早稲田塾
GOOD PROFESSOR

法政大学
キャリアデザイン学部

児美川 孝一郎教授

1963年東京生まれ。86年東京大学教育学部卒。93年東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。法政大学文学部教育学科専任講師・助教授や東京大学教育学部非常勤講師などをへて、2003年法政大学キャリアデザイン学部新設にともない助教授。07年より現職。法政大学キャリアデザイン学部長(2010年~2012年)。法政大学教育開発支援機構FD推進センター長(2013年~2014年)。現在、総長室付大学評価室長。日本キャリアデザイン学会副会長。日本教育学会理事。

おもな著書に『若者とアイデンティティ』(法政大学出版局)『権利としてのキャリア教育』(明石書店)『若者はなぜ「就職」できなくなったのか』(日本図書センター)『「親活」の非ススメ』(徳間書店)『キャリア教育のウソ』(ちくまプリマー新書)など、編著に『昭和教育史事典』(東京書籍)『これが論点!就職問題』(日本図書センター)『キャリアデザイン学への招待』(ナカニシヤ出版)『地域・労働・貧困と教育』(かもがわ出版)など、共著に『現代教育のキーワード』(大月書店)『ニート・フリーターと学力』(明石書店)『キャリア研究を学ぶ:25冊を読む』(泉文堂)『よくわかる教育原理』(ミネルヴァ書房)『高校・大学から仕事へのトランジッション』(ナカニシヤ出版)などがある。

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(1) 法政の象徴ボアソナード・タワー。
キャリアデザイン学部の主要講義もここで行われる
市ヶ谷キャンパスでは新校舎工事が進む

「若者が就職できない」その秘密に迫る

――今週は『若者はなぜ「就職」できなくなったのか』など青年層のキャリア不全や就職難問題などをめぐり脚光を浴びる法政大学キャリアデザイン学部の児美川孝一郎教授に登場いただくことにした。まずは先生ご自身が教育学などに興味を持たれたきっかけからお聞きしていこう。

わたしは東京大学教育学部を卒業しましたが、もともとそちらへ進もうと思っていたわけではないのです。実は、東大に教育学部があることすらよく知りませんでした(笑)。文三での入学者は教養課程の後、文学部なり教養学部の上の専門課程において国際関係や社会学などを学ぶことになります。わたしも「社会学にでも進もうかな」といった軽い気持ちしかありませんでした。

大学1年後期ぐらいから「大学に通うことにどんな意味があるのだろう」などと考え悩むようになりまして、第一志望に合格して進学したはずなのに「合格すること」それ自体が目標だったためか、その先の目標が見えてこない。いまでいうニートか引きこもりのような状態に近いものがありました。3ヵ月間ほどは、実家から駒場に向かう途中で下車して、井の頭公園やレコード屋でただブラブラするような(笑)。

その後なぜ教育学部を選ぶことになったかというと、たまたま2年生最初のころにうけた教育学の講義が直接的契機となりました。「自身をふくめモラトリアムな学生や若者がなぜ生まれてしまうのか」というぴったりの課題に正面から取り組む学問分野があることの驚き。まさに「天からの啓示」を受けたかのように、どんどん面白くなって教育学への道を志すようになりました。


――その後、児美川先生自身の学問的関心は、教育学をベースとしつつも、つねに「青年期」にあるという。その原点には、若き日に自身が苦しみ悩んだ体験がある。

大学院時代から青年期教育を研究テーマとしてきました。その一方では、中等教育の制度や政策・教育改革動向についての分析に取り組み、その他方では思春期・青年期の発達課題やアイデンティティ問題についての考察も進めてきました。青年期教育には「進路」の問題が切り離せません。そこから「進路指導」「就職」「進学」といった問題についても研究するようになっていきます。


――先生が法政大学教育学部専任講師に着任されたころには、もう教育学一本で行こうとしておられたとも。

おもに教職課程を担当していましたし、そういうつもりでした。でも人生なにが起きるか全くわかりませんね。21世紀の境前後から新自由主義的「制度改革」などが跋扈する状況のなかから、キャリア不全とかキャリアデザインといった課題にも立ち向かうようになります。当初は高校生を軸とした青年期教育でしたが、次第に大学生や社会人をも対象にするようになり、いまやキャリア教育や就職制度などの研究のほうがメーンになってきました。

