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Good Professor

長野 哲雄

長野 哲雄 教授
東京大学
大学院 薬学系研究科

長野 哲雄(ながの・てつお)教授
1972年東京大学薬学部卒。77年東京大学薬学系大学院博士課程修了。96年5月東京大学薬学部教授。97年より現職。04年より東京大学大学院薬学系研究科・副研究科長。
00年「持田記念学術賞」受賞。02年「山崎貞一賞」受賞。03年「上原賞」「基礎錯体工学研究会技術賞」を受賞。

人間をトータルにとらえる薬学研究

2つの物質の反応を測定する実験装置
2つの物質の反応を測定する実験装置
長野研究室で使うことが多い電子顕微鏡
長野研究室で使うことが多い電子顕微鏡

薬学部に進学したら将来は薬剤師になれる――そう考えている塾生は多いかもしれない。しかし、それはちょっと違う。たしかに薬剤師の免許を取るためには薬学部を卒業しなけかればならない。だからといって薬学部の卒業生全員が薬剤師の試験を受験するわけではないし、免許を取得しても薬剤師にならない人も少なくない。

「私も薬剤師免許をもっていますが、使ったことはこれまで1回しかありません。東京都に書類を提出したとき、薬剤師免許を持っているほうが審査が通りやすいかったものですから」

東京大学大学院薬学系の長野哲雄先生は笑いながら教えてくれた。じつは東京大学薬学部の学生のほとんどは病院で調剤などを行なう薬剤師にはならず、研究職あるいは薬の開発者などの道を選択する。

「東大だと毎年90%以上が大学院に進学します。さらにその60%以上が博士課程に進みます。というのも、製薬会社は創薬部門などの人材に大学院卒業以上の学歴を求めるからです。私どものカリキュラムは薬剤師になるためだけのものではありません。もちろん免許を取るための講義もありますが、薬学の研究者を育てることにも力を注いでいます。薬剤師を育成するにしても、薬のメカニズムを熟知し医師にアドバイスやディスカッションできるような人材に育てたいと考えています」 薬剤師でありながら博士号をもつ人は、欧米諸国では少ないという。日本のように薬剤師免許の取得と研究職の両方を見据えた教育システムを採用していないからだ。そのため欧米で薬剤師の養成コースに進んだ学生は調剤など薬剤師の実務スペシャリストになっていく。よって、薬の研究・開発者は化学学部出身者などが担当することが多い。

「薬学を学んだ人材が創薬に携われる日本のシステムはアメリカなどの研究者からも高く評価されています。なぜなら、細胞ではなく人間を相手にするのが薬だからです。薬はトータルに効かなければいけませんよね。ガン細胞には効いたけれど、人を殺してしまった――それではまずいでしょう」

薬の研究者になるなら薬学部以外の学部からめざす道もある。しかし「動物舎のある学部はどこですか?」と先生に言われてハッとした。薬の研究成果を確かめるためには動物実験が欠かせない。ところが、薬学・医学・獣医学部などを除けばほとんどの学部・学科に動物舎はない。こうした環境の違いは、研究者としてのスタンスに少なからず影響を与えるに違いない。

「人間をトータルに考えるのは結構むずかしいのです。たとえば胃で徐々に溶けていく薬を開発するとします。フラスコのなかの実験なら薬剤が浮いて少しずつ溶けていくのを確認できる。しかし人に投与する場合、胃の痛い人は寝ていますよね。そうすると、胃液に浮いた薬は浮いたまま小腸まで流れていってしまうのです。動物実験でも健常者でもうまくいく。でも、寝ている病人には効かなくなってしまうこともあり得えます」

分子の動きを光でとらえる世界初の快挙

受験生あこがれの東大赤門。人の出入りは思いのほか激しい。
受験生あこがれの東大赤門。人の出入りは思いのほか激しい。

このように難しい薬学部の研究に、長野先生はさらに厳しい基準を設けている。それは真理を探究するサイエンスをめざすことと、商品として売れるぐらい高い外部評価を得ることだ。

しかしこれは容易なことではない。現在、製薬会社の研究費は増加の一途をたどっている。1万個の試作品を作って、やっとひとつ薬ができあがるともいわれるほどだ。膨大なトライアンドエラーの偶然から薬を生み出す手法は必ずしも真理を探究する学問と一致しない。

「私は、化学の原理を使って基本的なことを研究したいと思ってきました。それが分子イメージングにつながったのです」

MRIという検査装置を知っているだろうか?

磁気の力を使って人間の断面を映し出す装置である。この医療器具は脳腫瘍などの予防に大きく貢献してきた。ただ弱点がある。体の変化を動画として映し出せないことだ。動画としてとらえられるPETという装置もあるが、放射性物質を使うため長期間の使用には向かない。

これが分子レベルのミクロな変化の観察となると、細胞をすりつぶしたり、染色したりする以外の方法がなかったという。つまり自然のままの状態で観察することも、時間にともなう変化を追うこともできなかったわけだ。そうした分子の変化を視覚的に捉えられるようにするのが分子イメージングである。

「素敵な異性が10人も連続して通ればドキドキしませんか?

しますよね(笑)。そのとき体で何かが起こっているわけです。ホルモンがいろいろ分泌されたりね。そういう変化を目で追うことができる技術です」

先生が注目したのはフルオレセインと呼ばれる蛍光物質だった。そのフルオレセインを化学的に変化させ、特定の物質にだけ反応して光るようにした。開発した試薬のひとつ亜鉛に反応する物質は、記憶において重要な役割を果たす海馬の研究などですでに大きな役割を果たしている。海馬に多く含まれる亜鉛の動きが光によって示されるからだ。ホタルのように輝く光が記憶伝達の仕組みをさらに解明していくだろう。

そのほかにも血圧を調整するNOに反応する試薬など、計10数種類の薬品が先生の研究から生まれ販売されている。いずれも分子の動きを光でとらえる世界初の快挙だった。

「いまは、波長が長く体の外から光を確認できる試薬の開発に取り組んでいます。いずれは人の検査に使いたいと思っていますので」

体に優しい物質で体内を検査できるようにする。そうした人体まで視野に入れた研究の取り組み方はまさに「薬学的」といえるかもしれない。

こんな生徒に来てほしい

熱中できる学生ですね。だから、体育会にいる学部生も研究室に在籍しています。体育会を退部し、院生になってから研究に熱中すればいいわけですから。受験生には生物や化学はもちろん物理もしっかりと勉強してもらいたいと思います。薬の構造解析をする場合、物理も必要になってきますので。薬学はトータルな学問なので、生物や化学はもちろん物理の知識もしっかり役に立ちます。

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