早稲田塾
GOOD PROFESSOR

東京電機大学
情報環境学部

伊勢史郎 教授

いせ・しろう

1961年東京生まれ。84年早稲田大学理工学部電子通信学科卒。株式会社コルグに2年間勤務したのち研究生活にもどる。早稲田大学大学院理工電気工学専攻修士課程・東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程を経て、94年奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科助手、98年京都大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授。2013年より現職。

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千葉ニュータウンキャンパス校門。
正面目の前のスーパーリングは
太陽光により色が変化する
キャンパス内には無線LANの
アクセスポイントがたくさん。

3D音響の限界を打開する「音響樽」

――今回ご登場いただく伊勢史郎教授の専門は音響工学。近年では、内部に入り込んで音の3D体験ができる没入型聴覚ディスプレー装置「音響樽」を開発し、よりリアルな音響再現について研究を進めている。なにげなく暮らしていると、映像と同じように音響の技術も科学技術の発展によって進んでいるだろうと漠然と思い込んでしまうが、実はそうでもないとも語る伊勢先生。まずは音について研究することの魅力から教えていただこう。

――取材にあたって「音響樽」に実際に入って、音響の3D体験を実際にさせていただいた。高さ2メートルほどの大きな樽型装置に入ってみると、96個ものスピーカーが壁一面に設置された内部でどこからともなく音が聞こえてくる。「このスピーカーからこんな音が聞こえてくる」という状態ではなく、「足元でだれかがゴソゴソやっている」「20メートルくらい離れたところで何かしている」といった感じが実際にするのだ。音が聞こえるというよりは、ヒトやモノの気配を感じると言ったほうが近い。

この「音響樽」では、たくさんのスピーカーから計算された信号を出して、人の頭部周囲に音の波面を生成します。これを複数つかえば、オンラインで奏者をつないでリアルなアンサンブル演奏をすることもできますし、遠隔会議でも相手の気配や感情までもくみ取ることができ、より意思の共有が促進されることでしょう。聴空間を共有することによって、同じ空間にいるという感覚を遠隔でも共有することができるこの仕組みを、われわれは「音場(おんば)共有システム」と呼んでいます。

伊勢研究室がある11号館(ハイテク・リサーチ棟)。
最新の研究設備がそろう
音響樽。音の反射による
波面の乱れを小さくするためこの形になった。
分解して持ち出しも可能

文字情報より多くの内容を伝える「音の世界」

――画期的な「音場共有システム」をまさに世界に先駆けて実現するのが「音響樽」(没入型聴覚ディスプレイシステム)といえる。

この「音響樽」は、複数の研究者による共同プロジェクトで生まれたものです。「国立研究開発法人科学技術振興機構」(JST)が推し進めているJST CREST(戦略的創造研究推進事業)の一環で、チームリーダーのわたしがシステム設計やハードウエア制作を担当し、音の収録や再現精度の評価、さらに人がどう感じるかの評価などは他の研究者と分担しています。

音とは、現生人類が20万年の昔から使ってきた大事なコミュニケーションの道具です。最近ではインターネットの普及により、メールなど視覚的な手段でコミュニケーションをとることが主流になってきましたが、やはり文字情報にすると身体的情報が喪失してしまいます。それに対して声を出すということは、それ自体が身体的行為なので、ことばと同時に人の感情やいま置かれている状況も同時に伝えることができます。

文字情報はパソコンやスマートフォンなどを通じて大量に転送できますが、音声コミュニケーションをしていた時代よりも相手に感情を伝える機会が損なわれているのではないでしょうか。「音響樽」開発のプロジェクトは、情報技術と人間のさらなる調和をという思想のもとに生まれました。相手の存在を感じながらコミュニケーションをとることが、情報社会の今だからこそ求められていると感じております。

音響樽の内部。
赤いイスに座って音響を体験する。

信号処理を学ぶのにダンス授業をする理由

――音の役割は、ただ「話を聞く、音を聴く」ことだけではなく「相手の存在を感じる」ことにある――そう語る伊勢先生。実際の大学講義では、具体的にどのようなことをしているのだろうか。

「情報環境プラクティス」というテーマ型の授業で、ダンスをしながら信号処理を学ぶという取り組みをやっております。加速度センサーが搭載されている携帯型デジタル音声プレーヤー(iPod touch)に、振動の情報をキャッチして無線LAN経由でPCに飛ばすソフトを組み込み、それを腰にバンドで固定して人が踊ります。そうするとPCに送られた振動情報はリアルタイムで目の前のスクリーンに映し出されるようにしておきます。みんなで踊ればおのおのの振動情報が得られ、どれほど協調してダンスしているかを測定することができますし、数回の授業でどれだけ上達したかも一目瞭然です。

信号処理を学ぶのに、どうしてダンスという手法をとるのかと不思議に思う人もいるでしょう。音は耳だけではなく全身で感じるものだということを知ってほしいというのもありますが、わたしの研究方針のひとつとして、「能動性を育む」ということもあります。音について研究する方法はさまざまです。与えられたテーマではなく、自発的かつ主体的に自分の研究分野を確立するとき、必要になってくるのがその能動性です。能動性は、集団のなかで協調したり競争したりするときに生まれてきますが、協調や競争のいちばん原初的な形態がダンスなのです。

また演習や実習は楽しくなければならないという信念があります。楽しいということはかなり重要なことで、それによって人は積極的にかかわろうとします。現に、この信号処理の授業で「ダンスをします」というと初めはみんな驚きますね。しかし授業を休む学生はほぼいません。逆にハマってしまって、「今日は踊らない」という日でも踊りやすい格好で教室に来る学生もいますよ。「いつでも踊れるように」と(笑)。わたしも一緒に楽しんでいます。

こんな学生に来てほしい

なんにでも好奇心をもって果敢に挑戦できる人に来てほしい。なにしろ授業で音響について学ぶかと思ったら、おもむろに踊り出すわけで(笑)。自らの感覚を信じて、自発的に能動的に動ける人に来てほしいですね。大学に入ってからの伸びは、受験時の成績うんぬんよりも、身体をきちんと動かせる人のほうが大きいかもしれません。自らの身体を思った通りに動かせるということは、全身で学問を理解するということに結び付くとも思うのです。
学問とは人間が作ったものであり、その知識の根底には感情があります。知識だけでの理解では薄っぺらいものになってしまいます。物理学にしても数学にしても、理論の根底に美しさがあり、それは身体的なものにつながっています。根底のレベルで理解しようとするとき身体は決定的に重要なのです。いやおうなく受験生というのはかなり頭を使う時期ですが、身体的なバランスの大事さもぜひ知っておいてほしいですね。


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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。