日本初キャリアデザイン学部の創設にもかかわり、いまやキャリア教育という切り口から、これまでの制度・政策論などのマクロ的な視点と、アイデンティティー論などのミクロ的な視点とを統合していくことを模索しています。キャリアについての問題は、既存の学問研究の枠を超える射程を備える領域でもあり、多彩な同僚教員からは様々に刺激をうけています。と同時に、これまでの教育学研究を豊かにしていく契機でもあるとも感じております。


――ちなみに「キャリアデザイン」とは、「人生設計」や「生き方の設計」を意味するという。激動の21世紀を生き抜くための必須キーワードを冠する専門学部は法政大学以外であまり聞き慣れぬが……

じつは学科レベルだと短期大学や他大学経営学部などの一部にキャリアデザインを標榜するところもあるようですが、ビジネス実務系の資格をめざすカリキュラムが中心と聞いております。本学キャリアデザイン学部は国内初として2003年に創設され、今年で13年目になります。学部名としては、ビジネス系「ワークキャリア」分野だけでなく、もっと広く「人を育てる」という意味も込めたつもりです。

いまでも教育学や経営学・社会学(生活文化論)などを学際的に擁した専門学部としてアカデミックに取り組む4年制大学は本学以外にはありません。じっさい各専任教員の出自をみても、教育学や経営学・経済学・政治学・文学・歴史学・英語学・博物館学などと実に多様にして学際的です。民間企業や公的機関出身など社会人経験のある教員が多いのもうちの特徴でしょう。

著書『若者はなぜ「就職」できなくなったのか』の表紙
社会人学生ふくめて「法政の知」を支える大学図書館

「若者のキャリア形成と教育」を実践する児美川ゼミ

――キャリアデザイン学部における先生の講義は、夜間部の教職実践演習を除けば、「若者のキャリア形成と教育」が中心となる。なかでも力を入れているのは、2年次後期からのゼミナール演習ということになる。

いまは3~4年生のゼミが合同で、2年生の基礎ゼミは別に開講しています。2年生は入門的な内容で、3~4年はそれぞれ個々のテーマを持ってそれを論文発表として仕上げることが柱となります。ただ、それだけだと個人指導に偏ってしまうので、ゼミごとのテーマ学習と文献学習をやりながら、ときおり個人報告の時間をはさんでいきます。個人で30分発表し、60分の残り時間を使って全員で討論をする。その中でわたしからもコメントをはさむといったスタイルです。

またグループワークにも力を入れていて、年末にひとつのテーマで共同発表をする準備をしています。本学部は年度末に会場を複数借りて、それぞれに3ゼミずつ割り当てて「学生研究発表会」というものを盛大にやっています。これらの過程で上の先輩たちがやっているところを見ていますから、各発表テーマは毎年変わりますが、自然とやるべきことが分かるようですね。


――「キャリア形成と教育」というゼミテーマはずっと一貫しているという。

年ごとに基本文献は変えますが、学年が上がるたびにテーマを変えていたら困りますしね。ゼミの運営方針としては「学生自らのテーマを持たせる」ということを軸にしていることに尽きます。グループワークをふくめた研究テーマは、「若者のキャリア形成と教育」や「キャリアデザインとその支援」という基本線から大きく外れるのはまずいですが、具体的なアプローチの方法は自由です。

3年生が終わる段階で各自のテーマに沿った「ゼミ論」を必ず書いてもらいます。これは卒業論文枚数の半分ほどになります。それを4年生で完成させていきますが、研究対象が定まらないと広く浅くになってしまいがちなので、3年生の段階でがっちりと決めてしまいます。4年生はあいだに就職活動が入ってきますから、それくらいの段取りを踏まないと卒論の域に達しないという実情もあります。

――ところで児美川先生は学部創設時からキャリアデザイン学部の自己推薦特別入試にかかわってきた。よく「推薦・AO入学組と一般組には学力差がある」と言われることについては……

