- 稲増 龍夫 教授
- 法政大学
社会学部 稲増 龍夫(いなます・たつお)教授
1952年生まれ。東京大学文学部社会学科卒、東京大学大学院社会学研究科修士課程修了。著書には『パンドラのメディア―テレビは時代をどう変えたのか』(筑摩書房)、『アイドル工学』(筑摩書房)、『フリッパーズ・テレビ―TV文化の近未来形』(筑摩書房)など多数。
ネット社会を理解し,ポップメディアにこだわる

- 社会科学部の紹介ビデオのオープニングシーン。音楽に合わせて平面が立体に変わるシーンはカッコイイ
現在、この国の社会関係がかつてないほど変わってきているのを知っているだろうか? 家族や学校・会社など従来の社会関係が崩壊するのと並行して、これまでなかった新しい社会関係が生まれつつある。
「インターネットによって、世界が瞬時に接続されるようになりました。いまや全世界で2億人余の人間がダイレクトにつながっています。民族・国家・宗教などこれまでの枠をすべて取っぱらって個人と個人が結びついているのです」
「しかも、個人が2億人を対象にメッセージを送ることもできる。つまり、従来の社会関係が崩れる一方で、バラバラになった個人がネットを介してつながってきています。インターネットが普及する以前なら一生出会うことのなかった人たちが、ネットでは当たり前に交流しているのですから」
日本におけるメディア論の第一人者である稲増龍夫先生は、現状をそのように説明してくれた。
たしかにインターネットは、学校や地域に関係なく未知な人と人とをリンクさせることができる。WEBページでおいしい店の情報を呼びかければ、日本全国からメールが届く。深刻な犯罪事件も多発しているが、まじめに出会い系のサイトに登録すれば接点のなかった人と知り合うことも可能になった。
こうした新しい社会関係はインターネットだけにとどまらない。同じようなダイナミックな変化がさまざまな国際情勢にも現われているという。
「かつてSFが描いた未来社会においては中心のマザーコンピュータが暴走して人間を支配することになっていました。ところが、インターネットは逆なんですよ。ネットワークがどんどん分散していって、どこにも中心がありません。誰も管理していない」
「こうした変化は世界観も変えました。かつては、世界には国連、1つひとつの国家には政府という中心がありました。どの組織にも中心の機関があって、それが支配しているわけです。支配という言葉が悪ければ、管理といってもいいでしょう。だから、文明化された時代以降のこれまでの戦争は国家間で起こりました」
「ところがインターネットに代表される新たな世界観では、中心のない敵が攻撃してきます。国家をもたないテロリストですね。どこからから出てきて防ぎようもない点も、増殖するインターネットの情報空間と一致しています」
もちろん中心がなくなれば、権力や階級も力を失っていくことになる。実際、インターネットで影響力をもつのはもはや肩書ではない。1日2000万アクセスを誇る巨大掲示板「2ちゃんねる」では、根拠のないうわさや誰かの面白い思いつきが社会的に影響を持つまでになった。
2003年、プロ野球において奇妙な出来事で論争になったことを覚えているだろうか。故障中で一軍登板のない中日の川崎憲次郎投手をオールスターに出場させようというある2ちゃんねる投稿者の思いつきは、瞬く間に支持を得て、彼をファン投票1位に押し上げてしまったのだ。
「これまで社会に影響を与えてきたのはエリートでした。野党といったってエリートですから。文化人も評論家もエリートでしょ。でもインターネットは、エリートではない一般人の思いつきで社会を変えられるんです。これはスゴイことですよ」
稲増先生はここ数年で起こった世界的変化をこう解説してくれた。
ネタ満載の稲増ゼミ版「カウントダウンTV」

- 何人もの「矢部先生」が画面を動き回っているが合成とは思えないほど動きが自然だ
稲増先生が講義する「メディア文化論」では、こうしたメディアと社会の歴史的変化をしっかりと理論的に学ぶことができる。こうした基礎知識を蓄えたうえで、ゼミ演習では映像づくりの実習が行なわれる。
しかもこの実習、数年前から何かとんでもないことになっているらしい。
とにかく学生がつくった映像のクオリティーが高い。大学本部から依頼されて毎年つくっている社会学部の紹介ビデオは、オープニングのCGから驚かされる。キャンパスの図面が平面から立体に変わり、テクノ音楽に乗ってどんどん回転していく。その映像は完全にプロ並みの仕上りである。
もっと驚くのは、社会学部・矢部恒彦助教授の紹介シーンだ。教室をイメージした場面に最低でも3人の矢部先生が見事に合成されている。その動きにはまったく違和感なし。2分の映像に撮影だけで30時間、編集に2週間をかけたというのもうなずける。
ビデオは1秒間に30コマの画像を映し出す。つまり2分間で3600コマが必要となる。その1コマ1コマに、別に撮った矢部先生の姿を合成していくのだからすごい。
また毎年学生がつくる稲増ゼミのプロモーションビデオには、土曜日の深夜にTBSが放送中の「カウントダウンTV」のパロディーが収められている。これが本物とそん色ない出来あがりなのだ。セットやCGはもちろん、宇多田ヒカルやhitomiなどアーティストを演じる学生まで、どこかしら似ている。
ちなみに、稲増先生自身もナレーションを担当しているほか、なんと平井堅役で出演している。
「私のシーンはまったく似てませんが、なぜか爆笑が取れるんですよ」 先生は笑って解説してくれた。
「2000年にデジタル編集した作品が初めて登場すると、その出来を見て皆がパソコンで編集を始めました。パソコンなら、自分のイメージする映像をつくれることが分かってしまうと、もう年々レベルが上がっています。プロの方に見せても、『これを学生がつくったの!?』って驚かれますよ(笑)」。
稲増ゼミのコンセプトは『毎日が文化祭』
ただし、美大でも映像系学部でもない社会学部でそこまでの映像技術を身に付けるのは容易ではない。もっとも、課題提出の多い2年次は365日ほぼ毎日パソコンに向かい合って編集作業をしているという。
「2003年は、夏休みに入ってすぐ課題を与えると、9月中旬の合宿までの2ヵ月間、台風が来た1日以外ずっと共同生活して作品をつくっていたグループもいましたよ」と先生。
これまでも放送局などへの就職にめっぽう強いことで評判の稲増ゼミだったが、最近は映像制作に魅せられた学生が映像制作会社に就職するケースも増えているという。
「学生のモチベーションを高く維持できるシステムをつくって、勉強しやすいフィールドを整えてあげるのが私の役割ですね」
そのモチベーションがどれほど高いレベルにあるのかは、学生が制作した数々のビデオが証明している。
こんな生徒に来てほしい
うちのコンセプトは『毎日が文化祭』なんです。文化祭となると、みんな演劇や模擬店のために徹夜で動くでしょ。うちのゼミはそれが毎日続きます(笑)。
入ってくるときは、カメラやパソコンに触ったことがない学生も少なくありません。芸術系の学生とも違いますので、絵がうまいというわけでもない。普通の学生がここまで成長するのは、納得できるメディアをつくってみたいという情熱でしょう。
ただ、うちのゼミはアート志向ではなくポップが基本です。万人受けするものをつくります。天才やアーティストになりたい人には向かない。むしろ、高校時代までに集団でスポーツやモノづくりをしてきた人のほうが伸びるようです。

