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Good Professor

寺西 俊一

寺西 俊一 教授
一橋大学
経済学部・大学院 経済学研究科

寺西 俊一(てらにし・ しゅんいち)
1951年石川県生まれ。
75年京都大学経済学部卒。80年一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。 同年一橋大学経済学部専任講師。85年同助教授。1992年同教授。98年より現職。 専門は環境経済学・環境政策論および都市経済・地域経済論。環境経済・政策学会常務理事をはじめとする学会理事ほか、日本環境会議(JEC)事務局長、『環境と公害』誌(岩波書店)編集幹事なども務める。

主な著作に、単著『地球環境問題の政治経済学』、編著『アジア環境白書1997/98』『同2000/01』(いずれも東洋経済新報社)、共著『環境経済学』、共編『環境再生』(いずれも有斐閣)など多数

経済活動や政策面から環境問題にアプローチ

緑に囲まれた一橋キャンパスは環境問題に取り組むには絶好のロケーション
緑に囲まれた一橋キャンパスは環境問題に取り組むには絶好のロケーション

環境問題が社会的な注目を浴びるようになって久しい。いまの世代が足元からグローバルなレベルまでの環境を守っていかなければ、21世紀後半には人間の生存そのものが危ぶまれる深刻な環境崩壊に至りかねないという議論がなされていることは、現役高校生のみなさんも知っていることだろう。

寺西俊一教授が一橋大学経済学部や同大学院済研究科で担当している環境経済学と環境政策論は、ずばり経済活動や政策面から環境問題にアプローチしていく学問だ。一橋大学は1980年、日本の経済学部では全国で初めて「環境経済学」の専門講座を開設したパイオニアとしての大学であり、寺西先生はそのキーパーソンだ。

経済活動と環境問題が密接に関わっていることは、身の回りを見てもわかる。たとえば、長引く不況のなかで日本の将来を担うホープともいわれる携帯電話市場を例にとってみよう。NTTドコモの時価総額(会社の規模を示す)は、株式市場に上場している全日本企業のなかで1位に踊り出たし、他社を含めた全国の携帯電話契約者数は7000万人と世界でもトップの座を占める。

この市場の発展は、各社が競って技術革新を行った結果として第2世代携帯電話から第3世代携帯電話へとモデルチェンジを重ね、ユーザーが次々と携帯を乗り換えるという消費行動に支えられている。しかし、こうした市場の著しい成長の裏で、1日7万台ものペースで携帯電話が廃棄されている現状は無視できないと寺西先生は話す。多種類の重金属を使っている携帯電話は日本では経済的にリサイクルされず、廃棄物となった携帯電話は大量に中国などに送られ、環境汚染の海外流出を引き起こしている。

しかし、日本経済の再生がこうした成長産業の発展にかかっていることを考えれば、単に「無駄はいけない」という一言で事が済まされるほど、事態は簡単ではない。「経済の『量的成長』より『質的成長』に焦点を当てていくパラダイムシフトが必要」と寺西先生は言う。そのためには、

(1)使用後はすべて回収することを前提とした販売・流通システムを作る
(2)モノそのものではなくサービスや機能を売ることによって成り立つ経済や経営に転換していく

といった新しいサービス経済化への転換が必要なのだ。 「ヨーロッパではすでにモノを作った生産者が責任を持ってリサイクルするという拡大生産者責任(Extended Producer Responsibility:EPR)のルールが広がっています。これが日本でも避けられなくなってくるのは時間の問題でしょう」と寺西先生。また、企業側も携帯電話などの「製品」は単なる器であり、大切なのは中身 ― つまりそれが提供する「サービス」や「機能」の質であるという経営理念を前提にするようになるべきだという。たとえば、ビール会社は以前からビンそのものは売らずに中身のビールだけを売っているが、こうした考え方は今後別の産業にも普及していくだろう。反対に、そうでない企業はこれからの環境配慮が重視される市場の競争から脱落していくことになるかもしれない。

