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Good Professor

上野 千鶴子

上野 千鶴子 教授
東京大学
大学院 人文社会系研究科

上野 千鶴子(うえの・ちづこ)
1948年生まれ。京都大学大学院社会学博士課程修了。平安女学院短期大学助教授、シカゴ大学人類学部客員研究員、京都精華大学助教授、ボン大学客員教授を経て、93年東京大学文学部助教授(社会学)。95年より現職。著書は『発情装置』(筑摩書房)、『差異の政治学』(岩波書店)、『ナショナリズムとジェンダー』(青土社)、『上野千鶴子が文学を社会学する』(朝日新聞社)、『サヨナラ、学校化社会』(太郎次郎社)など多数。専門はジェンダー研究と女性学。

あなたは“男らしい”男?“女らしい”女?

受験生の憧れ、東大本郷キャンパスの赤門
受験生の憧れ、東大本郷キャンパスの赤門

東京大学文学部・同大学院人文社会学系研究科教授の上野千鶴子先生の専門は、ジェンダー研究と女性学である。

「意識してなくとも、同性に話すときのあなたと異性に話すときのあなたとでは、違うのではありませんか? 社会学では『関係の定義』と呼ぶのですが、この『関係の定義』にジェンダー(性差・性別)が入り込まないことはあり得ません」

私たちは誰かと話をするとき、無意識・無自覚のうちに相手は男なのか女なのか、はたまた女装美人か、男装麗人かなどを瞬時に判定し、そのうえで対話をする。これは別に、「あの娘は男の子の前だけでいい顔をする」というような違いだけではない。

上野先生のジェンダー研究の出発点は、専業主婦をしていた母親の姿への抵抗だったそうだが、「母のように専業主婦になりたくなかったから」と聞いて、あなたが女性なら、あるいはその意味を理解したかもしれない。しかし男性なら、「なぜ?どうして?主婦って楽でいいじゃない」といった疑問が浮かんだのではないだろうか。

「同性なら、共有の前提を持つものとしてわかり合える。しかし、異性はその前提の部分から説明しなければわかってもらえない。だから相手が同性か異性かで、話の仕方が違ってくるのです」

男子高校生諸君のために説明しておこう。女性なら「専業主婦の母の姿」と聞いて、「楽そう」という以外にも、夫に仕えるという従属感、社会と接点がないという孤立感・焦燥感なども身近なものとして連想する。こうした経験には、ジェンダー論が関与してくる。 「ジェンダー研究とはひとつの分野ではなく、いろいろな分野を分析するアプローチ方法のひとつだと考えています。そして社会を構成するのが男と女なら、世の中でジェンダーの関係しない分野はないといってもいいのです」

自分の中の“カベ”を見つめることが第一歩

最近の著書『サヨナラ、学校化社会』(太郎次郎社)。上野先生の教師体験を踏まえた受験生へのメッセージ
最近の著書『サヨナラ、学校化社会』(太郎次郎社)。上野先生の教師体験を踏まえた受験生へのメッセージ

「専業主婦の母の姿」とは、イコール伝統的な"女らしい女"の典型と言える。思春期のころから上野先生は、自分が女性であるという現実と周囲の期待する"女らしい女"の役割を演じることへの抵抗感や折り合いの悪さを感じていた。

「なぜ周囲の期待にそえないのだろうと思い悩む自分自身、それが私をジェンダー研究に向かわせる"カベ"だったのです」

しかし、いまや上野先生は日本の最高学府で教鞭をとるという並大抵の男性でも手中にできない社会的成功を遂げた。自分自身のなかにあるカウンターモデル(反面教師)としての"カベ"をこれ以上ない形で越えたともいえるが、依然として性差別的な大学研究者のなかに存在する"カベ"にぶち当たることも多いという。

