早稲田塾
GOOD PROFESSOR

駒澤大学
経済学部 商学科

代田 純 教授

しろた・じゅん

1957年横浜生まれ。中央大学大学院博士課程を経て(財)日本証券経済研究所研究員となる。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)客員研究員、独ミュンヘン大学日本センター客員教授、立命館大学国際関係学部教授をへて現職。

おもな著書に『ロンドンの機関投資家と証券市場』『日本の株式市場と外国人投資家』『図解 やさしい金融財政』『ユーロと国債デフォルト危機』などがある。

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駒沢キャンパスは、駒沢オリンピック公園に
隣接した緑豊かな環境。
ほかに深沢キャンパス・玉川キャンパスがある
昭和3年に建築され、東京都から歴史的建造物に
選定されている由緒ある建物「耕雲館」。
禅文化歴史博物館として公開されている
(外観は新校舎建設に伴い見られない)

歌舞伎から見える江戸と現代の経済事情

――経済学のなかでも金融・証券市場のグローバリゼーションが専門で、近著はユーロ危機をテーマにしたものが多いという駒澤大学経済学部の代田純教授。だが今年12月から、インターネットによる大学での講義の無料配信サービス「gacco」(「MOOC」の日本版JMOOCのgacco=ドコモgacco社運営)で、「歌舞伎の経済学」(https://lms.gacco.org/courses/course-v1:gacco+ga053+2015_12/about)をテーマに開講するという。「歌舞伎」と「経済学」という、一見して共通項の少ないように思える研究に取り組んだきっかけから聞いてみた。

わたしの本来の研究テーマをやさしくいえば、「お金がどうやって世の中に流通しているか」ということになります。金融政策において非常に重要な役割を果たしているのが国債ですから、「金融政策を軸としながら、国債について研究している」とも言えるでしょう。そんなわたしが「歌舞伎」をテーマに研究をすることになったのは、今回の公開講義を共同でやっている松竹株式会社常務取締役の武中雅人氏が、たまたま高校の同期生だったことがきっかけです。

古くからの友人の彼から「やってみないか」と声をかけられ、すぐに「面白そうだ」と思いました。というのも、経済を安定させるには中央銀行(我が国では日本銀行)の金融政策の独立性が保たれていることが重要なのですが、現代の日本では政府の影響が強く、その独立性が年々危うくなっています。ところが江戸時代には中央銀行自体がなく、金融政策は直接に幕府が握っていました。そのために起こった問題は、中央銀行によるコントロール不在の典型的な例といえます。そこを掘り起こしわかりやすく組み立てることで、現在の日本が抱えている問題を新たな目で見ることが出来るかもしれないと考えました。

――歌舞伎といえば、作品の舞台となるのは江戸時代が中心。現代社会の金融の動きを読むのが専門の代田教授にとってはまったくの畑違いの研究にも思えるが……

経済学は「理論」「政策」「歴史」という3つの面から研究するのが基本ですので、歴史も重要な要素なのです。とはいえ歌舞伎に関してはまったくの門外漢でしたので、まず作品を鑑賞することから始めなければなりませんでした。もちろん実際の舞台も観ましたが、本学の図書館には歌舞伎の主要演目のDVD資料がそろっていて、それが大いに助かりました。ただ鑑賞するだけなら生の舞台のほうが良いのでしょうが、研究資料とするには、細部まで見たり繰り返して観る必要があります。今回、演者が大写しになる画像は非常に役立ちました。

ここ数年はユーロ危機に関する著書が多いという

経済問題がかかわるものが意外と多い歌舞伎の演目

多くの演目を観るなかで気がついたのは、歌舞伎には男女の恋愛とともに、お金が重要な役割を果たす話が意外に多いということ。そして、それぞれの題材に経済問題が密接にかかわっているということでした。

たとえば近松門左衛門作の『女殺油地獄』は、23歳の青年・河内屋与兵衛が、借金の返済に窮して隣家の油屋・豊島屋の女房お吉に「新銀二百匁を貸してくだされ」と懇願するものの断られ、惨殺して金品を奪って逃げるというお話です。では殺人の動機となった「新銀二百匁」とは、いったい今でいくらくらいの金額なのか。じつは江戸時代には、こうした考察に必要な経済的な資料がほとんど残っていません。

