、人口、職業、文化などの社会的なまとまり。この2つで「地域」になるという考え方なんですね。ひとことではあらわせないんです。

日本語の「地域」はどんな意味なのかというと、まず「地」は土地です。「也(蛇)」のようにうねった大地です。そして「域」は、土篇の右側の部分を四角で囲むと、昔の国(國)ですね。小さな「口」は人びとをあらわすようですが、この人が戈を持っていて、ある線(「一」)を守っている。要するに土地の境界を守る人々の集団が「国(國)」です。そしてその訓読みである「クニ」も、「地面の中から生命がわきあがってくる」、そういうようなイメージのことばだろうといわれています。

わたしたちは、どこかの大地の上に暮らし、1人ではなくて集団で暮らしていて、その集団の中で、土地が生み出してくるものを自分たちのものとして、外敵から守りながら、次の世代へと継承して、社会を持続させていく。こういうことが、地域ということばの意味するところのようです。

その地域の中の1つの要素として「わたし」という存在がある。

そう考えると、自分を理解するためにも、自分が暮らしている地域って何なのか、どういう形でわたしは水を手に入れ、食料を手に入れ、どういう人たちとのつながりの中で生きているのか、こういうことを知らなければ、それはもしかしたら不完全な私のままかもしれない。

「地域で生きる本来のわたしを知ろう」というのが、地域学・地域社会学の2つめのテーマです。

――災害など、社会人になって、住んでいる場所に何か問題があると、そこで出てくるのが地域というものだということですか。

いや、地域は非常時や問題に突き当たったときだけに現れるものとは限りません。たとえば、毎日学校に行くために歩いている道が、どういうふうにできて、誰が管理しているのか、その設計や管理について誰がどんなふうに決めているのか。こういうことも地域学の対象になります。

普段はそういう仕組みの一つひとつがきちんと動いているから意識されないけれども、災害が起きて今まで動いていた仕組みがうまくいかなくなったときに、自分がどういう仕組みで生かされているのか明るみになる。どういう集団に所属していたのかもわかる。

自治体にしても、ふだんは遠い存在に感じがちで、皆さんはただ自分たちにサービスしているだけと思っているかもしれない。けれど、そこには議会があり、市長さん、町長さん、村長さんがいて、それがその集団のリーダーなわけです。そういったリーダーたちは選挙で、みなさんが大人になれば選挙で選ぶわけですが、その人たちがいろいろなことを決定し、皆の暮らしも形づくられていく。

ならば、地域が、わたしたちとの関係でどんなふうにできているかも知らなければいけない。「人は、地域から受け取るだけではなく、地域を形作る」これが3番目のテーマです。

地域について知ることは、むかしより今、必要になってきています。

今から半世紀超前、1950年代くらいまでは、日本の社会は、地方では、村を中心にできていました。また都市も、小さな町が集まってできており、小さな単位を積み重ねて構成されていたといってよいでしょう。その完成形は江戸時代に作られたものですが、明治以降もそれを新しくして使いまわしてきたんです。けれども、1960年代に入ると日本の人口も大きく伸びて、産業化という大きな変革も起き、各地で工業が発達し、さらには商業、サービス業も発達した。そうするとそれまでの日本の国は大きく変化し、地域の形も大きく変わるわけです。

例えば、むかしは、井戸を掘って、あるいは沢の水をひいてきて水を飲んでいた。飲み水を得るだけでも、1つの小さな集団、地域に所属しなければ暮らせなかったから、逆に、その地域に所属しているという自覚を持っていました。構成員でなければ、水も食料も手に入らなかったからです。

ところが産業が急速に発達していくにつれて都市も大きくなって、旧城下町をどんどんはみだして、田んぼや畑や山をつぶして郊外住宅地ができていく。農村も、田畑の区画整理をして、水を取るための水路もコンクリートで固め、井戸水ではなくて、遠くから、あるいは川からごっそり取る、近代的な農業に切り変わっていきます。

住む場所のようすも変わってきます。上流部にダムを作ったり山を管理したりすることによって大きな災害もなくなってきた。そうすると今まで住めなかった場所、大きな川の河口とか、海を埋め立てて、住むようにもなってきました。

それでどうなるか。地域がどんどん、小さな単位から、大きな単位に切り替わってくるわけです。「どこまでが自分の地域か」が、とくに都市部では見えなくなってきたんですね。

