政府と原子力安全委員会と原子力安全・保安院と東京電力と……何を信じればいいのだ
少々長いタイトルになった。福島第一原子力発電所の事故そのものと与える影響について、この4者がバラバラに発言して、しかも最近になって、そのどの発表とも異なる過酷な状況が発生当初からあり、放射能汚染も予想外に広がっているとわかってきた。いったい誰、または何を信じたらいいのか。
①政府……発生当初は政府の広報担当でもある枝野幸男官房長官の姿が目立った。「直ちに人体に影響を与える値ではない」との発言が批判されたのは記憶に新しい。政府内に原発に関わる役割を果たすのは
・文部科学省
・経済産業省
・内閣府原子力安全委員会
と3つもある。「直ちに……」発言は文部科学省の調査結果に対する返答である。何で学校行政をやっている文部科学省が原発に関わるのかというと、2001年の省庁再編の際に、原子力政策を担っていた旧科学技術庁と合併した名残といえる。再編にあたり、旧科学技術庁は事務機能を原子力安全委員会に移管、推進は経済産業省に任せ、その他の任務を引き継いだ。
したがって官房長官は、これら政府組織の総合調整にも当たり、さらに原発を所有する東京電力の情報も加味し、政府としての見解を述べるという超人的な役割を果たさざるを得なかった。
②内閣府原子力安全委員会
国家行政組織法第8条等に基づく審議会で、委員5人は首相から任命され約100人のスタッフを持つ。原子力の安全に関わる案件を首相に勧告する権限や、原発の規制を行う原子力安全・保安院を審査できる。位置づけとしたら原発の安全を担うトップ組織となるが、問題も多い。
・直接規制する力がない。それはあくまでも原子力安全・保安院である
・行政委員会ではない。
代表的な行政委員会は公正取引委員会や国家公安委員会など。これになると独立した権限で規制するのが可能である。しかしそうではないため結局は首相への「助言」や規制当局(原子力安全・保安院)の行き過ぎがないかどうか「見守る」ぐらいしかできない。
③原子力安全・保安院
では電力会社を直接規制できる原子力安全・保安院が大活躍すればいいはずなのだが、立ち位置自体が矛盾をはらんでいるとの問題がかねがね指摘される。
原子力安全・保安院は経済産業省の外局である。もう少し正確にいうと、外局は資源エネルギー庁で、その「特別な機関」だ。少なくとも形式上は資源エネルギー庁の下部組織である。資源エネルギー庁およびその上部の経済産業省は基本的に原発推進の立場を取る。つまり原子力安全・保安院が原発について厳しい規制を敷いたり審査したりすると、ボスである経済産業省や資源エネルギー庁の立場(原発推進)と利害相反しかねない。
例えば保安院の記者会見を一手に引き受けている「原子力安全・保安院の西山英彦審議官」は、かなりの人が「原子力安全・保安院の偉い人」と思っているだろう。しかし西山氏は偉い人どころか原子力安全・保安院の職員ですらない。経済産業省の審議官である。
人材難との指摘もある。『毎日新聞』2011年4月6日付によると
保安院は地方の検査官や事務職も含めて約790人の職員を抱えるが、大学院などで原子力工学を学んだ人材がそろう電力会社や原発メーカーに比べれば層が薄い。「電力会社から専門知識を学ぶ検査官もおり、教え子が教師を監督するようなもの」(経産省幹部)との指摘もあった
という。
④東京電力
広域の独占業務が認められている民間企業という、電力会社以外考えられない奇妙な形態である。国から独占を許可されて安定した収益を上げられるので、国に逆らうというのも難しい。1955年の原子力基本法成立以降、原発推進は国策として行われた。原発は安全面の整備など新設に多額の費用がかかるものの、多くの電力(電力会社の商品)を不断に生み出し、使えば使うほど、言い換えれば古くなるほど初期費用を上回る利益を出し続けられる。しかし古くなると危険という当たり前な事実があった。それを「安全神話」で覆い隠してきた面がある。
要するに原発の安全性チェックには、電力会社の上に原子力安全・保安院があり、さらに原子力安全委員会の審査がという二重チェック体制があったにも関わらず、上記のような理由で十分に機能せず、福島第一原発の事故のような大惨事を招いてしまった。したがって現在、推進側の経産省から原子力安全・保安院を切り離し、さらに原子力安全委員会と統合して強い権限のある独立した組織を作ろうとの機運が生まれている。アメリカの原子力規制委員会(NRC)がモデルの1つとされる。その場合は少なくとも、行政委員会レベルの権限は必要だ。司法権に近い権限も与えないと絵に描いたもちになる恐れも大きい。









