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Good Professor

岡原 正幸

岡原 正幸 助教授
慶應義塾大学
文学部 社会学専攻

岡原 正幸(おかはら・まさゆき)助教授
1957年東京生まれ。80年慶應義塾大学経済学部卒。87年慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了。文学部助手をへて94年から現職。専攻は感情社会学と障害学およびアートによる文化実践など。

主な著書に『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』『感情の社会学』『ホモ・アフェクトス――感情社会学的に自己表現する』がある。

「社会学する」それ自体がひとつの「アート」

ちょうどこの日は「入ゼミ」のためのプレゼンテーションが行われていた。新ゼミ生のアイディアをゼミ生たちが真剣に聞く
ちょうどこの日は「入ゼミ」のためのプレゼンテーションが行われていた。新ゼミ生のアイディアをゼミ生たちが真剣に聞く

慶應義塾大学文学部社会学専攻において新進気鋭の岡原正幸先生を今回は紹介しよう。「社会学をすること」それ自体はひとつの「表現」であり「アート」である――そうキッパリと岡原先生は言い切る。

「これまで近代社会にあっては「表現」と「科学」を切断することが定石でした。しかし「人間」なるものを発見し、それを「対象」にしてきた人間諸科学は、ここ数十年で致命的な欠陥を露呈することになりました。そのことを自己吟味して、新たな模索を実験的に試みているつもりなのです」

先生の専門は「感情社会学」「障害学」だが、それらの研究を始めた契機についても丁寧に説明してくれた。

「まず社会学に興味をもったのは。社会という存在だったり、周りの人たちとの関係だったり、そういった事柄に非常に関心があったからです。そのときの私の関心というのはプラスの関心もあれば、マイナスの関心たとえば違和感といった感情も含んでいました。そういったマイナスの感情は、自分がどうやって生きていくかということに強く関わっていくだろうと当時から思っていました」

「いちばん深くリアルに感じられるのは、自分が経験したり他の人に経験させてしまった感情ですよね。人との関係で、たとえば100円貸したけれどなぜか返してもらえなかったとして(笑)、その後に起こる心の動きとかもろもろの感情に興味をもちました」

「もうひとつのキッカケは自分自身が小学校・中学校含めて自分の感情を強く外に出せない性格だろうと思っていたからです。弟と自分とを比べてみても、弟は自分自身の素直な感情を出しているように見えて、それで責められるわけではない。むしろその方がかわいらしいと言われていたりもする。私のほうは我慢しているのに無愛想だと言われる。そんなことから、自分が経験し自分が表現している感情それ自体に興味をそそられたのですね」

心理学などと一線を画する「感情の社会学」とは?

2003年三田祭においてはK-dom2500個を完売した。
2003年三田祭においてはK-dom2500個を完売した。

「感情社会学」の対象はもちろん「感情」だ。感情や人の心を研究するとなると、社会学というよりも「心理学」「生理学」などを思い浮かべるかもしれない。先生の「感情社会学」ではどういった研究手法をとるのだろうか?

「研究方法自体は自分をふくめて人々の経験する感情を調べる――そのことに尽きます。まず、どんな感情をどういう状況で人は経験するのか調べていきます。次に、それらのデータを分析する段階で社会学の手法を使う。そこから心理学になったり生理学になったりいろいろ方法はあるわけで、たとえば生理学だったら、〝悲しい〟〝うれしい〟という感情が脳の各部位とどう関係しているのかを問題にするのでしょう。私たち社会学の立場からは、人間の感情が社会のなかでどう使われ、どう作られているのかを問題にしていきます」

たとえば現代の人々が当たり前に存在すると思っている「母性愛」とよばれるような感情。それをいろいろな文化や歴史のなかで調べてみると、そういった感情が今ほど言われていない時代や文化が時にあったりするのだという。

「どうして今の時代では母性愛という感情をこれだけみんなが強調したり、母性愛が自分にないと母親たちが自分を責めたりするのか? そう考えていくと、母性愛は今という時代と密接に結び付いているともいえます。感情に関していつも悲しみや恐れ・母性愛が強調されるわけではなく、大事だと思われたり表現されるべきとされる感情の種類はその時々の時代や文化と密接に結び付いているとも言えるのです」

机上研究では味わえない「プロジェクト」の数々

K-dom販売時のディスプレー。3種類のパッケージが用意された
K-dom販売時のディスプレー。3種類のパッケージが用意された

岡原ゼミの特色として、机上での勉強にはこだわらず「プロジェクト」という形でさまざまな研究活動を行なうことがある。同じゼミ生とはいえ、いろいろな考え方がゼミ生の中にもある。そうした考え方を羅列したりすることより、みんなでオブジェクトを作りイベントを行なうほうがより適切だと先生が信じる。なんと03年の慶應三田祭では、『K-dom』というオリジナル名称をつけたコンドームを作って2500個ほど売るプロジェクトを敢行した。