郊外住宅というのは「どこまでが自分の地域か」ということが一番見えにくいところなんです。その中で皆さんの大半は暮らしている。でも地域が失われたわけではないから、意識的に、「地域とは何なのか」「自分はどんな地域に住んでいるのか」ということを考えていかないと、自分の足元に何があるのか、自分が何者なのかさえ理解できない。

こう考えてみると、地域社会学は、むかしの人には、あまり必要なかったかもしれないけれど、「平成の大合併(※)」が行われた平成世代にとって、とくに重要度が増した学問です。

※1995年の合併特例法で合併が加速し、2005〜06年に盛んに行われた市町村合併の動き。市町村の減少は国が目標にした1000程度には届かなかったが、1995年に3234あった市町村は07年3月には1800ほどにまで減った。

こういう今、地域を考えることは絶対に必要ですね。思考する自分の足もとを確かめるとき、まずしなければならないことです。

とくに、これから国際化、グローバル化して、国の外との付き合いが深まれば深まるほど、「自分たちとは何なのか」を知ることが必要になってくるでしょう。

国際化を考えるときに、自分の所属を、いきなり国家という単位で考えてしまうと、外の世界を遮断する変なナショナリズムが出てきてしまうかもしれない。それよりもうちょっと小さい単位で「地域とは何か」をしっかり考えていこう、ということでもあります。

地域を守る人とは誰なのか。誰がどういう形で、その土地の歴史や文化を継承していくのかということを考えていくのが、地域社会学の真の課題だろうと思っています。

京王線南大沢駅近くの高台にある

自分のものとは違う「常識」と出会う

――先生が書かれた『限界集落の真実』には、地域の空気みたいなものが書いてあります。

あの本は、実は社会学の常識しか書いていません。「村はそうそう簡単には消滅しないものですよ」という農村社会学の常識を一般向けに書いたものです。

ある地域に暮らしがあれば、そこにはそれが存在する必然性がある。地域に人が暮らしていれば、その暮らしがそこにある理由があるはずだ。決して無理してそこにありつづけているわけではない。そういうことを言いたかったんですね。

限界集落(高齢者が半分以上を占め、共同が成り立たなくなり、消滅する可能性があるとされる集落)とされたその地域が、なぜ何十年も立派に存在し続けているのか。

たとえば、ある山の中に高齢者ばかりの農村がある。戸数も少ない。そうすると、都会の人間は「なんでこんな山の中に暮らしているんだ」と思うかもしれない。けれども、実はそこには、暮らしが成り立つ理由がある。山のもの(山菜やキノコ、燃料)があり、またいい湧き水や沢があって、田畑の土が豊かで、暮らすのにすごく良い場所だったりするわけです。

地域は、やはり暮らしている人の目線に立ってとらえなければいけないんだけれども、自分とは異なる暮らしの目線に立つのは、意外と難しい。でも、それでも、人は理解することができる。

都市に暮らして、なんでもスーパーで買って、みたいな暮らしをしている人にとって、田んぼや畑をやっている暮らしを理解するのは、最初は難しいかもしれない。でも、その暮らしを自分ではしていなくても、その人たちの話を聞いていけば、そこの地域でつちかわれている考え方は理解可能です。

たとえば毎日どうやってそういう生活をしているのか、何を作っているのか、家族がどこにいて、いつ集まって、どんなことを毎日話しているのか、そういうのを観察していくだけで、その地域の暮らしをかなりの程度理解することはできる。

理解が進むと、最初、その地域が衰えているようにみえたのは実はひどい偏見で、そこにはそこなりの暮らしの論理、常識があることが見えてきたりする。

そして、今度、その常識から、自分の暮らしを見てみると、意外にとんでもない暮らしだということが見えてきたりする。常識がひっくり返る。そういうことが起きてきます。いろいろな暮らしの視点を持つということはとても重要で、いろんな視点を取ることで、自分の暮らしがどうやってできているのかもわかってくるものです。

そうやって考えると「社会学的発見」というのは、今までにない、びっくりするような物事を見つけることではなくて、今まで常識だと思っていた知識が非常識だった、あるいは普通の人には常識なのに、自分が知らなかったことを、ことばにした(常識として理解できた)なんてことが多いわけです。発見とは「自分のものとは違う常識を探している」ってことかもしれないですね。

