- 實森 正子 教授
- 千葉大学
文学部 行動科学科 實森 正子(じつもり・まさこ)教授
1949年東京生まれ。72年千葉大学人文学部卒。77年慶應義塾大学大学院社会学研究科(心理学専攻)博士課程単位取得退学。79年広島大学総合科学部助手。81年千葉大学文学部講師。84年同助教授。94年より現職。主な著作に『行動心理学ハンドブック』(分担執筆・培風館)、『学習の心理学』(共著・サイエンス社)、『現代基礎心理学6 学習Ⅱ』(共著・東京大学出版会)などがある。
ハトを通した行動科学研究の第一人者

- 實森研究室のある文学部法経学部棟
9学部を擁し学部学生だけでも1万人を超える千葉大学は国立大学でも屈指の規模を誇る総合大学である。今回取材をお願いした同大学文学部の實森正子教授は行動科学科の先生。まず、同学科について聞いた。
「行動科学科というのは、哲学・認知情報科学・心理学・社会学・文化人類学の講座で構成され、非常に幅広い領域から人間の行動の本質を究明しようという学科です。扱う領域が広いですから、新入学の1年次の学生には少人数による導入ゼミを実施して、まず学科にとけ込んでもらえるような配慮をしています」
行動科学科の学生は2年次から先の5つの講座に振り分けられる。このうち實森先生は認知情報科学講座に所属している。動物や人間の認知過程を行動的に解明しようという新しい学問領域でもある。
「この講座は文学部のなかでも特に文理融合の色合いが濃い領域です。その教員も、哲学の先生から工学・コンピュータ・数理解析・神経科学、それに私のような行動科学までいろいろな分野の先生が集められています。どの先生も一流ともくされる人ばかりです」
動物が環境をどう認識して行動するか

- 研究室の学生たちと實森正子先生
さて實森先生の行動科学研究だが、動物が環境をどう認識して行動するかを主にハトを使って実験している。
「人間の色覚は3原色からなる3色型ですが、ハトには5色型あるいは6色型の識別能力があります。それが私の実験でわかって、学会誌に発表したのが1976年でした。これは世界中の研究者にも認められ、現在では定説になっています」
その後この分野の研究で先生は他の追随を許さない地歩を築くことになる。
「よく進化は人間を頂点とする1直線上で考えられがちですが、実際はそうではありません。そもそも私たち人間とハトなどの動物では世界の見方からして全く違っているかもしれません。ものを見て知覚し意味づけして認知し推論する――このプロセスもじつに多様で、人間のやり方はその多様な中のひとつに過ぎません。場合によっては、人間よりハトのほうが上手に認知的な問題を解くこともできます」
それらを實森先生は実験研究によって実証している。たとえば、「A」と「大文字」と「標準文字」のうちどれでも2つ以上の特性を備えた文字群と、「B]と「小文字」と「イタリック」のうちどれでも2つ以上の特性を備えた文字群のカテゴリーに分ける。そこに新しい文字の刺激を示して、どのカテゴリーに属するかをヒトとハトに弁別させる比較実験をしてみる(多型概念の実験)。
「こんな簡単な規則の実験ですが、人間のほうはほとんどの人が解けません。ハトはいとも簡単に解いてしまいます。人間はことばで理解して、処理しようとするから解けないんですね。では、ハトはなぜ簡単に解けるのか。それはまだ解明されていません。今後の課題ですね」
同じ多型概念の実験に人間の顔を弁別する実験もあるが、これもハトは各個にバラバラな写真から家族のように類似した顔をえり分けてみせるのだという。この実験は、2001年日本心理学会研究奨励賞を受賞している。
ハトとの比較で認知・知覚の進化を探る

- 新緑の千葉大学キャンパスの正門
というところで、実際の実験の様子を見せてもらった。實森研究室がハトの弁別実験に使用しているのは、ドイツで開発された「MPPパネル」という装置だ。実験ではパネルに2つの答えが表示され、ハトが正解のパネルをつつくとエサが与えられるという式のものだ。日本では實森研究室だけに導入されている。
この装置のいいところは、周りにどんなに人がいても全く影響されないでハトは実験が続けられるところだという。つまり、見学者は生の実験を間近に見られるのだ。
「ハトはこんなに小さな脳をしていますが、そのなかで素晴らしい情報処理をしているのです。これはハトが生存していくための生態や進化の過程で獲得してきた認知・知覚の能力なんですね。ハトもほかの動物も同じ地球環境のなかで生きてきたわけですから、それぞれに類似し共通する能力とそれぞれの種に固有で特殊な能力とがあります。それらを探っていくことで、我々の認知・知覚の進化的な由来や意味の発見につながると思います」
次々に正解パネルをつついてエサにありつくハトを見ながら、實森先生はこう語る。先生のハトを見守る目が優しい。
問題点を自分で考えられる人を育てたい

- ハトの実験装置MPPパネル
千葉大学文学部のゼミは3年次後期から始まる。實森先生の研究室では、例年3人前後のゼミ生を迎える。なるべくマン・ツー・マンに近い指導ができるようにというのが認知情報科学講座の方針だそうだ。さすがに国立大というか恵まれた環境ではある。
「新入のゼミ生にはまず英語の論文を読んでもらい、どんな実験があるのか知ってもらいます。そのうえでそれぞれ個別のテーマを決めて研究に取り組むことになります。私の研究室ですから、動物の知覚・認知についての研究が中心となりますが……」
なかには自分の研究テーマを探し出せないゼミ生もいるようだが、そんなときは文字どおりのマン・ツー・マンで先生がじっくりと相談にのってくれる。学生を見守る目も優しい實森先生だ。その指導ポリシーについては次のように語る。
「自分の頭で考えられる学生に育ってほしいですね。そのためには、どれだけの知識を集積できるかということになります。授業でもただ聞いているだけでなくて、積極的に参加する姿勢が大切です。私自身も一方的に教えるだけでなく、考えるための材料を与えて、学生が参加できる授業にするように心掛けています。そうしないと、学生の頭に知識が集積されていかないと思いますから」
語り終えてニッコリほほ笑む實森先生。おしゃれでスマートな都会派の先生でもある。
こんな生徒に来てほしい
教えられたことを鵜呑みにするのではなく、その面白さや問題点を自分の頭で考えられる人ですかね。さらに自分から学び考える意思をもち、アプローチのプロセスを愉しみ、自分の考えを正確に他者に伝えられる人ならなおいいですね。高度な数学やコンピュータの知識は必要ありません。それよりも理系とか文系にこだわらないで、幅広い知識を学ぼうという姿勢の人に来てほしいです。