「先進諸国と呼ばれる国々のなかで日本は唯一HIV感染率が減らないという何ともさびしい現実があります。この問題についてゼミ演習以外でどうやって話題にしようかと考えたとき、研究リポートを出したり発表したりする以上に、オリジナルのコンドームを作って売ったほうがいいだろうと(笑)。『K-dom』には3種類のデザインがあって、デザインからもメッセージを伝えられるいう発想にしました。最初のうちは単にHIVだけの問題でしたが、若年層の妊娠中絶や性感染症の危険性を訴える意味も持たせるようにしました」

「わざわざ販売の形をとったのは、街角で無料で配られるのではなく、わざわざコンドームを買うという行為は非常に積極的で主体的であり、よりつながりが深くなるだろうと考えたからです。また作成コストをかけるからには身銭を切るようなことはせず、最低でも収支がプラスマイナスゼロにしたいという意味もあります」

それもこれもみんな「社会学的アート」の対象だ

岡原ゼミを一言でいえば「アート」ということばが最も似つかわしいという。このように独創的な活動を誇るゼミ演習に実際どのような学生たちが集まってくるのだろう。

「まずは、広い意味での〝アート〟に興味がある人たちですね。たとえばグラフィックデザインが得意だとか、さまざまなアートテクニックを使えないかと思っている人。一般的に大学ゼミではコミットし切れないような能力や才能でもなるべくその力を使える空間としてゼミを運営したいと思っています。その次に、そういう才能ある人たちに刺激されたいと思ってくる人。もちろん、私の研究テーマである感情社会学や障害学それ自体に興味をもつ生徒もいますけどね(笑)」

「いちばん心掛けているのは、学生たちが何をしたいのか?そうした〝欲望〟をいかに壊さないかです。社会学という枠組みのなかの大学ゼミのひとつではありますが、自分のやりたいことは社会学にならないなどと言って、自分の欲望を潰してしまうのは非常にもったいない。だから、『それもこれも大学で社会学で扱えるよ』と常に励ますのが自分の仕事だとも思っています」

そんな岡原ゼミを語るうえで欠かせないキーワードというと、「現代アート」ということになるらしい。

「アートとは何かという問いかけを、アート作品の実際の姿に取り込むことが〝現代アート〟の手法となります。たとえば現代社会学というのも、『社会学とは何か』を考え抜いて現実の社会でさまざま研究されている社会学を貪欲に取り込むことから始まるとも言えるのです」

「現代アートを常々推奨しているのは常に自分を反省するという態度から来ています。『これはアートで、これはアートではない』と判断するにしても、その境界線を常々反省していくという態度がひとつ。もうひとつは、現代アートはそれが置かれる空間や文脈に関してさまざまに現代社会とつながっていると言えるからです」

慶應義塾大学文学部では1年次に全員「人文社会学科」に所属し、2年次より各々の専攻に分かれていく。社会学専攻のカリキュラム自体もほかの大学とはかなり違った特色がある。

「慶應社会学専攻のいい面としては、入学してからいろいろ学んだうえで先の進路が決められることでしょうね。一方で、ひとつの分野を専門的にやりたいという人にとっては1年目に様々やらされるので面倒だと思うかもしれません。ただ、こと社会学について言えば、社会に関するあれこれを広く知ってからでないと始まらないともいえるので、社会学を学ぶには適切なシステムだとも思います」

社会学専攻の2年次においては、 文化人類学 社会心理学 社会学の3分野を必修として学ぶことになる。この国の大学社会学専攻において文化人類学を必修にしているのはかなり珍しい。

「自分以外の人々がどうやって生きているのかを自分が観察した事柄をもとに調べていく――そうした文化人類学の手法は実は社会学と同じなのですよ」

現役高校生たる君たちの前には、社会学をはじめ興味深い諸学問がさまざま横たわるアカデミズムの世界が待つ。それらを断続的に学び知るのではなく、自らいろいろ連続性を見つけていくほうが面白いに決まっている。

こんな生徒に来てほしい

自らの欲望というか、自分が何をしたいのかを常に見ている――そんな人にぜひ来てほしいですね。この「見ている」というのは、自分でやりたいことがはっきり見えないのも含みます。そういう意識をもつ人なら、社会学でも英文学でも自分のものにしていけるはずです。他人のことばかり見ているような人は、どうしても先生の物まねになったり、教科書をなぞるだけで終わってしまいがち。4年間で自分らしいものを作り成すためには、最初から自らの欲望や目標を意識している人のほうがたどり着きやすい。こうした欲望は、大学を出て人生何をしたいのかにも繋がっていきます。どうやって生きるべきか、どのように生きて行きたいのか――それがどんどん変わっていくことも人生の醍醐味でもありますが、まず初めに自らのビジョンをもたないと変わることすらできません。

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