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Good Professor

高橋 敏夫

高橋 敏夫 教授
早稲田大学
文学部

高橋 敏夫(たかはし・としお)教授
1952年香川県生まれ。75年早稲田大学文学部日本文学科卒。81年同大学院文学研究科博士課程修了。83年関東学院女子短大講師。94年早稲田大学文学部助教授。97年より現職。

著作は『ゴジラが来る夜に―「思考をせまる怪獣」の現代史』(集英社文庫)、『理由なき殺人の物語―「大菩薩峠」をめぐって』(広済堂出版)、『藤沢周平―負を生きる物語』(集英社新書 第15回尾崎秀樹記念・大衆文学研究賞受賞)など多数。

「異化」の概念で現代文学の本質に迫る

高橋研究室のある第二研究棟39号館
高橋研究室のある第二研究棟39号館

早稲田大学文学部教授の高橋敏夫先生は、気鋭の文芸評論家としても知られる。日本近代・現代文学をめぐる文芸評論をはじめ怪獣映画から漫画までをも射程に、透徹した視点で時代の問題をえぐり出す評論活動を展開している。

文学部教授としての専門も「日本近代・現代文学」「文学理論」研究および「文化研究」で、評論家活動の対象領域とほぼ重なる。

「かつての文学は自立しており、時代をリードする力を持っていました。それが25年ほど前の村上春樹の登場あたりから、文学とほかのメディアが『共働』する現象が目立つようになりました。漫画や音楽・映像などとつながって共働しながら世界をつくる、いわゆるメディアミックス現象ですね。私自身が文学を学びはじめたころ起こった現象で、以来興味をもって研究するようになりました」

自身の研究分野について高橋先生はそう語る。その研究で重視しているのは「異化」の概念だという。

「異化というのは、見慣れたものを見慣れないものにするということです。見慣れたものになりやすいのは、自分に近い存在あるいは自分そのもの。これらに新しい光をあて自分を再発見することも異化になります。私の文学研究では、この異化の概念をもっとも大切なものとして考えています」 その高橋先生が研究対象にしているのが、明治の作家広津柳浪・中里介山からはじまり山本周五郎・藤沢周平、また岩井志麻子などのホラー作家、はては怪獣映画ゴジラまでということになる。エンターテインメントあるいはサブカルチャーともいわれるジャンルだが、大学というアカデミズムの場ではほとんど取り上げられないものばかりだ。

「これらのものに対し、異化論・芸術論などを使ってどう理論づけていくのか。表現された具体的なものをどう抽象化してアカデミズムのレベルにまでもっていき、アカデミズム自体を変更する力にするか」

その過程が、すこぶる面白いというか興味深いものになる。ぜひ、先生の著作を通してその一端に触れてみてほしい。

講義と演劇は同じ―――早稲田で一番の人気授業

研究室ドアからして“ただ者”ではない雰囲気。ボリビア映画に井上ひさしの芝居のポスター。
研究室ドアからして“ただ者”ではない雰囲気。ボリビア映画に井上ひさしの芝居のポスター。

そんな高橋先生の講義は早稲田の学生たちに非常に人気がある。定員400人のところに受講を希望する学生は1000人にも達し、毎年抽選になる。ところが実際の講義になると、その落選組の学生が大挙して押しかけ、さらに他学部・他大学の学生も加わって、文学部随一のマンモス教室が学生たちであふれ返る。

2004年度の後期授業は「ホラーと戦争」「怪物論」「沖縄文学論」の3科目。そのテーマもさることながら、講義自体が面白い。年間で 200枚にもなる理論・資料プリントを駆使しつつアドリブでほとんど行なわれ、その当意即妙なパフォーマンスも学生たちを惹きつけてやまない。

「講義は演劇と同じというのが持論です。観客の参加があって初めて演劇が成立するように、講義も学生の参加が不可欠になります。私の場合は学生の反応を見ながら、彼らの関心や好奇心の向かう先を読んでは、アドリブで修正しながら語っていくわけです」

なにやらスリリングで緊張感に包まれた講義の様子が伝わってくる。じつは04年に全早大生を対象に「早稲田大学で一番面白い授業」というアンケートが実施され、全学で3つ選出されたうちのひとつは高橋先生の授業であった。学生の側からも先生の授業の魅力的なことが折り紙つけられたことになる。 (このアンケートは04年11月の早稲田祭の催しのひとつとして行なわれたもので、学祭期間中に高橋先生の公開授業も行なわれた)

授業が面白ければ、当然ながらゼミ演習も面白いものになる。高橋先生が受け持っているゼミは2つで、1年次の学生を対象にした導入ゼミ「日本文学基礎演習」と、3年次の学生を対象にした「日本文学演習」。前者の導入ゼミでは「宮澤賢治の童話全作品を読む」がウリで、ゼミ生はなんと100人。後者のゼミではそれぞれの個人研究になるが、マイナーな作家や漫画や音楽など他ジャンルと文学とのかかわりを研究テーマにするゼミ生が多いという。こちらのゼミ生は抽選で絞った50人である。

「文学逆境時代」だからこそ新しさを見いだせる

早稲田大学戸山キャンパス
早稲田大学戸山キャンパス

いま若者の活字離れがいわれ、大学文学部とくに日本文学科(早稲田大学では日本文学専修)は逆境にあるともいわれる。このへん高橋先生は次のように語る。

「たしかに文学逆境の時代といえます。しかし、これは二葉亭四迷以来ずっと特権的だった純文学が力を失い、ミステリーやファンタジー・ホラーなどのジャンルが横並びになったことから来ています。いま純文学を書いているから偉いとはいわれませんし、エンターテインメントだからといって恥じる必要もなくなりました。いまこそ文学は新しいスタイルを見いだすチャンス、そういうとらえ方をすべきですね」

そして、文学部をめざすのは次のようなタイプの人がいいと語る。

「いまの世界が一番いいと思っている人に文学部は向きません。いまいる世界に違和感や嫌悪感をもち、そしてポジティブなものを別の世界に求めようとしている人、こういう人こそ文学部をめざしてほしい。こうした感情を頭から否定せずうまく育てて別なものに発展させていくという環境は文学部以外にないでしょう」

最後に、早稲田大学文学部ついて先生の感じていることを語ってもらった。

「はじめから表現者になる目的で入学してくる学生の多いところが他大学の文学部と一番違うところでしょう。実際、表現のレベルでは学生の域を超えている人が何人もいます。ですから、ここでは教員だからといって威張れません。学生のほうも教員を偉い人だとはまったく思っていない(笑)。つまり、こと表現に関しては教員も学生も同じところに立っているという認識が双方にあるのです」その高橋先生も偉ぶるところなど微塵もない先生だ。

こんな生徒に来てほしい

人はだれにも語れないものをひとつは持っているものです。それは時として反社会的・反人間的なものであるかもしれない。しかし、それを誰かに伝えたい、そのことで誰かとつながりたいと思う。そこに表現のモチベーションが生まれます。そんな学生を求めるのは文学部だけで、ほかの学問分野や学部ではあり得ない。そうしたネガティブなことから逃げないで人との関係をつくっていく。それが表現あるいは文学というものになります。ですから、人に語れないものを持っている人はぜひ来てもらいたいですね(笑)。

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