早稲田塾
GOOD PROFESSOR

慶應義塾大学
総合政策学部

河添 健 学部長

1954年東京都生まれ。77年慶應義塾大学工学部卒。79年同大学大学院工学研究科数理工学専攻修士課程修了。82年同大学大学院工学研究科数理工学専攻博士課程単位取得退学。87年慶應義塾大学理工学部数理科学科専任講師。95年慶應義塾大学総合政策学部助教授。2000年同教授。11年慶應義塾湘南藤沢中等部・高等部部長。13年より総合政策学部長。専門は「Lie群上の調和解析」「フーリエ解析」「ウェーブレット解析」「基礎解析学」「数学一般」。

おもな著書に『数理と社会─身近な数学でリフレッシュ』(数学書房)『大学で学ぶ数学』編著(慶應義塾大学出版会)『楽しもう!数学を』共著(日本評論社)『群上の調和解析』(朝倉書店)『解析入門』共著(放送大学教育振興会)『微分積分学講義I』(数学書房)『微分積分学講義II』(数学書房)などがある。

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慶應SFCキャンパスの正門付近
学部事務室などが入る慶應SFC本館建物

慶應SFCで数学履修必須の理由とは

――慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)といえば、1990年の開設時から総合政策学部と環境情報学部という2学部構成のもと、既存の文理学問の枠にとらわれない新たな「知」の再編成と創造をめざすユニークな教育・研究で知られる。今週は、慶應義塾湘南藤沢中等部・高等部部長を歴任したのち、総合政策学部学部長に就任した河添健教授にご登壇ねがうこととした。「数理と社会」というSFCらしい数学系講義でもつとに知られる河添先生の専門はもちろん数学である。

わたしは慶應義塾大学工学部で数理工学を専攻しました。82年に工学部助手になり、理工学部で専任講師になったのち、95年にSFCの総合政策学部に移ってきました。

――いまでも慶應義塾大学理工学部で一部教えている河添先生だが、そもそもSFC(それも総合政策学部)で数学を教えることの意味については……

文理融合の本学部とはいえ、いまや数学的な基礎力がないと何も始まりませんね。どんな形でもよいから、大学そして社会生活のなかで数学に触れて考え続けることはますます重要なことになってきています。数学は理系の学問と決めて考えないほうがよいですね。文理において大切です。総合政策学部は文理融合学部だから無理もないとはいえ、数学力は確実に低下しています。非常勤をふくめていろいろな大学でも教えてきましたが、最近は理系の学生にもかなりひどい学生は多くなりました。なかには3年生にもなっても「定義」と「定理」の区別もできない学生もいるくらいです。数学力の低い理系学生が増えてきたことは、数学の教員同士でしばしば話題になります。


――理系と文系というと、いかにも理系の学生は文系にくらべ数学に強いとの印象があるが……

じっさい30年前は確かにそうでした。しかし現在は「考えない学生が多い」という視点では理系も文系も同じで、それほど大きな差はないようにも感じます。数学の教科書の内容はどんどんわかりやすくなり、また予備校や塾などで効率的な受験指導が行き届いたおかげで問題は解ける。その一方で、問題を解くための公式や解答法を丸暗記しているだけで、その意味を理解していない学生がとにかく増えてしまいました。

いまどきの学生たちのなかには、そもそも大学で学ぶ目的、高校との違いに気づけない学生もいます。まじめな学生ほど大学を予備校や塾と同じような場所だと思ってしまい、知識をちゃんと得る、多くの単位を良い成績で取る――そういったことを主目的にしてしまいがちです。しかし大学での教育は、人間的に社会人としてちゃんとした人に育てることが使命となります。知識を蓄えることは誰にでもできるものであり、それこそPCに任せればよい。もっと重要なのは「それを使って考える」という次のステップなのです。