限界集落といわれる地域も、こちらの目線で見るからに貧しくみえるのであって、実はそこではそんなに現金収入を手に入れなくても暮らせる暮らしがあったりするのです。収入が低いから貧しいなんてとんでもない。でもそう考えて、最近では限界集落を山から引き下ろして、駅前に集住させた方が良いんだなんていること本気で論じている人もいるわけです。

私たちはどこかで人間が社会を動かしているように思っている。けれども、社会に人間が動かされているのであって、人間が社会を自由に変えられるなどと思っているとすればそれは思い上がりです。逆に下手に社会に手を入れることであらぬ反応が起きて、社会が手のつけられないような結果に陥ることもあります。

社会は、いろんな歴史や文化の中で、自然にわきあがってできてくるもの。人間が思い通りにできるとか、まして自由に作れるようなものではありません。

逆に人の頭だけで作られた社会というのは、非常にいびつでギスギスしています。郊外住宅とはそういう人工社会である可能性がある。

構内はゆったりしていて公園のようだ

本来の大学の学び方が残る首都大学

――首都大学の社会学の特徴は

首都大の社会学は、都市社会学・地域社会学のほか、理論社会学や、計量社会学、ジェンダー社会学、医療社会学などがあって、社会学を総合的に学べます。2年生で専門課程に入ると、社会学を中心に授業を受けていって、いろんなゼミで学べます。そのなかから最後の卒業論文のときに、専門を1つに絞って卒論を書くという仕組みです。

社会調査士の資格が取れるのも特徴ですね。調査法や調査実習もあります。

また大学院と学部とが実質的に一緒になっているので、授業で勉強すること以外に、学生同士や学生と院生の自主的な勉強会や集まり、読書会みたいなものがあって、お互いに教えあいながら勉強しています。大学は授業だけで学ぶものではなく、学生どうして学びあうものですが、そういうことでも専門的に学ぶには良い環境があると思います。

卒業論文も先生の指導だけで書くのではなくて、学生同士や院生も含めて、専門が近い人たち同士で情報交換しているようですね。またうちの特徴は、いまどき、よく本を読んでいる学生がみんなにとても尊敬されている。学ぶ雰囲気がある大学だという気がします。楽しそうに勉強しています。

哲学でも文学でも、本来大学とはそうやってグループで、仲間と学ぶ。これが大学の本質だと思います。また僕の研究室では、地域調査をやっているので、そういうことが好きな学生が集まっている。

社会調査でわかっていくことってとても民主的です。調査で会った人の話は、それをしゃべっている人が中心です。それを聞いた人の方がわかっているわけで、先生は聞いたわけではないので、よくはわからない。面白い話を聞いてきたということは、それを聞いてきた学生の特権です。

それから、調査は「その人だけに話す話」というものがある。先生には話さないけれど、若い学生には話すとか。男性だと話さないけれど、女性だと話すこともありますね。ですから、調査とは、その本人にしか持っていない情報を集めてくるという特徴がある。先生が一方的に教えるという形にはならないわけです。

「それはこういうことじゃないか」と先生が言っても、学生が「どうも聞いてみたらそうではない。こうらしいですよ」となってしまうことがよくある。先生はかたなしでしょう。でも「自分で調査する」というのは、そういうことです。

こんな学生に来てほしい

社会学は、自分で勉強できるようになりたい、研究できるようになりたい、問題を解いてみたい人に向いています。器用であることより、自分の疑問になんらかの答えが出るまで粘って、最後まで関わり続けることができる人のほうが、伸びます。

答えはなかなか出ないことがほとんど。でも答えを出すまで、みんな議論を重ねてがんばっています。答えが出たときの喜びは、例えようがありません。

調査も自分でできるようになることが大切です。自分でできるとは、調査対象者と自分で交渉し、話をし、情報を引き出し、そして分析を帰していくことができるということになります。先生がいなくても、このプロセスを自分でできるようになるのが目標です。

そして実際に鍛えられていくと、先生なんかいなくても、現場でいろんなことが自分でできるようになるものですよね。卒業前には「先生、こうしたいってむこうから話が出ているので連絡してあげてください」などと、学生の方が私に指示するようにもなります。これは調査対象になった方々が調査を通じて、学生たちを育ててくださっている面もあると思います。最初もじもじしていた人も、最後にはみごとに自立していく。そんな例も色々とみてきました。最後は何を知りたいか、ではないでしょうか。私たちはそれをお手伝いするスタッフだと思っています。



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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。