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新宿校レポート

新宿校担任助手の「自分史」に迫る!! 〜成城学園出身の担任助手が誕生から小学校まで語ります〜

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こんにちは! 新宿校担任助手の六本木美怜(ろっぽんぎみれい・慶應義塾大学環境情報学部 1 年・成城学園高等学校出身)です。今回も渡邉さんに引き続き、担任助手による自分史紹介リレーです。担任助手の人生を載せているのは、現在行われているポートフォリオ面談の参考にして頂きたいだけではなく、担任助手各々の人生そのものも早稲田塾の大切な歴史になっているからです。 

新宿校にはご存知の通り多様性溢れるバックグラウンドを持った担任助手が在籍しているため、無限大に広がる様々な塾生の人生に対応しており、皆様の進路指導のサポートができるよう準備しています。つまり、塾生みなさんの生きてきた人生と担任助手の人生のマッチングできる部分が少しでもあれば、それは大きな強みになります。是非この自分史紹介リレーを参考に してみて下さい。

私の場合は、現在早稲田塾新宿校で唯一、舞台俳優をやっている担任助手です。この後触れますが、演劇の他にも人生で極めて多くの芸術に触れて育ってきました。新宿校には多くの芸能や芸術に携わっている塾生がいます。今後も、その方々を初めとして多くの塾生のバ ックアップに努めて生きたいと思います。

私は東京都世田谷区に生まれました。生まれた時から今まで、引っ越しても受験して学校 が変わっても、ずっと小田急線ユーザーです。 

【幼稚園時代】 生まれてから年少が終わるまでは豪徳寺に住んでおり、千歳船橋にある幼稚園に通っていました。そこでは、スポーツの養成に力を入れており、年少から二重跳びをかなり厳しく指 導していて、運動が苦手な自分はひたすら大変だった覚えしかなく、まさに運動ができない と生きていけない過酷な世界でした。ここで、年中からはいわゆる「お受験」に合格して「成城幼稚園」に通い始めることになり、そこから僕の長い長い成城学園生活が始まります。

学校法人成城学園に付属する成城幼稚園は、幼稚園から大学までの内部進学の入り口でもあることもあり、実はかなり倍率が高 かったと言います。駅名にもなっているように成城学園前はこの学校を中心に、様々な学校 や商店で栄えている街で、自然と都会のバランスがとても良い街です。この時から今でもずっとこの町に住んでいますが、いつになっても落ち着く町です。 私は、成城幼稚園から成城学園に足を踏み入れたことが、もしかしたら今の自分を作っている大きな鍵になったのではないかと考えています。何と言っても成城学園はとにかく自由な校風で、幼い頃に芽生える個性を決して否定したりせず、とにかく伸ばす教育です。幼稚園では、牛乳パックや発泡スチロールなどの様々な材料とセロハンテープが沢山置いてあり、いつも寝る前にそこで明日は何を作ろうと考えていました。その頃好きだったヒーロ ー戦隊物の乗り物を紙パックで作ったりと、何かを組み合わせてモノができていくのが好 きだったのを覚えています。また、毎日の朝、園舎に着くと全員の先生に挨拶をするのが大 好きでした。このように、私はよくコミュニケーション能力が豊かとか、想像力があると言 って頂けるのは、成城幼稚園で自分を自由に動かしていたからだと思っています。

加えて、実は私は、三歳からクラシックバレエを習い始め小学六年生の最後まで行ってい ました。クラシックバレエを行う男子は珍しく、60 人の中に男子 1 人と行った比率のクラ スもあり、女子が多くいる環境で過ごしました。 

【初等学校時代】 幼稚園からそのまま内部進学で、成城学園初等学校に進学しました。幼稚園にも増して個性を鍛える自由教育で、「あそび」や「さんぽ」等の授業が平常的にあり、1年間で極めて 多くの宿泊行事があります。宿泊行事の中には、小学一年生から六年生までで一つの同じグ ループになり、同じ部屋で寝食を共にするというものもあり、今思うと当たり前のように行 っていたあの行事の数々で、年上が年下の面倒を見て、チームでその場を切り抜けて行くと いう教育を自然に受けていたというのが驚きです。

そして、何よりも私の人生を大きく後押し、もしこれがなかったら今の自分はいなかったとも言えるのが、日本初の学芸会で大正時代から続く伝統行事「劇の会」の存在でした。運 動会で活躍することだけが小学生は正しいと言った雰囲気が当たり前だと思っていました。しかし、この劇の会の場で自分を表現することの楽しさ、舞台の上に立って観客に何かを伝 えるってなんて素晴らしいんだと実感しました。そうして、自分のアイデンティティがここ でできました。それから、母に何度も劇団四季を始めとする様々な舞台に連れて行ってもら うようになり、その時にやっぱり舞台の上から客席を見る景色が見たいと確信しました。

【劇団四季時代】 そうして演劇に感化された私は、地元の児童劇団「大きな夢」に入ります。日々の稽古を重ねるうちに、もっと大きな舞台に立って見たいと思うようになりました。プロの舞台に立ちたいと思った私は、劇団四季が初の子役養成機関を設立するという情報を聞き、オーディ ションを受けました。オーディションは、あざみ野にある四季芸術センターにて行われ、 1000 人規模の中から 40 人ほどの劇団四季ジュニアクラス第1期生に合格し選ばれまし た。その後、養成所での半年以上の練習を終え、劇団四季ミュージカル「ドリーミング」に 出演。歌の能力が認められ、歌のソロがある役に抜擢され、自分と同じ役の中から公式 DVD のキャストにも選ばれることができました。初めて子役として、一人のプロの俳優として、 お金を払って見に来て下さっている中で、最高クオリティのものを毎回届けるという責任 感を味わうことになります。

【まとめ】 以上が、幼少期における自分史です。僕に関しては、この頃の経験が自分のアイデンティティの軸を作ったと言えます。今回久しぶりに自分史を書き出していくと、「自分ってこん な人間だったんだ。」とまた再発見することが多くありました。AO や推薦等の入試や大学 進学後の就職活動においても、「自分を知る」ということは極めて重要になってきます。

自分で書くときのポイントは、とにかく書き出す!5W1H(いつ・どこで・誰が・何を・な ぜ・どのように)を詳しく書く!です。 わからないことは、お気軽に受付のスタッフまたは担任助手までお越しください。

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六本木 美怜(ろっぽんぎみれい)