早稲田塾
GOOD PROFESSOR

学習院女子大学
国際文化交流学部 日本文化学科

岩淵 令治 教授

いわぶち・れいじ

1966年東京都生まれ。学習院大学文学部卒業、東京大学大学院人文社会研究科博士課程修了。国立歴史民俗博物館総合研究大学院大学准教授などを経て現在学習院女子大学教授。著書に『江戸武家地の研究』(塙書房)、編著に『史跡で読む日本の歴史9』(吉川弘文館)、共編著に『歴史研究の最前線vol.13 史料で酒をよむ』(国立歴史民俗博物館)、『日本近世史』(日本放送出版会)など。国立歴史民俗博物館客員教授、放送大学講師(日本近世史)、東京大学や慶應義塾大学文学部講師も勤め、東京都区部の文化財、郷土史料、千葉県の博物館、自治体史編さんにかかわり、文化庁の中世城館・近世城郭遺跡等の保存に関する検討会委員でもある。一般向けに歴史を見せる博物館展示や、多数の研究者が発表しあうシンポジウムや研究プロジェクトも主催。

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1、2年生向け基礎演習では江戸のパズル
「判じ絵」を用いて国名を覚える
岩淵教授責任編集の『週刊 新発見!日本の
歴史30」「江戸・大坂・京の三都物語」』

新発見の史料から「江戸の素顔」を紹介

――岩淵令治教授は、江戸を中心とした近世都市史の先生だ。もとは中学生からの考古少年だった先生は、現在の東京から、人が生き、汚れも不正も矛盾もあった江戸という都市の実像を、新史料から読み解き、都市の実像を掘り起こし続けている。

近世都市史が専攻ですが、日本近世史の枠内で考えているところと、枠を超えてしまっているところがあるかもしれません。もともと私は大学の途中まで考古学を勉強していました。中学の頃から発掘現場をうろつく考古少年だったのです。縄文時代の貝塚の跡だと言われて参加させていただいた遺跡が江戸の大名屋敷のゴミ捨て場だったことがあり、そこから江戸時代に関心を持ちました。バブルの頃、江戸の遺跡の発掘が盛んに行われ始めた頃ですね。

都市江戸では「町人の江戸」しか描かれなくて、武士はモノを消費するだけ。武家の生きる江戸像はちゃんと描かれていないという引っかかりもあり、これを卒業論文以来、一つの大きな研究テーマとしてきました。このほか、博物館展示や研究プロジェクトへの参加で、主に都市江戸にかかわるさまざまなことを研究してきました。

また、こうした実証研究のほか、美化された「江戸」像の相対化、再検討にも関心があります。さらに、「美化されシンプルにされた江戸像はどう作られてきたのか」を解き明かすことにも関心があります。

1つ大きな研究テーマは「明るい江戸像を再検討する」ということ。

私が大学で勉強し始めたバブルの頃は、明るい江戸像がすごく強調されていたわけです。それまでの江戸時代は、近代の評価を前提として、極端なマイナス評価か、異常なプラス評価のどちらかでしたが、バブル期には生活レベルで「江戸時代はよかった」ということが言われる江戸ブームがありました。

一方で、私の実家のそばには、池袋の日雇い労働者の方向けの簡易宿泊施設が並んでいたのですが、それがどんどん壊されていきました。遠い江戸がちやほやされて、一方で身近で刻まれてきた1つの歴史が消されていくのはショックでしたね。勉強を始めてみると、自分が勉強していることと世間が江戸に期待していることにはギャップがあった。そういうことを感じながら研究してきたのです。

美しいキャンパスに歴史を感じさせる正門
歴史関連充実、開架が多い図書館

盛んにデフォルメされた江戸

たとえば、最近よく「江戸は緑にあふれるリサイクル都市だった」といわれますが、この「環境都市」「リサイクル都市」という江戸像も批判しています。

江戸では、紙くずや排泄物、古物などのリサイクルも、商品化できるものだけリサイクルされたのであって、今日的な環境意識でリサイクルしているわけではなかったのです。ごみの不法投棄も日常茶飯事だったし、尿は19世紀の初めまでは道に捨てられていたんですよ。

大きくは、江戸を代表とする近世の都市の社会をできるだけ、史料にもとづいて実証的に描くことと、それがどのように表象されてきたかという2つの研究テーマで進んでいますね。

――実像を調べることと、後世の作為、どちらに重点がありますか。

両方関心があります。

ふつう研究者は、「江戸時代はこうだった」という実体を研究しますが、それを実証した上で、一般に流布する話とのずれがなぜ出てきたのかについても調べたいのです。

江戸をやっていると、とくにズレを強く感じてしまう。江戸ブームは何回か来ていて、それぞれに背景があるわけですけど、そこで何が取捨選択されたのかにも興味があります。

身近なところでは、たとえば「江戸しぐさ」なんていうものが出てきて、昨年捏造を指摘する本が出ましたよね。(『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』原田実(講談社 2014年)

江戸という都市は本当に盛んにデフォルメされたり、ある部分が切り捨てられたりするので、「江戸がどう表象されてきたか」という表象論は、重要な研究テーマなのです。これは近現代にまたがりますから、時代を分けて長期的に見なければいけないと思っています。

