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GOOD PROFESSOR

お茶の水女子大学
大学院 人間文化創成科学研究科

永瀬 伸子 教授

ながせ・のぶこ
上智大学英語学科卒業後、4年ほど銀行に勤務。退職後、東京大学経済学部に入学。同大学大学院経済学研究科修了、博士号取得。東洋大学経済学部専任講師を経て助教授。1998年より、お茶の水女子大学生活科学部助教授。2006年よりお茶の水女子大学大学院人間文化研究科教授(その後大学大学院人間文化創成科学研究科と名称変更)、現在に至る。2011年よりお茶の水女子大学大学院人間文化研究科ジェンダー学際研究専攻長 。2013年から2014年、ハーバード大学客員研究員、コーネル大学客員研究員(安部フェロー)。2003年から2007年にかけて、お茶の水女子大学21世紀COEプログラム「ジェンダー研究のフロンティア」に参加し、北京、ソウルでパネル調査の実施と分析に携わる。

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近代建築の美学が反映された正門。
昭和初期をしのばせる歴史的価値を有する
建造物として、国の有形文化財に登録されている
大学本館は、関東大震災後の1932年に
大学講堂、附属幼稚園園舎、大学正門とともに
国の有形文化財に登録されている

働くことは、生活の基盤

――「経済学」とひとくちに言ってもさまざまな分野があるが、今回紹介するお茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科の永瀬教授が専門としているのは、労働経済学。そもそも労働経済学とは、どんな分野を研究する学問なのだろう。

経済学は、人々の合理性を仮定し演繹する学問。労働経済学はその中でも特に、労働に焦点をあてて研究する分野です。私の場合はさらに、「女性」や「家庭・家族」に強い光をあて、「女性のキャリア形成と家族形成において、企業や社会の制度がどのようにかかわっているか」を研究しています。何万人ものデータから計量的な実証分析をするのが専門ですが、最近は聞き取り調査も行っています。

働くことは、生活の基盤。経済的な報酬のない育児や介護、家事も「働くこと」ですが、日本は、女性が家庭を持ちながら本格的にキャリアを形成するのがむずかしい社会です。企業では一見、多くの女性が働いているように見えますよね。でも正社員は少なく、いてもほとんどが一般職で、総合職の女性は数えるほどしかいないのが現状。なぜ他の先進諸国と異なり、日本では男女賃金格差が依然として大きいのか、女性の結婚・出産離職が多いのか。それを知るために、要因や政策の効果を抽出する計量経済学の手法を用いて研究をしています。

――大学での専攻は英語だったという永瀬教授が、なぜこの分野に興味を持つようになったのかをたずねた。

経済学に興味を持つようになったきっかけは、大学時代にアメリカの大学に1年間留学した時、経済学の授業がとても面白かったことがひとつあります。また大学を卒業したころは男女雇用機会均等法の施行以前で、女性に専門職を期待する企業はほとんどありませんでした。縁あって、女性専門職の二期生として銀行の調査部に4年間勤務したのがもうひとつのきっかけです。仕事で読んだウォールストリートジャーナルで、女性エコノミストが取材に答え活躍していたのを見て、エコノミストという職業もいいなと思いました。でも当時はいろいろな可能性を模索していました。

しかし結局は経済学をきちんと学びたいと思い、銀行を退職後、経済学部に入り直しました。子育てをしながら大学院に通う際には労働経済学を選びました。私が働いていた銀行は今思うと、社内運動会や社員旅行があったり、お清書係の女性社員がいたりと、とても日本的な雇用環境があったと思います。家族主義で、ある意味では女性を大事にしていた面もありますが、女性社員に期待されることが、男性社員とはまったく違っていた。しかしさまざまな賃金の払い方や働かせ方の背景に、働く意欲を引き出したり選抜をしたりする合理的な理由を見る「労働経済学」という学問分野に関心をひかれたのです。

映画のワンシーンで見るような趣のある階段
本館廊下の赤じゅうたんが、荘厳な雰囲気を
漂わせる

データの中に働く女性の姿が見える

――経済学の、どんなところが面白かったのだろう。

個票データを用いた計量分析には夢中になりました。当時、コンピュータを利用し個々人のデータを計量分析するという研究手法は、日本で萌芽期にありました。経済理論を実証する資料としてさまざまな統計がありますが平均程度しか公表されていません。お願いしてどうにか貸してもらえた個票データは3000人程度。女性の就業選択の分析を行おうと思いましたが、日本はかなり海外と状況が異なっていました。少なからぬ人は自営世帯の家族従業者でしたし、正社員とパートという形で労働市場が分かれてもいた。内心、3000人のデータを覗けば、諸外国同様、家庭を持ちつつキャリアを形成していく女性像を見いだせるのでは、と期待もしたのですが、1980年代には、男性並みの高賃金を得ている女性はほとんどいなかった。大卒で専門職に就いたとしても、出産をはさんでキャリアを形成できている人はごくまれ。データを使って分析することで、日本の労働市場が海外とどう異なるのか、また日本で働く女性の姿がどう異なるのかがよりはっきり見えてきたのです。日本ならではの女性の働き方の特徴は経済学からどう説明できるのか、個票を用いた分析の魅力にはまったのです。