70年代経済学への疑問からライフワークへ

さて、いまでこそ脚光を浴びている環境経済学だが、その歴史はまだまだ浅い。日本で公害の問題がクローズアップされるようになったのは60年代後半になってからで、戦後の高度経済成長のツケともいえる水俣病・イタイイタイ病などの公害病の実態とそれらの加害責任を厳しく問う裁判が争われた。

当時、寺西先生は経済学部の学生だったが、「伝統的な経済学という学問は、それらの公害裁判にはほとんど無関心だった」と振り返る。しかし、チッソという一民間企業の経済活動が水俣病の悲劇を生み出したことを考えれば、公害を生み出すような企業活動のあり方やそれを規定している経済社会の仕組みをめぐる問題は、経済学という学問が本来係わるべき最大の課題の一つではないかと考えた。公害や環境をめぐる問題を経済学のテーマとしてどう考えていけばよいか、それらの解決に役に立つような経済学の理論や政策論をどう組み立てていけばよいか、それが、その後の寺西先生のライフワークとなった。

バブル経済のツケは財政だけではない

日本は60年代、汚染物質を大量に使い大量に排出する汚染集中型産業を軸に高度成長を果たした。当時、国の法規制が緩かったため、公害への取り組みは地方自治体の条例や企業との公害防止協定という形で進んだ。その積み重ねが全国的な動きとなり、70年の「公害国会」で公害対策等関係法14法が一挙に成立し、ようやく先進国並みの公害対策の体制が整った。しかし、せっかく盛り上がった世論も73年のオイルショックで一気にひっくり 返る。経済の不況を理由にして、環境保全への取り組みは停滞していく。

さらに、78年の第2次オイルショックは世界同時不況につながり、国際社会で当時はまだ成長を続けていた日本が「世界の景気の機関車役を果たすべき」というということで、内需拡大論による大型の公共事業が次々と進められた。それに80年代のバブル経済が追い重なった。当時の「都市ルネッサンス」論による大規模な都市再開発や地方でのリゾート開発などが乱発し、環境破壊が全国的に広がっていった。時を同じくして、このころからODA援助も拡大され、アジアにも同様の開発プロジェクトが広がった。その結果、日本発の環境破壊は国境を越えることになる。「環境破壊を海外にまでも広めたうえ、財政的にも『大判ぶるまい』のツケがまわり、日本はあっという間に600兆円もの財政赤字大国になった。80年代は、まさに環境破壊と財政破綻を構造的に生み出す10年だった」と寺西先生は言う。

環境経済学は危機意識から発展する学問

では、21世紀を迎え、これからの経済と環境の関わりはどうなっていくのだろうか?

「もし、このまま事態を食い止められずに容認もしくは追認していくことになれば、21世紀の後半には地球規模の環境崩壊・カタストロフィーに直面せざるを得ない」と先生は断言する。そして、「こうしたクリティカルな転換期であるからこそ、若い学生には問題意識を持って取り組んで欲しい」と、熱く語ってくれた。
基本的に、環境経済学は経済学の理論的検討や政策論的検討が中心となる。しかし先生の講義では、できるだけ具体的な現実や動向を重視しているという。たとえば実際に環境問題の現場に関わっている人々をゲストに呼び、現場の生の声を聞けるような機会もつくっている。そこには新たな発見や緊張感があり、学生たちの評判もよい。

一橋大学はゼミ中心主義を伝統としていることもあり、寺西先生の精力もゼミに大きなウェートが注がれている。年に1回はゼミ合宿を行い、また他大学(京都大学・慶應義塾大学・中央大学などの)同系統のゼミとの「交歓セミナー」を毎年実施し、ゼミ共同論文の作成と発表にも力を入れている。

先の見えないニッポン経済と環境問題に危機意識をもつジュッカーズにとって、これ以上に知的好奇心を刺激する先生はいないのでは?

こんな生徒に来てほしい

好奇心が旺盛で、できればヒューマニズムの精神に溢れる学生を歓迎します。受験勉強はもちろん大学入学までに見てきたことや体験してきたことは、とても狭い範囲のことでしかありません。いつも外に関心を広げ、足元から世界各地や将来世代の人々のことに目を向けてほしいと思います。重要なテーマは私たちの外側や未来の世界にたくさん広がっています。

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