早稲田塾
GOOD PROFESSOR

日本大学
文理学部心理学科

岡 隆 教授

1959年広島県生まれ。博士(社会学)。東京大学にて博士号を取得したのち、88年より専修大学文学部で教鞭をとり、94年より東京大学大学院人文社会系研究科助教授。2005年より現職。

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先入観や偏見を回避する効果的な思考法

――今週ご登場いただく日本大学文理学部の岡隆先生は、心理学の一分野である社会的認知研究を専門とし、なかでも先入観や偏見についての研究で知られる。21世紀を迎えたこの国においても、残念ながらLGBTなど少数派に対する社会的偏見や民族主義的ヘイトクライムの横行などの差別問題はさらに深刻さを増す。はたしてヒトはどのように行動し考えれば偏見をなくすことが可能となるのか、さまざまな実験により解明しようとする岡先生らによる科学的な心理学研究は、そうした複雑極まる難問を解決する可能性をも秘めているようだ。まずはそれら専門的な研究と実験の内容のことから話をうかがっていこう。

わたしたちは人と接する際、それが初対面であったとしても、すでにいろいろな知識に基づいて相手を判断しています。もし高校生のあなたがわたし自身と接したとして、まず「日本人」「男性」「大学教授」「心理学を研究しているらしい」といったことを知識として持つでしょう。それから実際に話をしてみると「話しやすいか、とっつきにくいか」「にぎやかか、物静かか」などといった印象を得ることでしょう。もし「話しやすい」という印象を得れば、その後の会話は弾むものです。反対に「とっつきにくい」と思えば、以後あまり話すことはなかったり、「どのように話せばよいだろう」と考えたりするはずです。


このように、人は、他者に対して多様な知識や印象をもとにして判断し思考しています。一人の人間のみならず、社会や自分自身に対しても同じです。その結果として生じる感情や行動までも含めて研究するのが「社会的認知研究」ということになります。わたしの場合は、さらにその中でも先入観や偏見を専門としています。どのようにしたら先入観や偏見を持たずに相手を判断できるのかを実験によって明らかにしていきます。

「偏見など持つまい」「個人をありのままに見たい」などと思うこと自体はすばらしいことです。しかし実は、そう強く思おうとすればするほど人々は偏見を持ってしまいがちです。ダイエットをしているとき、ケーキを食べまいとすればするほどケーキのことを考えてしまうといったことがありますね。考えまいとするほど強くそのことが頭に浮かんでしまうことを「思考抑制の逆説的効果」といいます。対人関係についても、同じような効果が見られます。

女性を例にとって説明しましょう。一般的に「女性は感情的な人が多い傾向がある」と言われます。それにより、意識していないにしろ、女性と接したときには「感情的」というステレオタイプ的なレッテルを貼ってしまいがちです。しかし「いや、女性だからといって感情的と決めつけてはならない」と強く思うと、やはり「この女性は感情的だ」という判断をするようにもなってしまうのです。

日本の心理学発展に貢献してきた岡先生の著書。
日本大学文理学部キャンパス「100周年記念館」

「優位ステレオタイプ」から考えをそらしてみる

――偏見を持っていても持つまいとしてもヒトは同じような心理的な判断をしてしまう。だとすれば、これをどうすれば解決できるのだろうか?


わたしは「非優位ステレオタイプ」を代替思考として活用することが有効ではないかと考えました。たとえば「女性は感情的だ」というのは最も一般的なステレオタイプ的な偏見ですが、女性についてのステレオタイプ的な見方は他にもたくさんあります。たとえば「話し好き」などです。「感情的か理性的か」という次元からいったん離れ、「にぎやかか、物静かか」という次元で考える。すると、その女性を判断するときに「感情的」ということばを使わずに済むのでは……。そう考えて実験をやってみました。

わかりやすいように、上の女性を例にして少し実験内容を変えて説明しますと、10数人の実験参加者に、「にぎやか」「物静か」などの単語を最初に見せることによって、「感情的」「理性的」という次元以外の次元が頭のなかで思い浮かびやすい状態にしておきます。次に、「女性について、女性に対するステレオタイプ的な感情的という単語を使わないで文章を作ってください」と指示します。最後に、「感情的」などいろいろな単語を見せて、それへの反応時間を測ることによって、頭の中でどの次元やことばが活性化しているかを調べていきます。

