鈴木葉月 (すずきはづき)
- 第31期生
──[私の<ハイスクールライフ>]壁が高いほど燃え、書道とサーフィンに夢中
もともと何かをやるとなると、どんな壁でも乗り越えて必死にやり遂げる性格で。4歳からはじめた書道は、高3で教授師範免許を取得しました。これは、全国高校生のうち30人前後しか持っていないんです。また、ずっと海が大好きで、サーフィンに興味があったのですが、周りには誰も経験者がいない……。高1の夏、一人でサーフショップに飛び込んで、いきなり「私にサーフィンを教えてください」と切り出した(笑)。そこからはじまったサーフィンの日々。真冬もウェットスーツを着て、手足をカチカチにさせながら波乗りをやっています。
──[大学・学部を選んだ<理由>] 「平和のシンボル」建造のために学ぶ
将来なりたい職業は建築家。でも、建築系の学部・学科に進むという道は、ちょっと違うと思った。建物は、住む・働くなどの機能だけが、すべてではない。建物を通じて、社会的貢献の可能性を追求したいと考えています。
高2のとき、新宿に突如として繭の形をした“コクーンタワー”が現れました。本来直線で形成されている建造物が曲線でできていて、それには私が追求してきた、書道の曲線美を思わせる芸術性や迫力があって、感動~。
巨大な摩天楼は、富やその土地のアイデンティティをシンボリックに表します。私は、平和の象徴となるような建造物を建てたい。そのためには、地域の歴史的背景を知る地域研究や、組織コミュニケーションを学ぶ必要がある。慶應義塾大学・環境情報学部こそ、こうしたことを総合して学べる場所でした。

──[タメになった<授業・カリキュラム>] 骨身にしみた「小論文は作品だ」
高3の4月から「慶應義塾小論文」を受講。この授業がなかったら、志望理由書は書けなかった。基本的な小論文の書き方と、文章の表現力を徹底的に学んだ。講師は、「何本も書けばいいっていものじゃない。一本の小論文を完璧なものにすることが大事だ」と。そして、「小論文は、一つの作品だ」とも。書道で作品を完成させることが日常的な私には、骨身にしみるように納得できる言葉でした。
──[私の<受験ストーリー>] 厳しい面接でも、夢を語れた
一次の合格から二次まで2週間弱の猶予があったので、そこを面接対策にあて、どんな厳しい質問にも、芯とポイントをぶらさず、根本に立ち返り冷静に主張できるように。
だから本番の面接で教授に突っ込まれても、「あ、来た来た、予想通り~」と(笑)。跳ね返す力は夢への情熱。サーフィンに飛び込んでいったときのように、“ド根性と行動力”フル出力で主張していきました。

──[後輩への<ひと言>] AOは勢いと情熱だ!
AOというのは、模試の合格率のように、数字では測れません。勝利を手にするには、熱意をどこまでアピールできるかにかかっている。合格するかしないか、なんて考えている暇があったら、合格した後のことを考えるくらいの勢いと情熱をもって取り組まないとダメ。そうすれば何があったって、負けません。
私の「日本大学第二高校自慢」
荻窪にあるので、新宿とか吉祥寺とかに出やすい。校庭にあるバスケやハンドボール用のマスターコートが、夏になると杉並で一番熱くなるから、目玉焼きが焼ける、とも(笑)。制服がグレーのブレザーなんで「歩く墓石」って言われたり(笑)。他校の女子には「かわいい」と言ってくれる子もいたけど……。
私の「慶應義塾大学 環境情報学部 現役合格アイテム」
福沢諭吉先生の待ちうけ画面、デジカメ
ケータイの待ちうけ画面を、福沢諭吉先生の胸像にしていました。高3の7月のオープンキャンパスでSFCに行ったときに撮ったモノ。慶應への憧れがめちゃくちゃ強かった。だから弟が「福沢諭吉」なんて呼び捨てにすると、「先生をつけなさい!」と叱りました(笑)。合格発表の際は、ケータイを握りしめながら、コンピュータを見ました。
オープンキャンパスのとき、デジカメでキャンパス内の写真を撮ってきたので、それを眺めては、自分がそこを歩いている日々を想像していました。
















