- 西尾 泉 教授
- 青山学院大学
理工学部 物理・数理学科 西尾 泉(にしお・いずみ)教授
1949年東京生まれ。72年東京大学理学部物理学科卒。79年同大学院理学研究科博士課程修了。79年米マサチューセッツ工科大学助手。82年米ボストン大学研究所助教授。85年青山学院大学理工学部助教授。91年より現職。
生物物理学が拓いていく世界的研究


- 西尾先生の漫画カットの一例
青山学院大学相模原キャンパス(神奈川県相模原市)は、03年に竣工なったばかりの真新しいキャンパスだ。そのモダンな建物群からなる新キャンパスは一見の価値がある。相模原キャンパスには理工学部6学科が収められているが、04年度からこのうち従来の物理学科が「物理・数理学科」に改編された。この改編のいきさつについて、まず同学科教授の西尾泉先生に聞いた。
「物理と数理というのは、理工学を学ぶ者にとっての基礎学問で、また2つは非常に近い領域のものです。その2つを融合させて教育することは効果的であろうということですね。たとえば、数学の先生が教える数学と物理の先生が教える数学では具体的な例題が違ってきます。そうしたことによる教育効果を期待して、理工学の基礎レベルを上げたいというねらいもあります」
この試みは全国的にも珍しく、各界からの注目を集めている。04年春に入学した同学科第1期生たちは、まもなく1年次の課程を終えようとしている。3年後にここからどのような才能が巣立つのか、大いに期待されるところだ。
レーザー白内障検査装置などすでに実用化

- 西尾研究室のある相模原キャンパスL棟

- 相模原キャンパスのシンボル「ウェスレー・チャペル」
さて、西尾先生は「生物物理学」が専門の先生だ。生物物理学とは、生物学と物理学の双方の観点から生命現象のなぞに迫る学問領域。子どものころから生物に関心があったという先生は、大学進学の機会に生物学よりもエレガントな方法で研究ができそうという理由で生物物理学に進む。以来、40年近い研究の道程ですばらしい成果を得てきた。
「たとえば鎌形赤血球症という遺伝による病気があります。赤血球中のヘモグロビンの異常によって毛細血管に酸素が送られていかない病気です。わたしは赤血球にレーザーを照射して、そこから散乱される光(これは分子の運動によってドップラーシフトされている)のスペクトルを調べることで、ヘモグロビンの異常凝集を調べるセンサーを考案しました」
また、レーザー光線を眼球に照射して白内障の検査をする装置の開発をしたのも西尾先生だ。いずれも世界初の開発で、両者ともに医療機器メーカーによってすでに実用化されている。最近では、深海の底に眠り燃える氷ともいわれる「メタンハイドレート」の研究がある。
「これは、メタン分子の周囲を水分子が囲って氷の状態になっているものです。メタンですから火を付ければ燃え、埋蔵量が膨大なことから次世代エネルギー源の期待もあります。メタンを囲っている水分子の構造について、レーザーを照射しながら分子の振動を検出する方法を使って研究しています」
西尾先生はこのほかにも、
ゲルの共存曲線の臨界指数の決定
粘菌に磁場やガンマ線などをかけての増殖の変化
レーザー光ピンセットの開発
強力で短いレーザーパルスを物質に照射して、そこで起こる作用や変化
――などの研究や開発も手がけている。じつに多くのテーマを抱える西尾先生だか、その大半のものが世界初の研究や開発である。それでいて、いっぱいの髭を蓄えた先生の表情は柔和そのものだ。
生物物理学を学ぶことの面白さを伝えたい

- 青山学院相模原キャンパスの正門アプローチ
04年度から改編された青山学院大学「物理・数理学科」は、1・2年次に物理と数理のコア科目を履修して基礎学力を養い、3年次から「物理」「応用物理」「数理」の3コースに分かれて専門課程を学ぶ。そして4年次には各教員の研究室に配属され、そこで1年間かけてそれぞれの卒業研究に打ち込むことになる。現在、西尾研究室に所属する4年次学生は14人(04年度の4年次は旧物理学科の学生である)で、西尾先生や先輩大学院生の指導を受けながら卒業研究に励む日々だ。
「卒業研究のテーマは、私の研究室で研究しているテーマから選んでもいいし、まったく新しいテーマを立てても良いことにしています。ただし新しいテーマで研究する場合は、いまの研究室の設備でできるのか、研究費用はどのくらい掛かるのかなどを検討して許可されたものに限られます」
先にあげた先生の研究テーマのうち粘菌の研究およびレーザー光ピンセットの開発は、以前在席した学生の卒研テーマだったもので、それが今日まで引き継がれて研究されてきた。先生の研究テーマが多岐にわたり数が多いのは、こういう事情もある。
学生たちへの指導方針については、次のように語る。
「この学科に入ってくる学生は物理が好きな人がほとんどで、生物についてほとんど知らない人が多いんですね。そこで学部での私の授業では、生物や生物物理を学ぶことの面白さを伝えるようにしています。私の研究室にきてくれる学生は、それに触発された諸君といえます。ですから研究室に入ったら、自由にやってもらうこともできるわけです」
ここだけの話、研究室の学生に単位不足で卒業が危うい人があると「親身の指導」で先生自ら助けるようなこともあるらしい。過去この指導で救われた学生は意外に多いようで、人情家・西尾先生の人柄の温かさがうかがえる。ただし、それだけを目的に研究室に入ろうなどという不心得者が許されないのは言うまでもない。
ところで、マルチな才能の恵まれた西尾先生は石ノ森章太郎の漫画の大ファンであり、先生自身も実際に漫画を描き続けている。大学院時代までは真剣に漫画家デビューを考えていたともいう。もし、そのまま漫画家をめざし研究者との二足のわらじを履いていたら……。理学博士の肩書きをもつ特異な漫画家が誕生していたのかもしれない。
こんな生徒に来てほしい
いまの高校生は受験勉強に追われるばかりで、感銘を受けたりする機会が少ないようですね。いわば「長期の記憶」になるような経験が少なすぎるわけで、それらを身につける努力をしてほしい。たとえば数学や物理学の天才と呼ばれている人たちの伝記などを読んで、彼らがどんな努力をしたのかを知るのもひとつの方法です。そして、自分が本当にやりたいのは何かを考え抜いたうえで大学にきてほしい。受験勉強で学ぶ数学や物理の問題はすでに答えが得られている問題ばかりですが、数学にも物理にも未解決の問題はいくらでもあります。教科書の範囲にとどまっていないで。その先を見定めながら、自分のやりたいものを見つけることがとにかく大切です。

