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Good Professor

桜井 洋

桜井 洋 教授
早稲田大学
国際教養学部

桜井 洋(さくらい・ひろし)教授
1953年東京生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程修了。山梨大学教育学部・早稲田大学商学部をへて、04年より現職。
近著として『社会秩序の起源』を準備中。

複雑系の社会学とグローバリゼーション

桜井研究室のある西早稲田キャンパス9号館
桜井研究室のある西早稲田キャンパス9号館

早稲田大学では、2004年4月から新たに「国際教養学部」を開設しスタートさせた。これは、環境破壊・南北問題・エネルギー危機など全地球規模で直面する諸課題について、自ら発見し解決する能力のある人材の育成をめざす新設学部だ。

同学部の講義はすべて英語で行なわれ、学生には1年間の海外学習を義務づけるなど、魅力の多い制度やカリキュラムが取り入れられている。また海外からの留学生も多く、国際色豊かな新しいタイプの学部ともいえる。

「将来、どのような職業に就くことになろうと、その前に人間として必要な基本的な考え方があります。それらを身につけてもらおうという学部です。まだ始まったばかりで1年次の学生しかいませんが、ほかの学部にくらべて積極的な学生が多いような気がします」

そう語るのは同学部教授の桜井洋先生である。4年後ここからどんな人材が育って輩出されていくのか、そんな期待のなか早大国際教養学部はスタートする―。

東アジア独自の哲学の必要性

国際教養学部のある22号館「インターナショナルセンター」
国際教養学部のある22号館「インターナショナルセンター」

さて、その桜井先生の専門は社会学である。研究テーマは「複雑系の社会学」。複雑系というタームは最近よく耳にするようにもなったが、何やらむずかしそうだ。

「複雑系というのは、割と新しい科学概念になります。それまでの西欧近代科学は、デカルト以来『理性』を追究してきました。人間にとっていちばん重要なものは理性だという考え方です。この考え方では、本来の人間はエゴイスティックな存在であって、法やルールなどの規律でコントロールしないと争いになってしまう。つまり、人間を低いものとして位置付ける考え方ですね」

「これに対して、複雑系の科学は、生き物の生命現象に着目した考え方をします。生命現象には厳密な法則性やルールなどありません。細胞を構成する分子同士が相互作用しながら、秩序を成り立たせています。人間社会もこれと同じで、法やルールで規制しないで自由にさせても、相互作用によって社会秩序は自然に成り立つという考え方をします」

この複雑系の科学概念を駆使して、さまざまな社会現象を解明していこうというのが桜井先生の「複雑系の社会学」という壮大な野望なのだ。その対象のひとつに、グローバリゼーションの研究がある。

「明治維新以来おおまかにいえば、この国は『脱亜入欧』の路線でやってきたわけです。産業化のために欧米の思想を輸入してきました。本来のグローバリゼーションというのは世界中が同じ考え方をすることではなく、地域ごとに統合を遂げていくということです。欧州がEUとして統合したように、日本も東アジア全体に目を向けて、その統合の方向に向かうべきだと思います」

そのためには、欧米などとは違う東アジアなりの哲学というか社会理論を打ちたてる必要がある。そこで有効なのが複雑系の科学概念ということになる。

「おもにキリスト教文化圏にある欧米では、理性という考え方が有効です。それに対して東アジアにおいては、複雑系の科学がよく合うと思います。たとえば、本来の仏教はむしろルールや規律の束縛を否定する哲学で、一神教と違って多様性も認めています。これは、複雑系における多義的なものが相互作用のなかで自然と秩序づくられていくという『自己組織性』の概念とよく似ています」

こうした東アジアの歴史的・社会的背景が、この地域のグローバリゼーションを解決するための武器として複雑系概念が有効と先生が考えるゆえんでもある。この複雑系の科学概念を武器にして、欧米にはない新しい社会理論を構築していきたいと抱負を語る桜井先生だ。

先生が複雑系の科学について講義するとき、早稲田の多くの学生たちは大教室を満員にして立ち見まで出るほどらしい。このテーマが学生たちの関心を呼ぶことに相まって、論理的に懇々と説くわかりやすい講義内容にも人気の秘密があるようだ。

「桜塾」を開いて学生に覇気を注入

21世紀初頭のいまこの国は混迷を深め、先の見えない閉塞感に覆われているとも思われがちだ。しかしまた、こんな時代だからこそ逆にチャンスでもあるのだと桜井先生は語る。

「いまの日本は、いわば戦国時代や明治維新に匹敵する過渡期にあります。過去のこうした混乱した時代には、将来に積極的にアプローチする人が出てくるものです。次の時代が立ち上がる過渡期の時代はそのチャンスなんです。しかし、いまの若い世代には内向きの人が多すぎます。時代に対してどういう立場をとろうとしているのか、なかなか覇気も見えてきませんね。もっと野心をもってほしいと思います」

そうした元気の見えない学生たちに覇気と野心を植え付けてやろうと、なんと桜井先生は早稲田大学内で私塾を始めた。名付けて「桜塾」という。

桜塾は2003年秋から始められ、今年度が2年目。主体的に思考し行動できる尊厳ある個人の養成を目標に掲げ、桜井先生の講義が毎回あって、そのあと塾生たちのディスカションが行なわれる。

議論に慣れていない人が多い最近の若者にディスカッションの場を提供しながら、併せて「時代への野心」も育てたいというのが先生のねらいだ。04年度のテーマは「日本文化と社会」だ。

「桜塾はかなり野蛮なところですよ(笑)。徹底的に議論を闘わせて、たがいにキズつけ合うところですからね。ただ、それが嫌われるのか、塾生は8人しか集まりませんでした。いまの学生たちは積極的に自己主張したり、議論を闘わせてキズつけ合うのを怖がっているようですね。そんな学生ばかりで、日本の将来はどうなるのか心配になりますけど」

桜塾に参加している学生が8人という数に桜井先生はやや不満のようだ。だが、金曜日の夕方という時間外に開かれ、しかも単位に認定されない私塾でもある。それに集う8人の志を多としたほうがいいのではないか。

「参加してくれている学生たちはみんな熱心で、それなりの成果はあがってはいますよ」

21世紀の若き松蔭(?)先生はそうも語ってくれた。現代の松下村塾ともいえる桜塾の今後に期待大である。

早大国際教養学部のゼミ演習は3年次からで、したがって桜井ゼミもまだ開かれていない。ただ先生は前任の商学部にゼミをもっており、今後も継続される予定だという。国際教養学部だけでなく、商学部に入るのも桜井先生の謦咳に接するひとつの方法でもある。

こんな生徒に来てほしい

やはり若い人たちは自信と野心がいちばん必要だと思います。政治家にしても学者にしてもエラそうな大人がいろいろ言っても、将来のことは誰にもわからないわけです。悲観的に見れば悲観的になりますし、楽観的に見れば楽観的になります。であれば、楽観的に見たほうが面白いでしょう。先が見えない時代ともいわれますが、こんなような時代は過去にいくらでもありました。こういうときこそ、自信と野心があって楽観的に考えられる若者にめぐり会いたいですね。

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