- 舩橋 晴俊 教授
- 法政大学
社会学部 舩橋晴俊(ふなばし・はるとし)
1948年、神奈川県生まれ。76年に、東京大学大学院社会学研究科博士課程を中退。79年より法政大学社会学部に勤務。共著に『新幹線公害──高速文明の社会問題』(有斐閣)、『巨大地域開発の構想と帰結──むつ小川原開発と核燃料サイクル施設』(東京大学出版会)、『「政府の失敗」の社会学--整備新幹線建設と旧国鉄長期債務問題』(ハーベスト社)など多数。研究室のホームページも面白い。
問題を解決に導くしっかりした現地調査


- 舩橋先生の研究室がある社会学部棟。隣接する建物には、多目的スタジオなどもある
1999年、1冊の本が出版された。『新潟水俣病問題──加害と被害の社会学』(東信堂)、環境社会学を専門とする舩橋晴俊先生と東京都立大学の飯島伸子教授の共著である。この本にまとめられた現地調査について、先生は次のように語っている。
「工場排水の水銀を原因とする新潟水俣病が、社会的に知られるようになったのは1965年でした。飯島さんと私の研究室の合同チームが、現地調査を行ったのが、91年と92年です。つまり発生から26年が経っていました。にもかかわらず、『まともに社会科学のグループが研究に来たのは、みなさんが初めてだ』と言われたのです」
間違えてはいけない。「社会学のグループが」ではないのだ。経済学・法律学・社会学・行政学・経営学・政治学を代表的な分野とする「社会科学」の現地調査が、初めてだったというのである。そして病気が確認されてから34年、先生は社会科学の研究者として初めて本をまとめ、新潟水俣病問題にメスを入れることになったのである。
「荒っぽい言い方ですが、現地に踏み込み、現地調査を丹念にやろうという基本的な構えを持っている研究者が少なすぎると思います」
静かな語り口、誇張した表現もなく先生は淡々と事実を語った。だが、その言葉は重く響く。じつは先生が社会科学の研究者として先陣を切ったのは、新潟水俣病だけではない。石油コンビナートの建設計画の頓挫から核燃料サイクル施設建設へとつながっていった青森県のむつ・小川開発。あるいは名古屋の新幹線公害問題。この2つの問題について社会学の研究書に初めて手をつけたのも、先生たちの研究グループだった。
もし、自分が公害に巻き込まれたらどうだろう。いきなり自分の家の数メートル横に、新幹線の線路ができる計画が持ち上がっていることが判明した。あるいは自分が住んでいる地区で、原因不明の病気が流行りだした。そのとき社会科学系の研究者が、自分を救ってくれると考えるだろうか?残念ながら、そんなイメージはない。しかし舩橋先生のような人がもっといれば、状況は変わるかもしれない。
「名古屋の新幹線公害の研究をし始めたのが、30代初めでした。まだ若造でしたから、これはもういろいろな人が調査してしまったのではないかと思ったら、社会科学全般を含めて誰もやっていなかったのです。驚きました」
「新幹線公害にしても、住民全体の生活をどう破壊しているかは、一人ひとりに会い、事実を掘り起こしてみないとわかりません。赤ちゃんや病人がいる家もあり、夜勤をしている人も受験生もいるわけです。新幹線が昼間に通るだけで、そうしたみんなが打撃を被ります。そういった痛みや悩みは、大学にこもって抽象的な数字を見ていたってわかりません」
こうした問題は、普通の生活をしている人にいきなり降りかかる。しかも被害者は、ときに事実を隠さざるを得ない状況に追い込まれる。病気への偏見が強かった水俣病やエイズなどが、その典型だろう。そのうえ、被害者の存在を行政はなかなか認めようとしない。一般市民が漏らす苦悩の声は、どこにも届かないのだ。
結局、被害者が自らを救済するためには、実態を把握し、行政などに状況の改善を要求し、運動を起こし、裁判で闘わなければいけなくなる。そのとき精密な現地調査を実施する専門家が、どうしても必要なことに気づく。詳細な証拠を突きつけなければ、事態はいっこうに改善しないからだ。
「まず被害を明らかにする。これが被害論です。次に原因の解明や加害のメカニズムを解明しなければなりません。これが加害論。そして、どう解決していくのかを政策と市民運動から考える。これが解決論です。環境社会学は、この3つを全てやらなければならないのです」
先生の研究は、「研究」だけに終わらない。被害者を救済し、社会を改善する行動も視野に入れている。この静かで力強い先生の言葉が、深く印象に残った。
毎年教育方法が改善されるゼミ

- 社会学部の校舎が連なる一画には、バスケットができるセンタープラザがある。昼休みだったので、多くの学生が汗を流してプレーしていた

- 先生が書いた本を読むと、なぜ環境問題の解決に研究者が必要なのかがわかってくる
実は先生が必死に打ち込んできたのは、研究だけではない。学生の教育にも、なみなみならぬ情熱を注いでいる。ベストのゼミや授業を求め、研究方法のトレーニングと古典の精読を柱に、毎年、改善を重ねている。学生が自主的に行うサブゼミと、週1回のゼミに、ゼミ生12人が誰一人として1回も休まない学年もあったという。
学生に対しては、知識の習得としての「勉強」ではなく、問題を設定し、それを解明するという意味での「研究」をすることを求めている。ゼミ生は、その成果を年度末に論文としてまとめる。
2・3・4年次の3年間で、3本の論文を書くわけである。とりわけ3年次では研究室としての社会調査を行い、論文集という形で調査報告書を作成し、年度末には、公開の研究発表会も行っている。
いつか私たちは思うかもしれない。万が一、公害をはじめとする環境問題が起こったら、社会学の専門家に相談しようと。
こんな生徒に来てほしい
学生からは厳しいゼミとも言われているようですが、大学のゼミとして学生が「これこそ大学の授業だ」と納得できるものを作ろうと努力してきました。
ゼミを通して自分の才能を伸ばす機会に果敢にチャレンジしたい人。危機的な地球環境を改善したいと思っている学生に学んでほしいと思っています。










