早稲田塾
GOOD PROFESSOR

成蹊大学
文学部

浜田 雄介 教授

はまだ・ゆうすけ

修士(文学)。1991年より13年間 駿河台大学で教鞭をとったのち、2004年から現職。専門は日本文学。国内外の探偵小説を紹介していた雑誌『新青年』とその時代の文芸・文化を愛好し研究する「『新青年』研究会」の会員としても活動する。

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小説家・久生十蘭の人生双六。直木賞受賞を
逃したときに2マス戻るなどのルール設定から、
双六づくりに楽しんで取り組む様子が伝わってくる
浜田先生が参加する同人『新青年』研究会が
発行する「『新青年』趣味」。
最新の16号に乱歩の手記が掲載された

文学はなぜミステリーを欲するのか

――2015年は、日本を代表するミステリー推理作家・江戸川乱歩の没後50周年。その節目にあたって関連図書の出版や雑誌特集が相次ぐなか、乱歩の未発表原稿が公開され、各紙に報じられるなど大きな話題を呼んだ。原稿用紙約38枚にわたる日記形式の未発表原稿を発見したのが、このたびご登場いただく成蹊大学文学部の浜田雄介教授だ。遺されたものを通して作家の内面へ手をのばすこと、そして文学が求めるものを追っていくことの面白さについてお話をうかがった。

10数年前のことですが、いろいろなご縁があって乱歩邸の資料調査のお手伝いをする機会に恵まれました。それはまぎれもなく私にとって特別な幸運であり、多くの発見もありました。その一方で、研究や教育をしていれば毎日ちょっとした発見に包まれています。その意味で、発見というのは特別なことではないという思いもあるのです。

乱歩邸の貴重な資料は、幸い立教大学の大衆文化研究センターが管理してくださることになりました。私としては、特別な気持ちを持ちつつも、当たり前に研究することができた次第です。今回の資料とのおつきあいも10年以上になりますから、私にとっては必ずしも「新」発見という気持ちではないのです。

――それが、なぜいま公開に至ったかについては……

最初に原稿を読んだときにも、乱歩の息遣いが感じられる貴重な資料だという直感はありました。けれどもそれは私がそう感じたというだけのことで、世の中に発表しようという気持ちはありませんでした。特にそのような立場に立っていたわけでもありませんし。

しかし時おり思い出したように読み返しているうちに、だんだんと資料のほうが公開され読まれることを求めているというような気がしてきたのです。たぶん研究者の自己中心的な思い上がりなのでしょうけれどね。それで大衆文化センターとご遺族のお許しを得て、乱歩の没後50周年という節目の年に、研究仲間と発行している同人研究誌「『新青年』趣味」に掲載することにしたのです。

「独語」と題されたその手記には、ニーチェやジイド・萩原朔太郎などの文章を読んでの思いが切々と綴られます。乱歩は当時すでに探偵小説の流行作家でしたが、同時に一人の文学読者でした。自らを異端者と感じ、知己を求めて書籍に向かう、そこには文学というものの本来の姿が彷彿していますね。

吉祥寺の街にたたずむキャンパス。
伝統的なデザインが印象的な本館

不思議さに魅せられる人間に迫る文学研究

――浜田教授の専門は日本文学で、なかでもミステリーの研究ということになる。

専門がミステリーというのはちょっとおこがましいです。在野のミステリー研究者に、私などは頭が上がりません。でもミステリーはミステリーであるとともに文学でもあり、文学研究者の端くれとしては、作家や読者あるいは時代の文学的な想像力がなぜ犯罪やなぞ・探偵を求めるのかを追究したい、という思いはもっています。たとえば乱歩の異端意識がどこから来て、どこに向かうのか。そんなことを考えるうえでも今回の手記は興味深いものがありますね。

あるいは、近年の私は明治後半期に盛んに読まれた探偵実話に関心をもっています。文学研究者はもちろん探偵小説家からも軽く見られることの多い文学ジャンルですが、なぞ解き探偵小説が必ずしも広く読まれなかったなかで、人々は「探偵」に何を求めたのか、というなぞは想像力をかき立てますし、実際に読んでみると玉石混交ながら面白いものも多い。

同じ明治後半期には、泉鏡花や幸田露伴も探偵の活躍を書いていますし、英国留学を経験した夏目漱石は探偵への嫌悪を激しく表現していますね。樋口一葉の恋人だった半井桃水は変装を得意とするシリーズ探偵を生みましたが、それは日本と韓国の間に位置する対馬に生まれたという彼の出自と関係しましょう。「探偵」にはさまざまなモチーフが交差しています。

