日本銀行の金融政策(1)
近年の日銀の政策を考える基点は「1990年8月」である。その時何があったのか。
90年1月にバブル景気が崩壊した……といっても、90年の時点では1月に好景気が終わったかどうかわからなかった。バブル景気は、土地や株に資金が流れ込んで猛烈に値上がった現象を中心とする。持っている土地や株が上がるので、個人は気前よく消費し、企業も売れるとわかっているから設備を充実させ、多くを雇い、製品やサービスを高めの値付けで提供する。結果として物価は上がる。
また値上がりするとわかっていれば、借金して土地や株を買っても「購入価格+利息」よりも売却価格の方が上回るので、借金もいとわなくなった。
日本銀行(日銀)は、この状況を心配した。というのも好景気は必ず終わるから、行き過ぎを抑えないと反動が大きい。日銀は1882年の設立以来「唯一の発券銀行」である。紙幣(日本銀行券)は日銀しか刷れない。そこで日銀は、銀行など金融機関に貸し出す利息(政策金利)を上げ続けて(利上げ)沈静化に努めた。
金融機関は、日銀の付けた金利以上で主に企業に貸さないと利益が出ないので、利上げは貸し出し(借りる側からは借金)をためらわせる要因になる。結果として日本中に出回る紙幣は減り、紙幣が減れば物価が下がる。90年1月を過ぎても好景気が続行しているとみた日銀は一時期、金利を6%台まで上げた。ちなみに2010年5月段階では0.1%だからいかに引き上げたかがわかる。
こうした日銀の行為を金融政策と呼ぶ。
景気は果たして予想通り、8月ごろからは明らかに下降し始めた。歯車はすべて逆回転する。企業が新たに作った設備は不要になり、社員は余り、「購入価格+利息」が売却価格を上回るので借金が返せないとの「平成不況」に突入した。歯車が逆回転し出せば日銀も当然、逆の政策すなわち利下げに走る。
問題は、この反動が日銀のみならず皆の予想を超えた点だ。景気減速ではなく不景気となり、物価が上がらないどころか下がり出した。デフレーション(デフレ)の到来である。
企業が作って売っているモノやサービスの価格が下がると企業側が困る。それでも売れなければ下げるので利益は少なくなる。だから社員の給料を下げたり辞めてもらったりして、小さな利益でもやっていけるようにする。
クビになったり給料が下がった人は、今までより質素な生活をせざるを得ないので、以前より安物でしのごうとする。すると価格はさらに下がり、給料はさらに下がり……の悪循環を招く。将来も不安になるから、買い物に充てていたカネを預貯金して備えようとも考える。こんな悪循環が続けば企業もいずれつぶれてしまう。それだけは避けたいので、何とか突破口を見つけるまでのつなぎ資金を、銀行など金融機関から借りるしかない。
しかし金融機関も商売だから、1万円を貸して1万円が戻ってくるだけでは成り立たない。いくらかの利息を乗っけて返してもらう。でも利息が高ければ会社は怖くて借りられない。でも借りないと倒産する。だから日銀は金融機関に貸す金利を下げ、それでも悪循環が断ち切れないので、99年2月からはついにそれをゼロにした。これがゼロ金利政策だ。実は日銀自身も企業なので、ゼロ金利は「私のもうけはゼロ」を覚悟した非常事態だった。
ところがそれでも悪循環はやまない。低金利の金さえ、業績の悪化した企業は借りられないか借りたくないほどの状態に陥っており、金融機関もそんな企業には利息ゼロでも貸したくない。いくら金利がないに等しくても企業が倒産したら、元本(貸した金額そのもの)が戻ってこないので。そこで01年3月から量的緩和に踏み込んだ。
量的緩和とは、日銀が刷った数十兆円というお札を金融機関にムリヤリ押しつける政策といっていい。ゼロ金利がタダで料理を振る舞うと例えれば、「異常2」は嫌がる客(金融機関)の口に強引に料理(お札)を突っ込むような行為である。この料理にあたるのが「当座預金残高」だ。
ゼロ金利でも貸したがらない金融機関も、口に突っ込まれれば消化しないわけにはいかないので、何が何でも借り主の企業をみつけて貸し込むはずだとの作戦だ。借りたくない会社に借りさせる場合はゼロ金利時代よりさらに低金利で貸すことになる。いわば押し売りのように融資を受けた企業も、借りた以上は使い道を考えざるを得ず、渋々ながら新規事業を始めたり、広告費を増やしたり、人を雇ったりするはず、と。
その成果……かどうか、今のところ不明だが、06年頃になってとりあえず消費者物価指数がプラスに転じた。これを「デフレの状態ではなくなってきた」と日銀は判断して、まず「口に突っ込む作戦」は止め、次いで「私のもうけはゼロ」もやめて7月に0.25%とし、07年2月には0.5%まで引き上げた。
ところが08年9月の「リーマン・ショック」による世界的な金融不安が生じて、日銀の政策は再転換を余儀なくされる。翌10月に 0.3%まで引き下げて緩和をはかったものの、市場の衝撃は予想をはるかに超えており、わずか2ヶ月後に 0.1%まで下げて現在に至る。