すると、明らかな違いが見られました。「女性は感情的である」というステレオタイプを無理に抑制しただけの別の10数人の実験参加者とくらべて、あらかじめ「にぎやか」など別の次元の単語に接触していた実験参加者は、「感情的」「理性的」という次元やことばへのアクセス可能性が低くなったのです。女性について優位ステレオタイプとは別の次元の代替思考をおこなうことによって、偏見を抑制した際の逆説的効果を、うまく避けることが出来ているということです。

人間関係において先入観や偏見は必ず付いてまわります。わたしたちの周りの人やものについてステレオタイプ的な知識や印象が一切なければ、わたしたちの生活は無味乾燥なものになり、文学など成り立たなくなってしまうでしょう。より大事なのは、目の前にいる人間にそれを当てはめないということです。

そのためには、偏見を単純に抑制するのではなく、別次元から見ようとすることが大事です。多次元的に人を見る目をつくる必要があります。平等主義的で、声高に偏見は良くないとだけ主張する人ほど、かえって偏見に陥ってしまう現実がある。そんな問題提起をしています。

いまや国際的にもイスラム国(IS)など民族主義的過激派によるテロ事件が頻発する影響などもあり、さまざまの新たなヘイトクライムや差別問題の種が世界中にはびこっています。ネガティブなステレオタイプはなかなかなくなりませんが、幅広いものの見方や尺度や考え方を身につければ、もっと意識せずに済むようになるはず。わたしの実験は、そのことを裏付けていると思っております。

日本大学文理学部キャンパス点描

学生には自らの「作品」をつくってほしい

――日本大学文理学部のゼミ演習は3年次から始まる。岡ゼミにおける指導方針については……

心理学をめざす学生たちのなかでも、とくに科学的な方面から心について解明したいと考える人がわたしの研究室に集まってくるようです。わたしのゼミでは、「とにかく学生自身に作品をつくらせる」ことをモットーにしています。実験や論文で構成される研究はいわば一つの作品です。わたしが課題を与えるのではなく、学生たち自身に見つけてもらって、解決してもらうという方法です。

具体的には、はじめにどんな研究をしたいのかプロポ―ザルを出してもらい、学生同士の建設的な批判を通して洗練させていきながら、興味の似通った人でチームをつくります。チームごとに具体的な実験計画をつくらせ、実行し、報告してもらいます。みずから問題を発見し解決する力を養ってもらいたいので、わたしからは技術的なアドバイスにとどめ、作品の出来あがりを楽しみにしています。

学生による具体的な研究テーマは「LGBT」「友人関係とストレス」「広告の心理的効果」「喪失経験からの回復」「苦情行動」「対人コミュニケーション」「集団間攻撃」「代理報復」などいろいろです。創意工夫を凝らした実験内容を考えてくれる人もいて、方法論的に多少問題が見つかることもありますが、わたしが止めてしまうことは滅多にありません。

少々問題をはらんでいても、新しいことがわかるかもしれず、そのほうが得られるものが大きいからです。初めはいろいろで構わないのです。みんなで議論していくうちに洗練されてきますから。わたし自身もゼミという集団のなかのダイナミズムを楽しんでおります。

こんな学生に来てほしい

わたしが学生に望みたい資質には2つほどあります。ひとつは、自らの直感を疑う習慣。直感が本当に正しいのかどうかを、論理的に考えて正しさを判断できる人になってほしい。また、わたしの研究室に来れば、論理的に正しいかを考えるだけではなく、実験や調査により客観的な証拠を集めて確認することができます。さらに大切なのは、「ほかの人はどんな直感を持っているのだろう?」と思いをはせることです。一人ひとり異なっていることに気づければ、本当に正しいコミュニケーションとは何かという議論が生まれてきます。

もうひとつの資質は、「当然」や「常識」や「普通」といったことへ興味関心を向ける習慣です。「当たり前」とスルーしてしまうのではなく、いったん立ち止まって考えられる人が理想です。学生には、「当たり前」がどのような社会の構造や人間の心理から来ているのかを深く考える姿勢を持ってもらいたいと思っています。「普通」の中にこそ発見があるのですから。ゼミでも「本当にそれは当たり前なの?」「もし本当にそれが当たり前なら、それはどうしてそうなっているのだろうね?」などと随時疑問を投げかけるようにしています。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。