「生きていれば、どんな状況でも社会のあらゆる場面で"カベ"が存在します。ぶつかっていく勇気のあるなしに関わらず、もうそこに"カベ"は存在するのです。私の場合は、『気に入らない!変えていかなきゃ気がすまない!』という感じでしたけれど、社会に存在する"カベ"というものは、やみくもにぶつかって叩いても、エネルギーの無駄だし、そう簡単においそれと崩れるものではありません。それならその"カベ"はどういう仕組みでできていて、どこが弱点で、どこが限界なのか、社会学的に調査・分析したうえでぶつかっていこうと思ったわけです。とはいうものの、今でも"カベ"にぶつかりつづけていますよ」

受験という人生の岐路にさしかかっているみなさんは、周囲の期待や漠然とした不安、そして自分の生き方について悩むこともあるだろう。その悩みがジェンダーの悩みでなくとも、上野先生の"カベ"へのぶつかり方は十分参考になるのではないだろうか。

自分が人と違うということは、人が自分と違うこと

先生の最近の研究テーマは、介護問題やナショナリズム、そして暴力とジェンダーだが、以前はセクシュアリティに関する研究も多かった。

「ジェンダー研究の基本は、当事者が自らの問いを解くということ。第三者が高みから、あなたの問題はこうですよと解説するような性質のものではないのです。自分のなかに切実な問題が湧き上がってきて、それをどうにかしたいというところから出発するものですから、親の介護や自分の老後が心配になる世代になれば、20代・30代のフェロモンが豊富に出ていたころとは当然変わってきますよ。また私にとっては、1991年の慰安婦問題がそうだったのですが、世の中のニュースなどに衝撃を受け、そこから新しく視界が開けるとか、見えなかったものが見えてくることもあります。研究対象や関心は常に自分と共に動いていくもので、いまの自分に切実な問題を研究することは当然だと思います」

上野ゼミは厳しい指導で有名なのだが、それでもと志願してくる学生には、それぞれの切実な問題を取り上げるという意味で、もちろん研究テーマは自由だ。ちらりと拝見させてもらった学生・院生のテーマのなかには、『男子学生寮における同性愛……』といったようなものまであった。

「最近の男子学生には、ゲイスタディズが増えてきましたね。彼らは、自分がゲイだと認められない、認めたくない、抵抗があって人に言えない、そんな自分のなかの"カベ"と必死になって闘っている。私は男ではないので、はっきり言って理解できません。しかし、レズビアン・ゲイスタディズから新しく生まれてくる概念にハッとさせられることはあります。queer(ヘンタイ)という概念もその一つです。いわゆる差別語であるヘンタイを逆手にとって、自ら名乗ることでカテゴリーを混乱させようとしています。これはいわゆるヘンタイの概念を拡張しているからです。そうなると、ヘンタイというカテゴリーがストレート(異性愛者)にも跳ね返ってきたのですね。ジェンダーの見解というのは、ドラスティックにいま変わっています。研究していて、とてもエキサイティングなのですよ」

自分が人と違うということは、人が自分と違うことでもある。もちろん答えの出て来ない問いもあるだろうけれど、上野先生の下で探して研究してみるのはどうだろうか。自らの問いに正直に向き合いながら突き進む清々しくも優雅な上野先生にインタビューしているうちに、人間逃げてはいけない――といつしか励まされている自分に気がついた。

こんな生徒に来てほしい

学問とは、自分のなかに切実な"問い"が湧き上がるからするものです。その"問い"を持つ人にぜひ来て欲しいです。 それ以上の条件なんてありません。 そのあたりがつぶしのきく法学部や経済学部の人たちとは違っていて、社会学部に来る人は疑問を抱えながら生きている人が多く、他人とノイズを引き起こしやすい。決して人付き合いがいいとは言えない。私のゼミは、そんな東大の学生らしからぬ人たちが自分の心情を吐露し、改めて自分を見つめ直すという意味では、保健室のような意味合いもあるかもしれませんね。

学問とは、自分のなかに切実な"問い"が湧き上がるからするものです。その"問い"を持つ人にぜひ来て欲しいです。 それ以上の条件なんてありません。

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