そこで当時のお米の価格と職人の平均賃金とを現代と比較して割り出してみました。すると米価換算では20万円程度、賃金換算だと100万円程度という金額になりました。江戸時代の食生活はお米の比重が高く、米価格は現代とは比較にならないくらい高かったので、現代の米価格で計算するとかなり安い金額になります。実際の感覚としては、職人の賃金換算のほうが近いかもしれません。

同じく近松門左衛門作の『心中天網島』は、遊女・小春と、治兵衛、その妻・おさんの三角関係による心中を描いた話です。そのなかで、心中を食い止めるのに必要な小春の身受け料が「新銀七百五十匁」は米価換算で75万円、賃金換算では412万円となります。

歌舞伎を経済学の目で見て行くと、面白い気づきがたくさんあります。とくに驚いたのが、江戸時代における人気歌舞伎役者の給料の高さ。「千両役者」ということばが今もありますが、実際に1億円プレーヤーがごろごろいたのです。一方で、社会的な地位は非常に低かった。高額な出演料は、そんな屈折したプライドを支えるためにも必要だったのでしょう。

授業で使っている著書。内容が身近に感じられる
よう、駒澤大学の漫画研究部に依頼し、親しみやすい
イラストで解説をしている

一生モノの術ともいえる「生きた経済学」を学ぼう

――ところで経済学部商学科の講義で代田教授が担当しているのは「金融論」だ。いったいどのような内容なのだろうか。

わたしが重視しているのは、経済や金融を身近に感じてもらうこと。経済学や金融論は自分には関係ないと思っている人が多いと思いますが、じつは人生に不可欠な知識なのです。だから自分のこととして考えられる「生きた経済学」を教えたいと思っています。

たとえば今日の講義では、「証券市場の投資が年金基金にどのような影響を与えているか」をとりあげました。年金には「賦課方式」と「積み立て方式」という2つの財政方式があります。「賦課方式」は現役の労働者から徴収して年金にあて、「積み立て方式」は受け取る側が積み立ててきたお金を資産運用して年金にあてます。ですから、積み立て方式の年金は証券市場の動向と深くかかわっているのです。

また年金の問題は、少子高齢化による人口の年齢構成のゆがみが大きく反映している部分があります。敗戦直後は20代の男性がほとんどいませんでしたが、ベビーブームでどっと増えた。その世代がいま70代になり、積み立て方式だけでは年金に充てる財源が不足してしまうことから、現役で働いている世代に負担が大きい賦課方式に代わってきている。これが現在の年金問題のおおもとです。いまの学生は奨学金を受けている割合も多く、お金に関して苦労しているので、年金への関心が高い。みんな熱心に聞いていましたよ。

今どきの学生は自分が年金を将来もらえるかどうかを不安に思っている一方で、実際の年金の仕組みがどうなっているのかほとんど知らないんですね。非常に重要なことなのに、あまり高校でも教えないし、大学でも年金のことをきちんと教えているところは少ない。漠然とした不安を克服し、人生でより良い選択をしていくには、やはり経済に関する知識が必要になってきます。

本学科の学生たちは将来、金融関係に進みたいと考えている方も多いのですが、銀行の違いについても意外と知られていないのですね。都市銀行と地方銀行はどこが違うのか? そう聞いても答えられる学生は少なく、「銀行としての機能は同じ」と言うとみんな驚きます。

先日は、三菱東京UFJ銀行はなぜ「三菱銀行」「東京銀行」「UFJ銀行(三和銀行と東海銀行が統合)」という3つの銀行がひとつになったかという話をしました。「もともと外国為替専門銀行だった東京銀行が、時代の流れでその役割を終えて…」などと具体的に流れを説明すると、みんな身を乗り出して聞いていますよ。

こんな学生に来てほしい

なにごとにも問題意識をもっている学生。なぜ現代社会では格差が生まれているのか、アベノミクスで円安になっているのはなぜか、円安になると国民の生活にどんな影響が出るのか――。そうした身近なこと一つひとつに疑問をもって知りたいという気持ちをもっている人に来てほしいですね。

経済学部は「つぶしが利く」というイメージがあるせいか、「あまり興味や関心がないのに何となく選んだ」というような学生も少なくありません。関心がないと授業に出席することすら苦しいのかもしれませんが、いったん関心を持てばこれほど面白く役に立つ学問はありません。わたし自身は、経済学を通して「人生設計の基礎知識」を教えているつもりです。学べば学ぶほど、生きることと経済の関係がよくわかっていき、より良く生きる一生モノの術が身についていくはずなのです。


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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。