それはAO入試が定員集めの手段として実質的になっているような大学ではそうなりますよ。たしかに本学でも1年目は一般入試組にくらべ推薦・AO・付属は下位クラスの成績になりやすいという実態はあります。しかし、「キャリアデザイン」ポリシーの申し子たるAO入試組の学生たちは、その後どんどん伸びていく傾向が顕著です。学生が学生をサポートするような「ピアサポート」活動の取り組みをはじめとする一大イベントで中心的役割を果たすのも、センター入試利用や一般入試を経た学生よりも、AO出身者のほうが目立つような気がします。

ボアソナード・タワー26階では市ヶ谷キャンパスの
新校舎模型を展示
ボアソナード・タワーから見下ろす夜の外堀通り

きっと「ブラック」に対する耐性も身につくはず

――これまで先生は非正規雇用問題や就職制度問題などの分野における数々の著書に健筆をふるってこられた。さらに今後やってみたい研究への思いなどはあるのだろうか。

現状として、いまだ若者をしっかり研究できていませんし、この国の青年たちが冷遇される時代はしばらく続くでしょうし、相当のことがない限り今の路線で変更はしないでしょう。ただ「キャリア形成と教育」といっても、「生涯キャリアガイダンス」という理念のもと、人生その都度のキャリアを再デザインしなければならない人のための支援とか、もうすこし大人の方々への支援などにシフトして、徐々に研究テーマの射程を伸ばしていきたいという野望もないわけではありません。いっぽう研究対象の年齢層だけ上げても仕方がないなぁという気持ちもあります。

――派遣労働の範囲を広げつつ非正規労働者のフォローに回るという矛盾まみれの労働関係諸政策が世紀をまたいで20年以上まかり通る現状。その一方で、運よく正社員に就いても、高度成長期のモーレツ会社員以上に過労死寸前の長時間労働に強いられがちともいわれる。

わたしのゼミの卒業生にはどちらの立場の人もいますが、しばらくぶりに会うと格好の研究材料を見ているような気すらしますね。大卒で3割程度は3年以内に辞めると言いますが、キャリアデザイン学部の卒業生でも辞める人は辞めますね。話を聞くと「職場の状況がひどすぎる」というケースは確かにあって、「それは逃げ出して正解だろう」というような人もおります。

また学生バイトのほうもシフトがきつくなっていたり、試験期間中でも抜けられなかったりといったお決まりのブラックぶりは世間で言われている通り、たまに見かけますね。昔なら「遊ぶため稼ぐ」という感じがバイトにありましたが、「失われた20年」が続く経済情勢のなか、学費や生活費の一部にしなければいけない者も多い。それだけ親側に余裕がないわけで、本人も稼がなくてはなりません。そこに悪徳雇用主側がつけ込んできている感じです。

ですので、ますます当面は若年層の貧困の問題から退けない気がします。いまや非正規雇用の割合も国民全体で約3割。生まれて以降すべてが暗闇の世代である「15~24歳」に限定すれば5割。「失われた20年」の世代はもう40代にまで達しています。それだけ「家庭も持てず、フリーターのまま」という人が増えているわけです。ところが世間の風潮は自己責任論が優勢と困ったものです。

たとえば非正規のまま学卒で働き続けている人がどうすれば転換できるか、社会問題化して久しいニートや早期離職者にどんな支援ができるか――そういった研究をこの10年ほどやってきました。そこで見えてきたことは「それを出口の段階でやっても遅すぎる」ということです。もう35歳過ぎの人を正社員にするのは相当つらく厳しい支援となりますし、手間もかかる。そういうことです。

もっと小・中・高といった段階で「人生への準備教育」としてやれることはあるはずですが、この国ではそこにお金も手間も注ぐようにはならない。社会現象として矛盾が見えて世間が騒ぎだしたらそこだけ取り除く姿勢を示しますが、もっと根本から何とかしないとダメだろうと。そこらへんは明白になってきたと思います。

――キャリアデザインについて学んでいれば、そういった「ブラック」に対する耐性や知識は身につくと言えるのだろうか。

多少は(笑)。というか、ワクチンを打っているようなものですね。たとえブラックを握らされても傷が浅くて済む、あるいはすぐに気づける。そもそも働いたこともない若者たちに自己責任で「見抜け」といっても無理ですよ。しかし早く気づいたりうまく逃げたりするようなことは教えられる。その点はだいぶ違うと思います。

