早稲田塾
GOOD PROFESSOR

東京大学
大学院 総合文化研究科

石原 孝二 准教授

いしはら・こうじ

東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。専門は科学技術哲学・現象学。最近は特に精神医学の哲学や障害の哲学、当事者研究を中心に研究している。

最近の主な業績は『当事者研究の研究』(編著、医学書院)、「Learning from tojisha kenkyu: Mental health "patients" studying their difficulties with their peers」( T. Shakespeare (Ed.), Disability Research Today. International Perspective, London:Routledge, pp.27-42)、「精神医学における記述的方法と「機能不全」モデル—精神障害概念と「自然種」—」(『科学哲学』47(2):p17-32)、『クレイジー・イン・ジャパン:べてるの家のエスノグラフィ』中村かれん著、石原孝二・河野哲也監訳、医学書院)、『現象学的な心』(ギャラカー・ザハヴィ著、共訳、勁草書房)など。

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東京大学駒場キャンパスの正門付近

書を捨てずに街へと歩む「障害の哲学」とは

――今回ご登場いただくのは東京大学大学院総合文化研究科の石原孝二准教授、その専門分野は「精神医学」「障害の哲学」。障害といえば医学や福祉に関連する学問が取り上げる分野というイメージがあるが、哲学として障害を研究するとはどういうことなのだろうか? まずは障害のある当事者たちが自ら携わる「当事者研究」について、とくに元々の専門分野である「現象学」とを結びつけた研究内容についてお聞きしていこう。

哲学の研究といえば、おもに文献研究であると思っている人は多いかもしれません。たとえばカントやヘーゲルなどの哲学者の思想について研究する。「哲学」をやるのではなく、「哲学研究」をするということですね。じっさい少し前まではその通りで、哲学といえば先人の思想を研究するのが主でした。しかし最近では、あるテーマについて「哲学」する若い研究者がどんどん増えてきています。心理学などの関連分野と結びつけながら各テーマに沿って考えるわけですが、「精神医学の哲学」をその一環と考えてもよいでしょう。

わたしの元々の研究分野である現象学は、各自の意識経験を出発点として世界を見ていく哲学分野です。これまで精神障害者の意識へアプローチする試みは様々ありましたが、わたしは精神疾患や障害をもつ当事者が自らの感覚について自ら表現する活動について注目し、こうした活動と現象学との関係について考えています。

その具体的活動のひとつが「当事者研究」で、2001年に北海道・浦河にある精神障害などを抱えた当事者たちの地域活動拠点「べてるの家」が始めたものです。精神障害を抱えた当事者の苦悩や問題は当事者一人ひとりに固有のものです。自分自身のことばを見つけて仲間といっしょに研究し、自分を再発見していくというプロセスこそが当事者研究なのです。

東京大学駒場キャンパス点描

障害者へのエンカウンターの場は海外にも

――障害者当事者による活動運動そのものは70年代から欧米で一時盛んになり、日本にもあったというが……

しかし、それらはまさに「運動」であり、当事者研究は「研究」であることがまず違います。自ら本当の欲求が何なのかわかっていないというところから始まり、弱さや苦しみと徹底的に向きあっていきます。

この活動は非常にユニークなもので、始まってまだ10数年しか経っていないにもかかわらず、いまや統合失調症の教科書のなかに取り上げられたり、全国に当事者研究グループが立ち上がったりと、大きく展開されています。これまでは医療モデルでとらえられがちだった精神医学ですが、当事者たちが自らの意識や心の奥までをふくめた自己と向き合う研究を始めているのです。このことが新たな哲学にフィードバックすることも出来るのではないか、そう考えて研究を続けております。

日本で初めて当事者研究を始めた「べてるの家」とは毎年なんらかの交流を続けており、昨年はともにイギリスへ行き、イギリス障害学の中心的人物であるトム・シェイクスピアに会い、互いの研究を紹介し合うワークショップをやりました。次は、イタリアに行きたいと思っています。イタリアは、法律によって精神病院を国内から完全になくした国なのです。トリエステには地域精神医療の拠点があり、そこで意見交換をやってみたいと思っております。

『幻聴妄想かるた』(医学書院刊)と
『新・幻聴妄想かるた』。

当事者との出会いが拓く新たな哲学への道

――なにも当事者研究ばかりということではなく、このほか精神医学にかかわる具体的な交流は様々な形で行われてもいるという。

たとえば筑波大学の斎藤環さんが積極的に紹介している「オープンダイアローグ」というアプローチにも着目し、その導入に少し関与しています。これは精神障害の当事者やその家族との対話(ダイアローグ)を重視し、ひたすらミーティングを重ね、社会的なネットワークを構築することに力を入れる注目のアプローチです。

また今年10月には東京・世田谷区内の精神障害者就労支援施設「ハーモニー」の皆さんを大学にお招きして、「ハーモニー」で作成した「幻聴妄想かるた」を使ってワークショップをやってみました。この「幻聴妄想かるた」は、「雨が降ってきたら周りの風景が消えてしまった」とか「空から声が聞こえた」などのハーモニーのメンバーたちが体験した幻聴や妄想を読み札にし、絵を付けたカルタです。ワークショップでは学生らも交えてカルタ大会をしたり、読み札や絵札を実際に制作したりもしました。当事者たちによるカルタ作成は、当事者研究とはまた別の表現方法であり、それを社会に公開してどう反応するかをとらえることが重要になってきます。

海外研修などには院生を連れていくこともよくあります。国内でのセミナーやイベントには、学生はもちろんのことながら、当事者やその家族・支援者などにも参加していただきます。とくに「べてるの家」側と学生側との討論はここ5年ほど続けており、彼らの実践を別の文脈において考えると一体どうなるかということを意識しながらいろいろなイベントを企画しています。べてるのメンバーと学生たちとの出会いの場をつくり出し、そうしたことを目撃することが新しい哲学にもつながっていくのだと考えています。

こんな学生に来てほしい

一般的に哲学に向いている人間という意味でいえば、なんでも自らで考えないと気が済まない、他人から何か言われたときに素直に納得できないという人は、一度哲学にチャレンジしてみても良いと思いますよ。わたしの研究室に関していえば、自身の頭で考えることができ、かつ自分で社会にコミットして何か変えていきたいと思っている人にぜひ来ていただければと思っています。ここでは、一人こもって本を読むことも大事だし、いろんな人的ネットワークをつくっていくことも大事になります。寺山修司の本のタイトル(『書を捨てよ、町に出よう』)をもじって言えば、「書は捨てなくていいから、町に出よう」というところでしょうか。


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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。