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GOOD PROFESSOR

明治大学
理工学部 電気電子生命学科

小野 弓絵 准教授

おの・ゆみえ

早稲田大学理工学部電気電子情報工学科、同大学院理工学研究科修了、博士号取得(工学)。2003年から2005年まで日本学術振興会 特別研究員。2005年から2006年まで早稲田大学総合研究機構 先端バイオ研究所講師兼 Waseda-Olympus Bioscience  Research Institute 研究員。神奈川歯科大学生体機能学講座生理学教室講師、准教授を経て2011年4月より現職。神奈川歯科大学 弓削朝子研究奨励賞、第14回日本ヒスタミン学会 和田記念賞、神奈川歯科大学学会 推薦論文賞など受賞歴多数

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「Digital Mirror Box」の実験風景。
画面と同じ動きをする、手に取り付ける
装具を説明する小野先生

今求められている「医学と工学の融合」

――“動かしたいと思った時に手が動く”画期的なリハビリ用装置「Digital Mirror Box」を民間の病院との共同研究で開発し、注目されている小野弓絵准教授。専門である「健康医工学」は耳慣れない言葉だが、どんな研究分野なのか。

「健康医工学」は「電気電子工学」と「生命科学」という、一見、遠く離れた分野が融合した、新しい研究分野です。具体的には、目に見えない「感情」や「認知機能」、「運動のしやすさ」などを、電気電子工学の技術によって“見える化”(数値化)することで、医師の診断に役立てたり、患者のリハビリテーションに応用したりしようという研究です。

通常、日本では大学での教育の専攻分野が一つしかありません。一方、アメリカの大学などでは、多面的な物の見方を身につけるため、芸術学と生物学など、複数の専攻を同時に履修することが一般的です。日本では、医学の世界と理工学の世界の連携が欧米と比較してあまり活発でないことが問題視されていますが、その原因となっているのが、こうした“縦割り”教育”といわれています。工学を学んだ人は電子回路を作ることは簡単にできても、何に使うかというアプリケーションを持っていません。医者は「こういう装置が欲しい」と思っても、電子回路を作る技術がありません。お互いに別の言葉をしゃべっているようなものなので、コミュニケーションが成立しづらいのです。そこで、2つの分野に精通した人を育て、共通の言語で語り合うことができるようにすることで、新しいテクノロジーを生み出そうというのが、この学問です。

明治大学の「電気電子生命学科」の「生命理工学」は、新しい医療技術と健康科学を開拓する専攻科目。電気工学の基礎的な知識をベースとしながら、生命科学や脳科学など、基礎医学や生命科学に関する幅広い知識も身につけることができる、数少ない専攻といえます。

――工学で博士号を取得した小野准教授がなぜ、畑違いとも思える医学の分野で、このような目覚ましい研究成果をあげているのか。

大学院は理工学研究科で、頭の表面に発生する磁界を高感度のセンサーで計測し、人の脳の磁気信号から脳の活動を探る研究をしていました。私は生物の勉強をほとんどしてこなかったのですが、その研究を通して脳の面白さに興味を持つようになり、工学博士号を取得した後、専門をがらりと変えて、一から生物学を勉強し直しました。プログラムばかり書いていた日々が一転して、動物実験に明け暮れる日々になったのです。

もともと理科系が得意だったのですが、医者を目指すには踏ん切りがつかず、でも医療で貢献したいという思いはずっとありました。それは私が大家族の中で育ち、曽祖父らが亡くなるのを身近で見ていたからかもしれません。人が尊厳をもって生き、尊厳をもって死を迎える、そのために医療が必要ということを考えた原風景が、子供の頃にあったような気がします。

理工学部・農学部生が学ぶ明治大学生田キャンパス。
緑豊かな多摩丘陵の高台に位置している
小野准教授の研究室がある第二校舎A館

超高齢化社会に必要なリハビリの装置

――注目されているリハビリ用装置「Digital Mirror Box」とは、どのようなものか伺った。

「Digital Mirror Box」も、2つの分野が融合した健康医工学の研究の成果のひとつ。動きを明確にイメージすると、脳の中でその運動をつかさどっている部分の活動が変化する現象を利用した、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)の医療応用を目指したものです。

例えば「手を動かす」という動作には、「手を動かす意思」→「手の動き」→「手の動作感覚」からなる一連のつながりが必要ですが、脳血管系の疾患の後遺症により、そのつながりが弱まっている場合が多くあります。しかし、たとえば転がってきたボールを自身の手が握る実物大の動画を見せると、自分がボールを握っているイメージが明確に浮かび、脳に伝わりやすくなります。その脳波の動きを検出し、ほぼ同時に手に取り付けた装具に同じ動きをさせると、視覚と触覚が連動します。その結果、途切れていた感覚経路が刺激されてつながりやすくなり、運動機能の早期の再構築が期待されるのです。