さらに学生向け就職関係のサポートとして、学部として就職委員会を教授会のメンバーで組織していますし、その一環として各ゼミベースでいろいろ対策をするということはあり得ます。また体験型の必修科目として、学生たちが高校生を支援しに行くというようなことも成果をあげています。


――「大学生の勉学時間確保」を名目に就職活動の面接開始時期を2015年度に「8月解禁」に変えたばかりなのに、2016年度から「6月解禁」に戻すというようなニッポン型就職制度のネコの目混乱ぶりが止まらないことについては……

目先に見えている問題だけで何とかしようとしていて、良し悪しを問わず副次的な影響がどこにどう出てくるかを経団連も国も考えていないような気がします。それに、大騒ぎして新卒一括採用をしても、3割は3年以内に辞めといるという実態があるわけで、結局なんだったのだろうということにもなりますね。

そろそろ一斉に新卒一括採用をスタートするというこの国の就職制度それ自体を抜本的に変えるべき時期にきていると思います。大学への入学率がまだ3割程度だった時代には学生・企業双方に意味あるやり方だったかもしれませんが、いまや5割を超えていますし、企業も多様化していますから。もっと大きな仕組みというか緩やかな枠組みになっていかないと、少しルールが変わるだけで右往左往させられる学生たちがかわいそう過ぎます。

――就職制度改善問題について日本生産性本部をはじめ企業団体などに児美川先生が提言するような機会も最近増えているそうだ。

チャンスがあれば研修講師でも何でもどこへでも行きますよ(笑)。ただ企業側も就職担当の個々人のレベルでは、現就職制度が問題だらけなことなど十分わかっているんですよ。「学歴ではなく個々の人間性」とか「だれにでもチャンスは開かれている」といった機会平等うんぬんのキャッチフレーズは、すべて建て前にすぎないし、エントリー段階で大学ごとに選別しているのが実態なのです。

でも採用実績の出身大学すら企業側は公表しない。おおやけにすると社会的に批判されるのも嫌なので建て前と知りながら改められない。みんな「合成の誤謬」で、ヨコ並びで変な就職制度がつづいてしまう。そして「他社が守らなければ我が社も期日を守る必要などなし」といったようなヘンな話がどんどんリンクしていく。

そうしたまやかしに学生たちは振り回されて学業をほったらかして就職活動に余計なエネルギーをかけて消耗していく。人数をふくめて就職実績を公示すれば、さすがに今の学生たちもバカではないので十分承知したうえで実際的なチャレンジができるはずなのですが。

ただ、学生たちも就活をするうちに人間的成長はするもの。世の中の厳しさを知ることもそうですが、考え方そのものや集中力・忍耐力が急激に伸びる人も実際います。ですから、現状制度をすぐに変えられないにしても「就職活動という名のインターンシップに行く」とでもと思ってやってみれば――そう学生たちにはよく言って励ましております。

こんな学生に来てほしい

ひとつは学部の性格と学び方をきちんと理解してきてほしいですね。本学キャリアデザイン学部は1年次から20名ほどの少数で実施する基礎ゼミから始まりますし、企業へのインターンか高校生への支援などから選ぶ体験学習も必修です。また通常の授業も教員側から一方的に話すだけのものではなく、グループを組んでのディスカッションやプレゼンテーション・ペアワークといったものが豊富に組まれています。

社会のなかで自身のキャリアを意識しつつ生き抜くためのスキルというのは常日ごろの実践のなかで身に付くもの。そこを授業でやってしまおうということになっています。そこを勘違いして「人と話すのが苦手だ」「静かにただ講義を聴いているのが好き」といった学生が来てしまうのは、お互いに不幸なことです。学び方まで含めて明確なねらいのある学部なので、そこらへんを理解したうえで、ぜひ覚悟を持って来てほしいと思います。

あとは出口のイメージとして「人とかかわって何かサポートできる」という人材というのが明確な募集ポリシーなので、世の中さまざまなモノや自然に対するどんな興味を持っていてもかまいませんが、とにもかくにも「人に興味がない人」にとっては向いていないと思います。


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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。