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Good Professor

藤田 祐幸

藤田 祐幸 助教授
慶應義塾大学
法学部

藤田 祐幸(ふじた・ゆうこう)
1942年生まれ。66年、東京都立大学物理学科卒。72年、東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了。72年より慶応義塾大学法学部教員、現在助教授。専攻領域は、エントロピー論および科学哲学。主要著作としては『エントロピー』(現代書館・85年)、 『ポストチェルノヴイリを生きるために』(お茶の水書房・88年)、 『知られざる原発被曝労働』(岩波書店・96年)、『脱原発のエネルギー計画』(高文研・96年)ほか多数

夢だけでなくリスクも科学は語るべき

慶應義塾大学の日吉キャンパスで「藤田先生の物理学」といえば、文系の学生の間でも非常に有名だ。まさに初めて「学問」に出会い、学問の「面白さ」と「厳しさ」を共通体験させてくれる凄腕の先生だからである。

日吉キャンパスに通う多くの学生にとって、「学問をすること」は初めての体験だ。「学問をすること」は与えられたものを理解して覚える勉強ではなく、与えられたものが本当に正しいのかどうかを疑うところから始まる。そして、藤田先生の語る科学の真髄を聞くことで、「学問をすること」の意味に学生は初めて気づく。それは、自分はどう生きるかという指針や選択肢を初めて手にするということだ。

教壇の上での藤田先生は、特に初回授業には驚くほど挑戦的だ。熱心な先生の声は自然と大きくなり、生徒は頭の中の天と地をひっくり返され、自分の中の基準を失うまいと、今まで信じてきた「世間」「常識」を後ろ盾に必死に先生に立ち向かう。学生は、口々に「先生の言っていることは間違っています!」「そんな事実は聞いたことがありません!」などと叫ぶ。

余裕の先生は、次々といろいろなデータを示し、「もっとよく自分で考えてみなさい」と追い討ちをかける。たちまち教室は大混乱だ。しかし、これはあくまでも先生の手の内。この怒りと不安が原動力と契機になり、既存の物事を初めて「疑う」必要性に学生たちは駆られるようになる。「いったい全体、何が正しいのか?」「何を信じればいいのか?!」

先生がこのような学問へのとば口を開いてくれるのは、主に物理、とくに原子力発電や環境負荷問題である。「昔は、反原発というだけで一律に過激派・左翼とされてね。内容ではなく、表面的な物事だけで批判されたものですよ」。そう語る先生が所属・支援する市民団体は数知れないほど多い。

教壇から降りた後の先生は、いつも穏やかだ。「私には、一物理学者として科学研究への夢だけではなく、科学に伴うリスクを語る責任があります。同じ科学者の犯してきた過ちを見過ごし、隠すこと、それに無関心でいることは、人の幸福を実現しようとする科学そのものに対する冒涜(ぼうとく)です。それを市民・学生に伝えていく、そのために、私は市民や生活の中に根差した研究者という重要な役割を担っているつもりです」。ここで言う科学者の犯した過ちとは、代表的なものとして、人々の中に誤った原子力ドリーム像を植え付けたことがあるという。

当に原発しか選択肢はないのか?

ゼミ生となべを囲んで語らうひととき
ゼミ生となべを囲んで語らうひととき

原発反対などというと、「じゃあ、あなたは携帯電話も何もかもあきらめて原始的な生活に戻れというのか」といった反論がすぐに浮かぶだろう。しかしこれは、問題の本質を見ないまま反原発を唱える人々に過激派のレッテルを貼った一昔前の原発推進論者と変わり映えがしない。マスコミなどでも十年一日のごとく「原発は危険か安全か」といったことがテーマとなるが、これもまた本質的な議論ではないという。問題の本質は、原発の持つリスクと人間が共存する必要があるのか、原発のリスクと人間が共存することを誰が望んでいるのかという点をこれまでまともに議論しないできたことにあるのだ。

原発のリスクには大きく二つあるという。一つ目は、原発が事故を起こせばその地域一帯が壊滅的な放射能汚染に晒されること。事故の絶対起きないシステムなど科学的にはありえない。チェルノブイリ事故から約16年が経つが、事故現場一帯は日本列島の3分の1よりも広大な土地に、今も人が住むことができない状態になっている。「数十年の単位の話ではない。放射性物質の長いものは完全になくなるまで数万年もかかります。そんなにも長い間、子孫たちに罪を犯しつづけることは誰にも許されないはず」と先生は語る。

そして二つ目のリスクは、この豊かな国ニッポンにおいても、原発などで日常的に労働者が被曝の危機に晒されていること。「そんな自滅的なシステムではなく、持続的な自然の循環のなかで生きる選択肢が、我々にはまだ残されています」

原発問題は一つの例に過ぎない。自分の耳に入ってくる情報が正しいのかどうか、疑問を抱くところから学問は始まる。事実がどうなっているのか常に見極め、情報の取捨選択ができるように自らの指針を形成する努力を怠らない。それでやっと、独立して物事を考えられうる人間になれる――藤田先生が熱く学生たちに伝えようとしているものは、これに尽きる。

文系人間でも科学の過ちを発見できる

「原発は、構造的に人に対して攻撃的です。また利益を受ける人とリスクを負う人が、都市の人と田舎の人とで異なるという構造も問題です」。なぜ利益を受ける人が多く、住む都市に原発を造らないのか? そんなことを疑問に思うことから事実は見えてくるのだという。しかし、最近の学生はそんな単純な疑問さえも浮かばないことが多いとも嘆く。

「みんな想像力が欠如しているのですよ。原発の知識をもっているかどうかは問題にはならない。人としての感性さえ持っていれば、その感性と照らし合わせて考えることで、科学的な根拠がなくても間違っていることは間違っているとわかるはずなのに。『理数が苦手だから文系へ進学した。よって科学者の言うことは何でも信じる』というのは非常に卑屈な態度です」

人間らしい感性さえ取り戻せば、科学者の言っていることの真偽はわかるはずだという。「近代科学は、たかだか300年の歴史しか持ちません。しかし、詩歌や小説の持つ歴史は何千年にも及ぶ。たとえば、科学の論文には主語『私』がないことが多い。だからこそ、自身の感性に照らし合わせて、『私』はどう考えるのかを見極めなきゃ…」。先生の研究室の本棚には宮沢賢治の全集が並んでいる。

こんな生徒に来てほしい

「現実問題として、大学は受験の終点だったり、就職への通過点であったりするかもしれません。しかし、大学は学問をするところであるということだけは否定しないでほしい。そして学問を体験することで、自分はどう生きるのかという選択肢をたくさん手に入れてください。そんな過程を体験する意欲のある人、そんな学生に来てほしいですね」。

先生は、このように即答してくださった。今年も、木曜日5時限目の先生のゼミは、そんな学生たちであふれかえっている。

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