國井貴史 (くにいたかふみ)
- 第30期生
──[将来の<夢>]スポーツ事業に携わりたい
子どものころから、スポーツ観戦が大好き。最初に見はじめたのは相撲で、小1ですでに幕内力士の名前は、難しい漢字でもすべて読めました。水泳、サッカーは自分でもプレーしています。早稲田大学を志望した理由は単純で、早大はあらゆるスポーツが強いから(笑)。将来はスポーツに関わる仕事をしたい。スポーツマネージメントや大会運営、企業スポーツを支えるなど、夢は膨らみます。
──[僕の<ハイスクールライフ>] どんな科目も興味津々で、評定平均4.9
どんな科目でも、授業を受けていると興味が湧いてくる。受験では文系を選択しましたが、分野にとらわれず、授業には集中しました。数学も好きだったし、生物の授業を聞いていると「なるほどなぁ」と納得。受験には関係ないかもしれないけれど、将来一番役立つのは、家庭科や保健体育なんじゃないかな(笑)。どんなことであれ、知っていて損はない。定期テスト直前以外は、家で勉強した記憶はあまりないけれど、学年でトップ20には、いつも入っていた。評点平均は 4.9。おかげで、指定校制推薦の必要基準をクリアできました。

──[僕の<受験ストーリー>] 早大への思いを小論文に込めて……
校内選考は「スポーツと経済の関係」というテーマで小論文を書き、通過できた。その後、「なぜ早稲田大学の政治経済学部に入りたいのか」というテーマで、 4000字の小論文を10月中旬に大学に提出。校内選考に提出したものを基盤にして、スポーツと政治、経済とのかかわりを書きました。
政治問題では1998年、サッカーW杯で優勝したフランスを例に挙げ、フランスが抱える人種問題に関し、サッカーによって仏国内の異民族間の対立感情が融和されていった点に着目。経済問題では北京オリンピックを例にとり、経済的波及効果と国の発展を論点に。さらに同じキャンパスに複数の学部が共存して密に交流する早稲田の良さをあげ、最後に同大のスポーツが盛んで、自分が学ぶべきことがすべてそろっている、と締めくくった。
11月中旬に面接があり、そこで志望理由に関する質問を受けました。「野球でもアメフトでもバスケットでもなく、なぜサッカーがこれだけ全世界的に広がりを見せているのか」など、予期していた以上に変化球が飛んできた。ルールのわかりやすさや、プレー上の安全性などを挙げてましたが、これでいいのかな? と内心アセリも……。無事合格できたので、結果オーライですが(笑)。
──[私を支えてくれた<先生>] 「わからないことが問題じゃない」と現代文講師
高2の4月から高3までお世話になった「ハイレベル現代文」の講師には、勉強はもちろん、人間的にも大きな影響を受けました。まず授業のやり方から違い、塾生主体で行われる。予習が前提で、授業で答え合わせ。そして一人ひとりの間違いに対して、なぜ間違えたのか、ということを巡って、解説がなされる。
高2のある日の授業で、皆がある一文で止まった。その文章の意味が、どうしてもわからない。他の文章との関連から読み解こうとしても、関連性が見えない。それをトコトン生徒に考えさせ、分析させる。3週間を費やし、やっと一人の生徒が読み解いた。その講師はいつも言うんです。「わからないことが問題なんじゃない。わかったフリをして、素通りすることが一番危険なんだ」。この出来事で、物事に対する考え方が根本から変わりました。今でも、その教えは体にしみこんでいます。

──[後輩への<ひと言>] 偏差値ではなく、「行きたい」で選ぼう
偏差値で大学を選ばないで欲しい。自分が行きたい大学こそが、一番いい大学です。僕自身が、そうだった。評点平均の良さから国公立大も勧められたけれど、早稲田こそが、行きたい大学。だから、選びました。
逆もしかり。たとえ自分の成績が、現時点では足りていなくても、自分が行きたい場所を目指すべき。入ってから後悔してほしくないから。
また、受験に使わないからといって、簡単に科目を切り捨てないで欲しい。いろいろなことに興味をもつと、将来が広がってくる。それが結果的に、受験や推薦の際に役立ちます。
私の「海城高校自慢」
生徒同士仲が良くて、学校の雰囲気がいい。2日にわたって行われる文化祭は、うちの華。全校生徒が力を入れてやります。外部からのお客さんも多数で、地域で人気。締めくくりには花火大会が開催され、見応えがあります。学校は新大久保にあるので交通の便がよく、高田馬場にも新宿にも、1駅で出られて便利でした。
私の「早稲田大学 政治経済学部 現役合格アイテム」
早稲田大のケータイストラップ
大学対抗箱根駅伝の専門ショップが箱根にあり、旅のついでに買ってきました。ケータイはいつも持ち歩くから、身につけていられるし、これを見ていると勉強のことを忘れて、スポーツに思いを馳せられる。面接を待っているときなど、気持ちがアセってきたら、このストラップを見て、平常心を取り戻していました。
















