早稲田塾
GOOD PROFESSOR

東京海洋大学大学院
海洋科学技術研究科海洋環境保全学専攻

岩淵 聡文教授

1960年東京生まれ。83年早稲田大学文学部史学科卒。85年東京大学大学院社会学研究科修士課程修了、90年オックスフォード大学大学院社会人類学科博士課程修了。哲学博士。東京海洋大学の前身の一部である東京商船大学をへて、2005年より現職。早稲田大学法学部の講師も務める。

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THEから提供された同学の20位を示すロゴ
北前船が難破するさまが詳細に描かれた江戸
時代の絵画。いまでいう報道写真のように、
当時の様子をタイムリーに描写している

海と人とを追究する「海洋文化学」とは

――東京海洋大学はこのほど、イギリスの高等教育機関情報誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)」上で公表された「小規模大学世界ベストランキング2016」で世界トップ20位にランクインした。日本国内に絞れば第3位という快挙である。THE誌上の定義では、学生数が5000人に満たず、世界ランキングに用いられる6分野のうち4分野以上をカバーする大学を小規模大学と位置付ける。

たしかに同大は学部生と院生を合わせて2600名程度と規模はこぢんまりしているが、海に関することであれば文理を問わず何でも学べる国立大学では唯一の海洋系総合大学である。なかでも日本の大学において初めて「水中考古学」の科目を設置(2006年)し、09年から大学院教育も進めて注目を浴びるのが、今回ご登場いただく岩淵聡文教授だ。

まずは「海と人にまつわるもの」そのすべてが対象であるという岩淵先生の研究について、そしてその講義内容から教えていただこう。

水中ロボット(水中での写真)
東京海洋大学越中島キャンパス校門。
ここには海洋工学部、品川キャンパスに
海洋科学部がある

「沈没船絵画」までが研究対象となる海洋文化学

水中考古学とは、陸上の遺跡や考古学的史料と同じように、水中にある歴史的遺物について研究する学問分野です。海底に沈む遺跡や沈没船を調査しますので、陸上からは見えないいにしえの遺物に触れられることにロマンを感じて入学を希望する人もいます。そのような魅力があることはもちろんですが、海にはもっとたくさんの文化的な魅力があることを知っていただきたいと思いながら研究を進めています。わたしが確立をめざすのは「海洋文化学」なのです。

実際ユネスコが採択している水中文化遺産保護条約(正確には「水中文化遺産の保護に関する条約」)では、沈没船や水中の文化遺産のみならず、波打ち際における漁具や海・渚の景色である「海景」までもが水中考古学の研究対象とされます。いまでは沈んでしまった(あるいは逆に海岸線から離れてしまった)海沿いの道なども対象です。たとえば難所で知られた「親不知」という場所がありますが、実際の街道はすでに沈んでしまっています。こういった古い道の研究も水中考古学の対象になってくるのです。

漁村の姿や漁具の研究はもちろんのこと、海や船を描いた海景画の研究、海事史や海洋文学など歴史的文学的研究などもふくめ、海と人間とのかかわり合いを総合した複合領域。それこそが私たちがめざす海洋文化学です。「海の絵までがなぜ研究対象になるのか」と不思議に思う人もいるでしょう。昔描かれた海の絵には、いまは様子が変わってしまった海岸線や、設計図が残されていない船が細かくに描き込まれていることがあります。水中考古学者にとっては、それらが研究にかなりのヒントを与えてくれるのです。

――こうした関連分野は人類学や文学・芸術だけに留まるものではないという。

工学や国際法の知識も求められます。さきほど挙げた水中文化遺産保護条約の09年発効により、トレジャーハンティングはもちろん、研究者による水中文化遺産の引き揚げも基本的に禁止となりました。そのため水中で自律的に動くロボットを導入して調査をするようになり、東京海洋大学内の水中ロボット研究者と協力し合って作業をしています。この協力体制はワンテーマに特化した大学の強みといえます。まだまだ始まったばかりの試みなので、互いに試行錯誤しながら研究と実践を進めなければなりません。そのためにも海洋工学の知識は必要です。

海は世界とつながっているため、守るべき条約や国際法が存在するのはもちろん、今後ますます世界各国と連携して解決していかなければならない問題がでてきます。たとえば太平洋戦争中に沈没した軍艦からオイルが漏れつづけているといった環境問題もそうです。こういった問題についての学術会議に出席すると、考古学者よりも国際法学者のほうが多いくらいで、こうした最低限の法知識がなければ何も主張などできません。このように「水中考古学」や「海洋文化学」は海こそが主題ではありますが、あらゆる学問分野と関連している総合的な学問ともいえるでしょう。

岩淵研究室がある越中島キャンパス3号館
実習では15人から20人がキャンパス裏手に
ある実習船に乗りこみ東京湾へ繰り出す

国内外でさまざまな調査研究に挑む研究生たち

――岩淵先生は講義でも多方面からの知識を吸収できるような講義を心掛けているという。実習授業では実習船で海へ繰り出すこともある。ここで学生たちはどのようなことを研究テーマとして選ぶのだろうか。

それぞれの専門的研究テーマは各自で決めて、みんな真剣に自身の研究にとり組んでいます。しかし、あらゆる学問分野の幅広い知識があってこそ個々の研究は進展するという方針で、研究室では指導しているつもりです。

たとえば、この春に4年生になる学生3人の研究テーマは、ひとりが「鷹島海底遺跡」における元寇船について。もうひとりはベトナムにかつてあった旧オケオ港について。さらにもうひとりは、第2次世界大戦の遺骨問題です。

この遺骨の帰還については、陸上のものはそれなりに報道されることもありますが、海に沈んでいる遺骨が話題になることはまずありません。しかしこれが水面下では非常に切実な問題となっています。ユネスコの保護条約では、沈んでから100年以上経過したものを水中文化遺産と定義し、基本的に引き揚げてはならないことになっています。つまり2045年になると遺骨収容が一切できなくなってしまうのです。

このほか博士課程にいる大学院生のひとりは、メキシコに長く滞在して漁村研究をしています。インドネシアからの留学生は、自らの出身地における沈没船について研究しています。このように国内外のさまざまなテーマで各自研究をやっています。水中調査をするような研究は研究室内外でチームを組む必要がありますが、人類学のほうは基本的にひとりでフィールドワークなどを進めることになります。

こんな学生に来てほしい

海の研究は文理とも区分できない総合的なもので、幅広い関心をもつ学生に来てほしいと思っています。パイオニア精神にあふれた人ならさらに大歓迎です。じつは海について国際的に取り組もうとする国連海洋法条約が発効したのが94年。それを受けて日本で海洋基本法が施行されたのは、つい先ごろの07年。海そのものを研究対象とする学際的取り組みは、21世紀ようやく始まったばかりなのです。まさに「だれも辿ったことのない道を切り拓く」ということが、海の研究に関しては言えます。

なかには「ダイビングができなければ水中考古学など無理なのではないか」と不安になる人がいるかもしれませんが、水中での作業だけが求められるものではなく、なかには海景画・関連法といった美術や法律に関連した研究分野もあるくらい幅広いものなのです。まずは一度いっしょ海に出てみましょう。世事の煩わしさを一瞬忘れる経験もきっと一生モノとなることでしょう。海は本当に素晴らしいものです。それをぜひ体験しに来てください。


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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。