この研究は、大阪市生野区にある穂翔会村田病院(村田高穂院長)と共同で行ったのですが、2015年5月に同病院の入院・外来患者のべ16名に行った予備実験では、20分ほどの単回訓練で全ての患者が装具を自らの意思で動作させることができ、訓練後に指の動きが回復する患者も複数みられました。

今、脳卒中で入院してリハビリの訓練を受けたとしても1日3時間までで、入院できる期間も最大で6ヵ月(回復期病棟)と決められています。リハビリ時間以外の入院生活で効果的な自主トレーニングを行わなければ、多くの時間を無駄にしていることになります。今後は、医療費削減のために入院期間が短縮される見込みであり、充分に機能が回復しないまま社会生活に戻り、リハビリを中断してしまう人がさらに増えてしまう可能性があります。でもこの装置が実用化されれば、病院のベッドでも脳波キャップをかぶるだけで各自が自由に訓練できます。また家庭用に10万円程度の価格で購入できる簡易型の脳波計を利用すれば、パソコンを使って自宅でも続けられます。パソコンを使えば客観的な情報が蓄積でき、医師や訓練士さんと共有できますので、リハビリがよりスムーズになります。

また見逃せないのが、ゲームのような達成感があり、リハビリのやる気にもつながるということ。実用化するには今後、病院のネットワークを生かしてデータを集め、倫理的な条件もクリアする必要がありますが、超高齢化社会の今、切実に必要とされている装置だと思います。今後さらに研究を続け、障害の種類や程度に合わせて応用できるリハビリテーションの手法の開発につなげていく予定です。

新築の広々とした校舎内で思い思いに
語り合う学生たち

「身体のしくみ」を理解する授業

――授業はどのように行っているのかを聞いた

私は、電気工学を勉強するために必要な数学の手法を学ぶ1年生科目の「基礎電気数学」と、「なぜ走ると心臓がどきどきするのか?」などの身体のしくみを学ぶ2年生科目の「生理学」を担当しています。「基礎電気数学」の授業では、毎回演習問題を全員に解いてもらい、手を使って手法を身につけてもらうこと、また高校までで勉強してきた物理の諸法則が、美しい数学の記号で簡潔かつ論理的に表現できるという「理系の楽しみ」を知ってもらうことを目指しています。「生理学」の授業では、ヒトの身体のしくみを勉強していくので、たとえば感覚のトピックであれば学生同士でペアになって簡単な生理学の実験(背中の感覚と手のひらの感覚のするどさの違いなど)を行ってもらい、教科書や黒板の文字だけでなく、自分の身体で「身体のしくみ」を理解してもらうことを心がけています。

――卒業後の学生の進路については……。

国内の医学部や民間病院、海外の脳科学研究者と活発に共同研究を行っていることもあり、研究室の学生は病院の医師やメディカルスタッフ、外国人研究者などとチームを組んで研究を進めています。卒業後は毎年3割程度が医療機器メーカーヘ就職しており、専門性を活かして活躍されています。そのほか、社会福祉システムの開発にかかわるインターネット関連企業や、医療機器部門を持つ電気機器メーカー、食品会社などでそれぞれ活躍しています。

こんな生徒に来てほしい

まず科学や実験に興味があり、自分の手で機械を作ったり、プログラムを書いたり、身体の機能を調べることを「やってみたい」と強く思っている人を歓迎します。普段お医者さんたちと研究していて感じるのは、「医療や生命のことを理解できる技術者」「理工学の言葉を理解して、臨床のニーズを技術者に伝えることのできる医療関係者」がまだまだ足りないということです。医療を通じた社会への貢献は医師や看護師になることだけではありません。医師が一日中、必死で働いたとしても、せいぜい診ることができるのは数十名です。もしあなたが、患者さんがセルフで行えるリハビリの機械を開発し、それを100個作って病院に置いたとしたら。同じ一日で数百人の患者さんがその恩恵を受けるばかりでなく、医師や看護師もそれまで患者さんのリハビリに使っていた時間を別のことに使うことができるようになります。ひとつのテクノロジーが、人ひとりではなしえない大きな経済効果や、社会への効果をもたらす可能性が、科学技術研究の醍醐味といえるでしょう。

医療・創薬・脳科学と、電気電子工学とを同時に学ぶ学生が研究し、医学と工学の懸け橋になることで、10年後、20年後の日本の医療技術をがらりと変える機器やプログラムがどんどん生まれていく可能性があります。超高齢化社会の日本をもっと暮らしやすく、安心・安全な社会にしていくためにも、志の高い学生さんたちのチャレンジを待っています。


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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。