わたしはいつも授業で極論を言うのですが、授業で勉強しようと思うな。きっかけは与えるが、勉強は自分でするしかない。困ったときには教えるが、他人に頼らずやってみろ。授業に頼るな――そういつも話しています。すると、まじめな人ほどすごく驚いてしまうようですね。

著書『数理と社会─身近な数学でリフレッシュ』
『大学で学ぶ数学』の表紙
慶應SFC内にもある創立者・福澤諭吉の像

「数理と社会」というSFC名物科目

――「数理と社会」という名物科目のねらいはそういう危機感からだったという。

現在は「問題発見と解決のためのリテラシー」へと科目名が変わっています。旧学則では初年度の学生が多く履修していましたね。ふつう大学初年度の数学の講義は、理工系だと『微積分』と『線形代数』から始まります。高校で数Ⅲ・Cまで勉強しているので学生は同じスタートラインに立てる。ところが文系だと最近は数学Ⅰ・Aだけ、それも1年間しか高校数学を履修していない学生も多くなりました。それでは数学の実力は中学レベルと変わらないことになります。でも中には数Ⅲ・Cまで勉強している学生もいる。文系学部ではスタートラインがそろわない。そうなると大学においての数学は選択科目となり、内容も「教養の数学」レベルが定番となる。ただ、これでは大いに困るのです。たとえ文系の学生でも各種の数理モデルを理解するぐらいの知識を身につけてほしい。

要するに、何のために数学を勉強するのかと問うたとき、理系も文系も関係なく、的はずれの勉強ばかりしてきた学生が大勢いるということです。あらためて数学に楽しく接し、考えることを目的とした講義が必要となったわけです。「数理と社会」のテーマは何らかの形で社会と接点のある数学です。授業では数学に限らずその背景にある社会問題にまで議論していきます。映画や美術に関する話題もしばしば登場します。映画も注意深く観ると結構数学がかかわっていることに気づきます。


――ついには昨年度から高校数学の認定試験を実施することにもなったらしい。

全1年生を対象として、入学してすぐに、数学のレベルを測るために数学Ⅰ・Ⅱ・A・Bの認定試験をやることにしました。それをクリアしないと次のステップへ進めないようにしています。あわせて高校数学の復習的授業も並行してやっています。春秋学期があるので、この授業の中間試験・期末試験それに認定試験と年に6回のチャンスがあります。1回パスすればOKです。基本的な公式が理解して使えれば必ずパスできるものです。

たしかに社会人になったら数学の公式など知らなくても困らないでしょうが、その「考え方」の基礎が育ってないのは非常にまずい。たとえば人に何かを説明・プレゼンするときに必要になってくるのは、「論理的な考え方」です。論理力が中学レベルでは物足りません。やはり高校レベルは最低限ほしいしですし、大学でさらに伸ばすべきです。大学卒業以降も継続的に勉強はすべきですね。

SFCは「文理融合」とはいっても、いわゆる数学者のための数学までは求められていません。現在はデータサイエンスという形で数学・統計を教えています。とくに実務で使うところを重視しています。ビッグデータやオープンデータを扱えるようになります。企業に就職し、いつか「大学で数学をやっておいて良かった」と思うのは必ずあるものなのです。

日本の数学教育の一番良くないところは、中学数学レベル(あるいは小学校3・4年の算数レベル)で数学が出来る・出来ないを判定し、「あなたは文系向きだから算数・数学はもう勉強しなくていい」などと文系・理系を分けるような指導を相も変わらずやっていることでしょう。ところでフランスは数学教育がとても重要視されていますが、それはナポレオンが数学好きだったことから始まります。日本も指導者が数学好きならいいのですが、「2次関数はいらない」「円周率は3で計算」なんて言い出すようでは困ります。きちんと日本の将来を見すえた教育政策をやってもらいたいものです。

