
東京経済大学
コミュニケーション学部
西垣 通 教授
にしがき・とおる
1948年東京生まれ。工学博士。東京大学工学部計数工学科卒業、日立製作所に入社。コンピュータ・ソフトの研究開発に携わる。その間、スタンフォード大学で客員研究員。その後、明治大学教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、2013年より現職。文理を架橋する新しい情報学の構築をめざしている。著書に『集合知とは何か』(中公新書)、『ウェブ社会をどう生きるか』(岩波新書)、『ネットとリアルのあいだ』(ちくまプリマー新書)、『こころの情報学』(ちくま新書)、『デジタル・ナルシス』(岩波書店、第13回サントリー学芸賞受賞)、『コズミック・マインド』(岩波書店)、『情報学的転回』(春秋社)、『基礎情報学』『続基礎情報学』(NTT出版)、『サイバーペット/ウェブ生命情報論』(千倉書房)ほか多数


国分寺キャンパス
文理融合の基礎情報学パイオニア
――東京経済大学が、日本初のコミュニケーション学部を開設したのは、1995年。Windows 95が発売され、それまで工学系の専門家にしか扱えなかったコンピュータのソフトがユーザー・フレンドリーとなった歴史的な年だった。同学部の教育目標は「メディアリテラシーの向上」であり、ネット文化全盛時代に不可欠な諸能力とくに判断力の必要性を、20年前にいち早く予測していたといえる。コミュニケーション学の重要な一分野に「基礎情報学」があるが、今回紹介する西垣通教授は、そのパイオニアとして知られている。もともとは民間企業のエンジニアだったという西垣教授が、なぜ新たな分野の学問を切り拓くことになったのか。
私は大学の工学部を卒業後、14年間、日立製作所でコンピュータのオペレーティングシステムの研究・開発をしてきました。ただもともとコンピュータサイエンスだけではなく、広く情報文化論にも興味がありました。「どうすれば真に魅力的な情報社会を建設することができるのか」——そのテーマを徹底的に追及したいという気持ちがあり、思い切って会社を辞めました。そして明治大学法学部でコンピュータの初歩を教えるかたわら、自分なりに、人間や社会とITとの関係について研究を始めたのです。
ITと人間の関係について自分なりに考え、研究したことをいろいろな雑誌に寄稿したり本を出したりという活動をしていたところ、母校の東京大学から「戻ってこないか」と声をかけられました。ちょうどその頃、東大では文理融合の情報系大学院の設立計画が進んでいて、発足時からこれに参加し、文理融合の情報学の研究を本格的に始めたのです。
――情報学とは、どんな学問なのでしょうか。
「情報学」というと、一般的にはコンピュータ工学を思いうかべる人が多いと思いますが、メディア論、心理学、社会学など文系の分野も情報に深く関わっています。つまり情報とは、コンピュータ工学などの理系分野と文系分野の両方に関わるものなのですが、それぞれの分野の専門家は大勢いても、両方をブリッジする学問は存在しませんでした。私はこれに挑戦しています。

地下1階建て・総座席数680席の図書館

大倉喜八郎や大学にまつわる史料などがある
「大倉喜八郎 進一層館(Forward Hall)」
ゼミでは話題のテーマでディベート
――具体的に、どのような授業をしているのでしょうか。
私が担当している「情報社会論」の講義では、コンピュータ工学を踏まえた基礎情報学をベースに、「情報とは何か」「どう上手に使っていくか」という基礎的な事柄をわかりやすく教えています。そのほか日本語表現のワークショップなども担当していますが、とくにゼミに力を入れています。ゼミでは、いま社会で話題になっており学生が興味を持つテーマについて、チームに分かれて日本語と英語でディベートをおこなっています。例えば最近のテーマは「18歳成人の是非」「裁判員制度の是非」「同性婚の是非」などでした。
テーマは、私が10個くらい提案した中から、ゼミ生が投票で選ぶのです。だいたい4人1チームとして4チームができますから、テーマに対する賛成/反対の論理を、1週間かけてゼミ生が日本語で組み立てます。2週目には、2チームの討論対決です。勝敗は、他の2チームが審判になり投票で決めます。学生同士にもいろいろとしがらみがあるでしょうから、目をつぶって投票させています。白熱した、いい勝負になることが多いですよ。追い詰められると、驚くほど上手に切り返す場面も少なくありません。
3週目は、その議論を英語でやる準備、そして4週目にはついに英語でディベートということになります。最後に、4週間にわたる議論の結果をレポートにして提出してもらいます。面白いのは、ディベートの時はチームの方針に沿って賛否の意見を言うのですが、レポートでは「そうはいっても自分はこう思う」と、本心を書くゼミ生も多いこと。こうして、多面的に物事を考え、冷静に論理的に相手を説得する訓練を積んでいくのです。

30冊以上。小説も執筆している
流暢なだけの英語ではなく
――英語の専門学科ではないのに、英語でディベートさせるのはなぜでしょう。
それは、ネット社会になってグローバルなコミュニケーションがますます必要な現代においては、日本語を話すだけでは、外国人と議論できなくなってしまうからです。ディベートのテーマは、大人が日本語で議論するのも難しいものが多い。それを英語でするのですから、もっと大変です。とてもハードな授業だとは思いますが、学生時代に一度、このような形でディベートする体験をしておけば、いざという時、何かしら自分の意見を主張できるはず。大切なのは、物事を幅広い面からきちんと考え、そして英語で堂々と外国人に表現できること。これからの時代は、そういう能力が非常に大事だと考えています。
今の英語教育は、やさしいことを流暢にしゃべる訓練にシフトしている気がします。しかし国際社会では、あたりまえのことをいくら流暢にしゃべっても、意味がありません。例えば国際会議なら、深い意味のある内容をゆっくり伝えれば、それでいいのです。無内容なことをべらべら格好よくしゃべるのがコミュニケーションではない。そういう英語の習得をめざしてはいけないと考えています。
ゼミのもうひとつの目的は、日本と西洋の思考法の相違を体感してもらうこと。実はコンピュータ文化というのは、欧米のユダヤ=キリスト教的論理がベースになっています。日本人の思考法とはかなり違うものなのです。そういう考え方、文化の違いを、ディベートを通じて体感してもらいたいと考えているのです。
――西垣教授は、今後はコミュニケーション学がさらに重要になっていくと見ている。
コミュニケーション学とは、「どうしたら情報のやりとりをスムーズにすることができるか」を研究する学問です。IT革命以前は、一般の人が自分の意見を発表する手段は、市民集会や投書くらいしかなかった。今はネットで、誰もが日常的に発表していますよね。ですから、「ネット社会でいかに生産的なコミュニケーションをするか」が、非常に大きな問題として浮上しています。また一方、世の中がどんどん機械的になっている中で、過剰なコミュニケーションに苦しさを感じる人も増えている。うまくITを使っていくには、どうすればよいか。このように考えるべきことは山ほどあり、テーマは続々と出てきます。そういう意味で、コミュニケーション学は、これからますます必要性を増していくでしょう。
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