――浜田教授には作家の内面を考えるという意味で興味深い例をもう一つご紹介していただいた。

私の好きなミステリー作家に、渡辺啓助・渡辺温という兄弟がいます。弟の温は谷崎潤一郎に才能を見いだされながらも27歳で夭折し、兄の啓助は弟の死後に作家として活動を始めます。啓助は、才能あふれる作家であった弟の存在とその死をずっと心に抱えて生きた作家なのです。啓助は長命で、1901年に生まれ2002年に101歳で亡くなったことになっています。

ここで「ことになっている」というのは、辞書などにはそう書かれていますし、戸籍上もそうなのですが、じつは彼の「へその緒書き」には「1899年」に生まれたと記されているのです。すると啓助は足かけ3世紀を生きた作家ということになります。それもたぶんジャーナリスティックな話題ではありますが、文学研究者としては、すぐ下の弟との関係が実際のところどうだったのかが気にかかってきます。1歳差ではなく実は3歳差であることを啓助は知っていたかどうか。作家の想像力や意識について考察するうえで、それはとても大事な謎です。私はこの兄弟の作品にひかれて研究するに至りましたが、こうした発見があと、その作品の向こうに別の風景が見えてくることもあるのです。

紅葉に染まる晩秋の成蹊学園キャンパス

学生の興味に委ねると新たな発見がある

――「なぞ」とそれに惹かれる人間の想像力が研究の核であると話す浜田先生。その担当するゼミ演習や講義はどのように進めているのだろうか。

演習は、基本的にはオーソドックスなスタイルで、学生たち各自が選んだ作品について発表し、それについて全員でディスカッションをおこなっています。一人の作家の作品を追うようなゼミでは、その最後にその作家の人生双六(すごろく)を作成することが多いですね。生まれたときから亡くなるまでを単純に追うのではなく、たとえば結婚であれば、その結婚が作家にとって「3つ進む」ようなプラスだったのか、「振り出しに戻る」ようなマイナスだったのか、といった議論をしながら学生たちがルールを決めるのです。結構勉強になるのですよ。谷崎潤一郎や岡本かの子など、波乱万丈な人生を送った作家ほど面白い双六ができ上がります。

最近では作家ではなく「故郷喪失」「生き物」など、一つのテーマを決めて関連作品を読むという演習もやるようになりました。そうなると「人生双六」は作りにくいのですが、「幻想文学」をテーマにしたときには、学生の発案で、幻想のスイッチが入る「決め」の表現をピックアップしたカルタをつくりました。これが翌年のゼミの学生にも結構ウケて、あらためて「ことば」の力を私自身思い知ることになりました。

双六もカルタも、演習全体のなかでは最後の2〜3時間を使うだけなのですが、それまでの勉強の蓄積をちょっと別の視野から見る経験は意味のないことではないし、何より学生たちが結構楽しんでやってくれていると思います。

楽しみと言えば、ゼミ合宿の際に突然死体が発見されたことが……いや、そういう寸劇が始まったことがありました。ミステリー好きの学生数名がひそかに準備した企画でしたが、ほかの学生たちもすぐに乗っかって、推理を組み立てはじめました。私はそのときの推理には参加していません。なぜなら頼まれて死体役をしていましたから(笑)。将来、彼らがどんな職に就くにしても、それぞれの状況で何かしらそんな文学的な楽しみを創造できるような人間になってくれるといいなあと思います。

講義は演習とは違うはずですが、じつは私の場合そんなには変わらないです。半分くらいは学生の発言やメールのリアクションをもとにして話を進めています。私よりはるかに文学的感性の優れた学生はいくらでもいますし、そうでもない学生はもっと大勢います(笑)。ところがその、「そうでもない」ように見える学生の意見をいじっていると、意外に面白い発想が飛びだしてきたりします。学生とともに様々なものに目を向けていると、しばしば驚くようなものが見つかる。私の文学研究も講義も、そういったことの連続で成り立っています。もっともこれは、良し悪しでしょうね。一つの学問を緻密に構築していくこと、講義を通してそれを伝えていくことも間違いなく大切なことです。そんな学問に対するあこがれもあるのですが、いまの私としては私なりのスタイルで出来ることをすべきと思っています。

こんな学生に来てほしい

このインタビュー記事を読んでいるあなた、あなたにはぜひ来てほしいと思います。なぜなら、偏差値など学校のデータだけではなく、その教員についてまで関心を持ってこのページにたどり着いた人は、情報収集の意志と能力という点で、優れた資質の持ち主であるに違いないからです。あるいは、あなたはこのページに偶然行き当たっただけかもしれない。そうだとしても、それはひとつの縁であり、そんな偶然を大事にしてほしいと思うからです。さまざまな人との出会いを、単なる偶然で片付けるのではなく、意味あるものと捉えることは、人生をきっと豊かにしてくれるでしょう。その経緯はどうあれ、自分自身で目にした情報の一つひとつを大事にして、大学選びをしてほしいと思います。


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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。