湘南藤沢の地に根づいた「三田会の杜」
慶應義塾大学SFCキャンパス点描

数学本来の意味に迫る「芸術と数学」ゼミ

――河添先生は学部長という立場だが、いまでも「河添研究会」としてゼミも担当されている。

SFCでは数学者を育てるような数学教育はしていないので、一般の学生に向けて数学のおもしろさを教えるような講義をしています。わたしのゼミはここ数年「芸術と数学」というタイトルのもと講義形式で実施しています。たとえば皆さんが知っているピカソやダリなどの画家たちは意外と数学や科学を勉強しています。そういったところを毎回プリントやスクリーンに映す画像を用意して、おもに絵画にまつわる数学の話をしています。そこにあらわれる数学的事象については、理論の解説をはじめ、一つひとつの計算式を丁寧に説明するように心がけています。


――河添ゼミでは学生に研究発表をしてもらうことも毎回あるという。

卒業プロジェクト(卒業論文など)は必須ですので、卒業指導も行います。テーマは各自が決め、少なくとも数学をからめた研究テーマを期待しているのですが、わたしのところにはいろいろな学生が集まってくるので、最後は「何でもいいから自分で考え抜いたものを書いてみろ」と(笑)。結局のところは「自由にやりなさい」という感じです。ゼミでは、各自の内容や進み具合を逐次話してもらい、発表したことにコメントを返していきます、勉強は自分ひとりで実践して、完成度を高めるものと考えています。全体的に見れば、美術をはじめ音楽・文芸などの芸術作品に隠されている数学的な見方を探すような研究をテーマとする学生が多いですね。なかには音楽・美術・建築・デザインをやりたいという学生もいますね。もちろん理工学部ではありませんが、数学を本格的に研究したい学生にも対応する用意はしています。

卒業プロジェクトは必須ですから、すべての学生は何かしらを書かなければならない。ところが書き方がわからない。いまの学生はまず「レポートの書き方」から入る必要がありますね。コピー&ペーストをしていないか、ただしく文献を引用しているか、まずはそこから指導します。もちろんレポートには自分の考え方や意見がないと話になりません。最初はどんなに幼稚な内容でもしっかりチェックし指導し、最低限の卒論レベルまでには仕上げてもらいます。


――ところで慶應義塾大学SFCといえば、AO入試を日本で初めて実施してきたことでも知られるが、河添先生もずっと関わってきたという。

わたしに限らずすべての先生がかかわっています。教員が全員参加しないと人的・時間的なリソースが足りなくなり、AO入試がまわらない。そのくらい大変な手間をかけています。AO入試で重要視しているのは、先ほども述べたように「大学に入ってから知識以外の考える勉強ができるか」ということで、ポテンシャルやモチベーションなどと表現しています。ひと言で言えば「大学に入って自立できるか」ということです。自立することはまさにSFCのコンセプトである問題発見・解決であり、AO入試では面接して確かめています。許されるなら一般入試をすべてAO入試にしたいくらいに重視しています。AO入試の募集要項には両学部合わせて200人とありますが、優秀な学生が大勢いればいくらでも取るというスタンスが基本です。

SFCのAO入試は準備がけっこう大変という定評があるらしいのですが、自らのテーマを持っていればそれをアピールすれば十分です。でもテーマから決めようとなると大変かも。合格者が200名前後を推移するのも、一般的な受験勉強と並行して、自らテーマを決めてAO入試に取り組むような受験生は一定数しかいないのかもしれませんね。逆にいえば、だからこそSFCで学びたいという本当に優秀な学生が集まってきている理由なのかもしれません。

こんな学生に来てほしい

わたしのゼミは「吹きだまり」と自称しているくらいで、自ら考え抜く力のある学生であれば誰でも歓迎しています。SFC全体も似たところがあり、ポテンシャルやモチベーションにあふれる人、それもできるだけ多様な人に来てほしい。いま世の中が全体的に平均化しています。少しぐらい成績に目をつぶってもいいので、元気でやる気のあふれる学生、集まれ!


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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。