- 古井 貞煕 教授
- 東京工業大学
情報理工学研究科 古井 貞煕(ふるい・さだおき)教授
1945年東京生まれ。70年東京大学大学院工学系研究科計数工学修士課程修了。70年日本電信電話公社(現NTT)入社。97年に退社するまでにNTT各研究所室長および部長を歴任。その間78年米国ベル研究所客員研究員。94年より東京工業大学客員教授。97年NTTを退社し現職。主な著作に『音響・音声工学』(近代科学社)『音声情報処理』(森北出版)『ディジタル音声処理』(東海大学出版会)などがある。受賞多数。
音声認識システムはどこまで人間に近づくか

- 古井研究室のある大岡山キャンパス8号館
東京工業大学教授の古井貞煕先生は、長くNTTの研究所にあってコンピュータの音声認識の研究に携わってきた。現在世界中のコンピュータで使われている音声認識装置の世界標準に先生の技術が使われているのだ。
「NTTには30年近くおりまして、人が何を話しているのか、あるいは誰が話しているのかをコンピュータで認識する研究をしてきました。その研究のなかで、音声が変化することで情報になっていることに着目したわけです。音声が変化するときの動的な変化情報を取り出して、だれが何を話しているのかに適用する研究をしたところ、従来の音声認識にくらべ精度の高いシステムができあがりました。これが現在の世界標準になっているものです」
と語る古井先生は、非常に真摯で飾らない語り口が印象的だ。東工大専任教授となった現在も、先生の追究しているテーマは一貫して変わらない。
「人間はものを考えるとき言葉を用いますが、それには必ず音声が伴います。音声というのは人間の生活できわめて基本的なもので、この原理を解明することは人間の頭の中のはたらきを解明することにもなります。その解明はたいへん難しいことですが、それだけにきわめて奥の深い研究ともいえます」
コンピュータの音声認識システムを人間の音声認知機能にいかに近づけるか――これこそが先生の基本的な研究テーマということになる。ほかに、「マルチメディア」や「音声合成」「情報の要約」などについても研究していると語る。
「大規模知識資源の体系」21世紀COEプログラム

- 冬枯れの桜並木と東京工業大学本館
古井先生は、東京工業大学「21世紀COEプログラム」のひとつ「大規模知識資源の体系化と活用基盤構築」の拠点リーダーもしている。COEプログラムというのは大学の優れた研究プロジェクトを文部科学省が支援助成する制度で、古井先生のプロジェクトは03年度から5年計画で行なわれている。
「インターネットにおける“知識”をいかに体系化して使えるようにするか、それがこのプロジェクトのテーマです。現状の知識の体系化はきわめて不十分で、膨大な知識を蓄積しながら互いに関係づけられていません。検索しても、求めているものとは違う知識が出てきたりします。そうした状態を解消して、必要とする知識が効率的に得られる、あるいは人間の知識の量を増やしていけるような枠組み、それを作り上げようということです」
このプロジェクトには文系・理系双方の研究者が集められ、文理融合で進められている。その副次的な成果とでもいおうか、日本古典文学の平家物語や和歌などを理系の技術で解析していったところ、美意識の原点ともいえる「黄金分割」に到達したのだという。すこぶるインテリジェンスを感じさせられる実験結果といえよう。
なお、COEプロジェクトには若手研究者の育成も目的に盛り込まれる。大学院博士課程およびポスドク研究者が多数参加し、経済的な援助も与えられている。
技術界をリードする人材育成こそが東工大の任務

- 東京工業大学本館正面

- 創立100周年を記念した「百年記念館」(通称「ショッカーの基地」)
古井先生は大学院の情報処理工学研究科の所属で、これに対応する学部学科は工学部情報工学科になる。東京工業大学では学部4年次の1年間は各教員の研究室に配属され、学士論文(卒業論文)のための研究を行なう。
古井研究室では例年情報工学科の学生3~4人を受け入れて指導しているという。その指導方針について先生は「自分で考えることのできる人を育てたい」と語る。
さて、以下では古井先生がこの取材の合間に語ったいくつかの「語録」を紹介してみよう。じつに示唆に富んだ有益なことばの数々である。
「我々が学生だったころは、ある意味どんな研究をしても新しい研究になりました。ところが今は新しいテーマだと思っても先行研究があったり、残っているテーマは難しいものばかりだったりします。その意味ではいまの学生は大変です。しかしまた、そのぶん成功すると大きな成果に結びつく可能性もあります。いまは何十台ものコンピュータを1人で同時に使えたり、データベースも充実しています。我々のころに比べて今のほうがはるかに大きなことができるようになっています」
「研究者冥利に尽きるのは、自分の開発した技術が世の中で役立っていることです。その技術を喜んでくれる人がいること、それにいままで知らなかった知識を得ること、それらが研究者の喜びの原点でしょうね」
「研究のうち約9割のものは失敗します。成功するのは1割あるいはそれ以下かもしれません。といっても、失敗すべてが無駄とは言い切れません。失敗の経験が成功につながることは往々にしてあることですから」
「ライバルに勝たないと、技術の開発では意味がありません。ライバルに先を越されて完成発表されてしまったら、負けたほうは研究してこなかったのと同じになってしまいます。ライバルより1日でも早く完成して勝つことが大事。研究も勝ち負けの世界です」
「勉強するのは楽しいことばかりでなく、むしろ辛いことのほうが多い。その中ですべての面で人より優れて勝つというのは無理ですから、早く自分の得意な分野を見つけることです。それはどんな人にも備わっています」
「人が1人でできることには限りがあります。人間の生活はほかの人の助けがあって成り立っています。研究でも同じです。この事はややもすると忘れがちになりますが、非常に大切なことです」
これらは、古井先生の人柄のよく出たことばの数々であろう。その一方でこんな発言もあった。先生が教えている学部の情報工学科についてだ。「ここでの授業はかなり高度な内容で、東工大生といっても中にはそれに付いて来られない学生もいます。だからといって、そういう学生に授業を合わせることはありません。東工大の任務は日本の技術界をリードする人材の育成にあり、授業の質はそちらに合わせてあるからです」
温室育ちの現代学生にとってなかなか手厳しい。つまり、そのくらいの覚悟で進学する必要があるということなのだろう。
こんな生徒に来てほしい
もはや日本という一国だけで成り立っている時代ではありません。外国の国々と協力し合い、あるいは競い合って成り立っています。そうしたなかで一人ひとりが個人的に何ができるのかを考えていかなければならない。科学技術のいい伝統が日本にはありますから、日本でしかできないことを見つけてほしいと思います。