昨年、都市史の立場からこの「実体とずれる江戸」について、一般向けに『週刊 新発見!日本の歴史30』(岩淵令治責任編集・朝日新聞社)で簡単にまとめてみました。

たとえば、江戸時代初期に「三都」といえば堺と京都と大坂で、江戸は入らなかった。田舎町だった江戸は元禄の前後に三都に入っています。また私の発見ではないのですけれど、江戸の町は「アシが生い茂る田舎だったのを家康が苦労して開いた」というのが通説ですが、その前にある程度は商業的なセンター機能を持っており、通説は家康をほめるためにかなり強調した話だったというような事実で江戸の横顔を構成しています。

――江戸時代にもう、実際とは違う江戸像がつくられ始めていたのですね。

「つくられた江戸像」を含む「つくられた伝統」にも関心があります。

ティールームなどがある3号館(互敬会館)
学習院女子大学は98年に短大から改組。
学内外と行うシンポジウムなども盛んだ

史料からオリジナルを発掘・実証する

――先生は、見たこともない文書をどんどん発見されていますが……。

学問としての歴史の面白さをアピールするには、よく知られた史料の再解釈も重要ですが、私は、未発表の面白い史料の読み解きを、提示し続けていくのも効果的ではないかと思うのです。

同じ話をステレオタイプでくり返して述べるのではなく、「これは違うな」と思ったところを大事にしながら調べていって、史料から何が論証できるかっていうことを見せていく。

古代や中世、そして近現代は、史料がほぼ活字になっていますけれども、近世は活字になっていない史料が山のようにある。誰にも読まれていない手付かずの史料がかなり残されているので、近世史研究は、文字が読めさえすれば新しい世界がどんどん広がりますよ。

面白い史料を見つけてくる、というか掘り出してくる能力は多少あるかもしれない(笑)。どうやって見つけるかといわれると難しいのですけれど。史料とのご縁でしょうか。

探しているテーマの記述がなくて、別の面白い記述にあたることも多いです。大学の図書館に眠っていた誰も見ていない史料を見ていて、大きな出会いがあったこともあります。

学生の頃のほうが時間もあって、あてもなく探すことで史料と出会えていた気もしますね。

「通説を疑ってかかる」態度が、見つけさせるのかもしれません。疑いをはらしてくれるものを探す態度ですね。史料を読んでいくと「言われている話とどうも違うんじゃないか」という勘やイメージみたいなものが出てきて、そのイメージを何度も検討していきます。もちろん、そのイメージが史料とのやりとりでくつがえることもしばしばで、そのやりとりを続けていくことが大事だと思っています。

――授業では生徒さんに何を伝えたいですか。

歴史は創作ではない、小説ではないということです。

つくられたイメージを楽しむことと「学問」は違う。学問としての歴史は、細かい事実から手続きを踏んで実証して、再検証可能な話を提供するもの。元の史料から「自分はここをどう読んでどう解釈した」と道筋を全部説明しながら、話を組み立てていく姿勢が大事です。

もう1つは、「既存のフレームや通説というものは疑ってみる」態度を大切にしてほしいということ。

既存の先行研究をいったん頭からはずしてみて、自分で史料と格闘して、どう魅力的に読み解いていくかだと思うんですよね。つくったものがその人のオリジナル。この過程が大切だと思います。

当学の日本文化学科という学科は、細分化された学問の専門家を育てるカリキュラムではなく、学問領域を超え幅広い知識を学ぶリベラルアーツのような学科です。

その中でもやはり私は、「史料からものを考える」ことを強調していますし、卒業論文でも経験してほしいと思っています。

具体的には授業でも史料を提示し、細かい事例から話をどう作るのかプロセスを見せますし、卒業論文でも活字史料に基づいて、たとえ結果が通説と同じになってもいいから、自分で素材から考えてもらうようにします。

「史料にあたって、そこから自分でちゃんと実証して自分なりの考えをまとめる」訓練をすることで、社会に出たときに大枠しか示されないものに分け入ったり、論理にまやかしを見分けることができたりするリテラシー(理解、分析、使用能力)を養うと思うからです。

過去のことをただ覚えたり、本に書いてある通説や俗説を知るだけで、知識が増えたと満足するような学生は育てたくないですね。むしろそういう入口で歴史に興味を持った人に、事実に基づいて自分で考える「学問としての歴史」を教えたい。

時代に向き合うことについて、こういう思考があることを知って社会に出る人が一人でも増えるといいと思います。

こんな学生に来てほしい

いろんなことに関心を持ち、知ることについて積極的である人に来てほしいですね。

ここ日本文化学科は、多様な専門分野の教員が在籍していますので、いろいろな選択ができます。自分の専門を決めかねている人は、入ってから専門分野を選ぶことができます。

私の授業は活字文書が中心になりますが、それだけだとつらいようなので、ビジュアルな絵画史料とか、モノ史料の画像なども見せながら授業を心がけています。ただし、史料を読むのが苦手といいながら、オリジナルの原文書のコピーだとむしろ反応がいい。面白いですね。

現在の私のゼミは、4年生が4人、3年生が6人ですが、学科の中では特に人数が多いわけではありません。過去3年間の卒業生のうち3分の1が大学院(他の大学院含む)に進みました。また、3分の2は就職しました。学習院女子大学の就職率は高く、私のゼミ生の就職先はさまざまですが、全体としてはとくに金融関係などの分野で強いようです。


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