検察審査会って何?
民主党の小沢一郎幹事長の、資金管理団体をめぐる政治資金規正法違反事件は、09年2月、東京地方検察庁が嫌疑不十分で不起訴(裁判にかけない)とした。これに対して、小沢氏の違反を告発していた東京都内の市民団体は不起訴を不服とし、東京の検察審査会へ「起訴相当」の議決を求める申立書を出して受理された。このニュースが大きな話題となり得るのは、検察審査会法が改正され、09年5月以降その議決が拘束力を持つようになったのが大きい。
日本の検察制度は、原則として起訴独占主義を取っている。つまり被疑者を刑事裁判にかけるかかけないかは、すべて検察官が決める。その判断もまた検察官に委ねられる。例外はこれまで一つしかなかった。それは「付審判手続」で、公務員の職権濫用罪で可能性がある。
検察官も公務員である。これは、検察官自身や、多くの場合に検察官と連動して捜査に当たる警察官、または裁判官が、法の定めを超えた乱暴な捜査や取り調べ、訴訟指揮を行った(職権濫用)としても、それを見逃しがちになる危険性を防ぐための手続きだ。いわば身内ゆえ、起訴するかしないかの判断が甘くならないようにする発想に基づく。具体的には、職権濫用罪で警察官や検察官などを告訴(訴えた本人が被害者側)または告発(被疑者と被害者のどちらでもない第三者が行う)し、検察が不起訴を決めたのを不服とした場合に、告訴・告発人は起訴を求める請求を検察に行える。検察が再度検討して「やはり不起訴だ」と決めても、その理由や証拠を裁判所へ提出しなければならない。それを検討した裁判所が「起訴に値する理由がある」と認めた場合、起訴される。検察の意思と関わりなく起訴があり得る例外である。
ここに前述のように09年から新たに加わったのが、検察審査会による起訴決定である。
検察審査会自体は1948年から存在した。手続きは付審判手続と似ているものの、職権濫用罪に限らない点が異なる。市民11人で構成され、08年5月から始動した裁判員制度とも似通る。というよりも裁判員制度の先輩といった方が近い。
検察審査会は検察官に必要があれば、要求して資料などを提出させる。そして検察が不起訴とした事案について、「不起訴相当」つまり是認するか、「起訴相当」つまり否定するかを決定する。その中間が「不起訴不当」である。「起訴相当」は検察の決定を覆す重大な判断なので、過半数(6人)でなく8人の賛同が必要だ。
ただしこの「起訴相当」決定はこれまで、それがあるゆえに起訴しなければならないという性質ではなかった。あえていえば参考にすぎなかった。それが09年から変わったのである。
変更点は以下の通り。
まず1度目の「起訴相当」が出て検察が再捜査などで吟味した結果、やはり不起訴と判断したとする。これまではそれで終わりだった。しかし09年からは2度目の審査を行う。その結果がやはり「起訴相当」となったら、強制的に起訴されるのである。この場合の公判維持は、検察官でなく裁判所が指定した弁護士によってなされる。
このような検察審査会の権限強化は、裁判員制度と同じく市民の感覚を司法に取り入れる司法制度改革の一環として決まった。したがって期待する向きがある一方で、裁判員制度と同じく冤罪(ぬれぎぬ)を生む危険性があると心配する声もある。
実は、1948年の検察審査会誕生の背景には「東京地検特捜部って何?」(http://www.wasedajuku.com/wasemaga/bando/2010/02/post_56.html)で紹介した、「地方検察官を選挙で選ぶ公選制まで発想された」件と関わり合いがありそうである。結局そうはならなかったものの、代わりにアメリカの連邦大陪審に似た制度である、審査会を設けたという関連性だ。ちなみに「大陪審」「小陪審」とは陪審員の数で大小を言い当てているだけで権限の大小ではない。大陪審は「起訴するかしないか」を決める起訴陪審で、小陪審は「有罪か無罪か」を決める。この小陪審が裁判員制度の下地の一部であるのを考え合わせても、やはり2つの制度には関連性があるといえる。