その後、日本的人事慣行にも強い研究関心を持つことになりました。人事データを使った分析を読み、銀行にいたころうっすらと認識していた昇進構造や配置慣行、人材養成の仕組みが、明確にルールとして存在していることに驚かされました。ショックを受けたというより、純粋に「面白い」と思ったのです。なぜ、女性の昇進スピードは男性より遅く、賃金に大きな格差があるのか。男女の家事育児時間の長さが極端に違うのはなぜか。それをどう説明できるのか。当時は女性のキャリア形成についての組織的な日本の研究はほとんどありませんでした。経済学の研究の多くは男性についてで、そもそも経済学のテキストを書いているのが男性でしたから……。この研究はその後も一貫して私のテーマです。また結婚や出産行動と労働市場とのかかわりも自分の研究テーマにしています。

労働経済学においては、データを把握することはとても重要です。今、年金問題や若い女性の貧困問題などが話題になっていて、テレビでも時々とりあげられます。でもテレビでは極端な例しか見せないことが多い。たとえば年金をもらっている者の年金の分布はどうで、どの層に光をあてた話なのか、それによって政策的な意味合いはかなり異なります。統計をきちんと踏まえないと、高齢者と若者の財政負担の在り方についても共通の理解が持てないと思うのです。働き方と貧困リスクも光をあてるべき課題です。

データ分析と同時に重視しているのが「聞き取り」。統計の分析も面白いですが、聞き取り調査には、インタビューだからこそわかる発見があります。先日、学生に出した聞き取りの課題は、入社5年目の女性、10年目の女性、4人くらいにインタビューし、どんな働き方をしているのかを聞き取ってくるというもの。上場企業に勤務している人、中小企業勤務の人、非正規社員の人、それぞれに働き方が違うことがわかり、とてもいい経験になったようです。

広いキャンパスには幼稚園・小学校・中学校・
高校などが併設されている

学生と一緒に考える授業

――永瀬教授が学部で授業を持っているのは、「労働経済学」と「社会保障論」。教室では、実際にどんな授業をしているのだろうか。

労働経済学では、経済理論と日本の現実を行き来しつつ、学生と一緒に考えていくスタイルで授業を行っています。たとえばこの間の授業のテーマは、男女の賃金格差はなぜ生じるのか。また日本では賃金格差は縮小の方向にありますが昇進スピードの差は依然きわめて大きい。これをどう説明できるのか、など。これについては、いわゆる労働経済学の理論だけではなく、日本の賃金制度と昇格基準などについても資料を提示します。その前の回には、経済発展とともに、なぜより多くの女性が働くようになったのかについて、さらに日本で男性の家事育児時間が著しく低いことをとりあげました。教育投資、転職、引退、失業、ジョブサーチなども授業ではとりあげます。日本の労働スタイルの推移や世界との比較などもします。若い人に非正規雇用が増えることが持つ意味などについても、聞き取り調査の結果を踏まえて議論を重ねています。

社会保障論は、人生の脆弱な時期−失業や病気、出産や高齢など−に対してどのような社会的保護を提供するのか、そのことが人々の行動や生活水準にどう影響するのかをテーマとする学問です。具体的には年金、介護、医療、雇用、労働者災害などの保険制度や、生活保護や福祉的な制度について学びます。雇用をめぐる社会的保護、たとえば解雇のルールや育児休業制度の在り方なども扱います。社会保障はまさに家族のありようを反映します。かつては夫が社会的な保護を受け、女性は妻として夫を通じて間接的な社会的保護を受ける形が多かったのです。しかし女性が労働参加する時代になり、社会的保護における女性配慮の形はどの国でも大きく変化しています。ただし日本の場合、男女の賃金差が大きいことで、社会保障の変化のスピードは遅い。現在の実態をどう考え理解したらよいのかも議論します。

――お茶の水女子大学の学生の特色は?

一言でいうと、優秀な人が多いです。理解力が高く、受け身ではないので、面白い意見がポンポン出てきて、授業を面白く、刺激的にしてくれています。私もいい刺激をたくさん、もらっていますね。

こんな学生に来てほしい

若さにはいろんな可能性があることを知っていて、自分で積極的にチャレンジしていこうと考えている人ですね。そして大学は、そのチャレンジを提供できる場でありたい。

私は、子供を産み育てることは、大きな生産性のひとつだと考えています。家庭を持ちながら働く女性個人を、社会として支援することには大きな意味があります。でも、労働市場の中で求められる生産性もあります。高い賃金を得るには高い生産性を発揮することが必要、それは忘れてはいけないことだと思います。育児休暇をとってスムーズに復帰できる人は、それをよく理解していて、限られた条件の中でも生産を確保し、さらに成長できるような工夫をしている人が多いように思います。労働経済学を通し、世の中の仕組みをどんなふうに見るのかを学んだ経験は、どんな形であれ世の中に出た時、大きなプラスになると思います。ここで勉強したことを自分の道しるべとして、道を切り拓いて行ってほしいですね。


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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。