- 細野 助博 教授
- 中央大学
大学院 総合政策学部 公共政策研究科・総合政策研究科 細野 助博(ほその・すけひろ)教授
1973年慶應義塾大学院経済学研究科修士課程修了。同年に日本ユニバック(現日本ユニシス)に研究員として入社。81年筑波大学院社会工学研究科博士課程修了。93年に中央大学総合政策学部教授となり、97年より1年間メリーランド大学大学院客員教授。98年より現職。財務省財政制度審議会委員、八王子市教育委員会委員を務める。02年には「平成14年度日本計画行政学会学術賞論説賞」を受賞。
行政計画プロジェクトに籠もる「人への優しさ」
細野助博先生が歩んできた道々には木々が生い茂っている。先生のまいた「種」が次々と発芽し、大きく育ってきたからだ。専門は社会工学。経済学や統計学を応用してデータを分析し数式を解き、都市計画や組織論を築き上げ、さまざまな問題を実際に解決にしてきた。その活動領域は驚くほど幅広い。
「ゼミの学生が友人から僕の専門を聞かれて『わからない』と答えたらしいんだ。僕も分からないからね」
そう話す先生は声をあげて笑った。そして現在手がけているプロジェクトも並みの数ではない。
大学や自治体・企業など100を超える機関が協力して地域活性化に取り組む「学術・文化・産業ネットワーク多摩」では幹事会委員長をつとめ、立川市・羽村市(ともに東京都)や浜松市(静岡県)などの地域活性化計画委員長をつとめ、八王子市の教育委員として小中高校の教育改革に取り組み、さらには文部科学省の大学教育の評価まで関わりをもつ。そのうえ日本公共政策学会長として無料の講演会を日曜返上でこなし、国や自治体の審議委員も数々歴任している。
「春休みなし、夏休みなし、土曜日曜なし。でも、これはしょうがない。カネなんか学者はいらないの。自由な立場なのだから、社会はこうあるべきだと提言し、実際に活動して社会還元していくべきでしょう」
にこやかに、そして何の気負いもなく先生は語った。
住民たちのなかに「出る杭」が育つのを待つ

- 小学生を対象にした環境教育イベント「CO2コース」での一こま

「みんなが充実して暮らせる賢い社会をつくるために、与えられた環境で努力しようと思っています」とさらりした口調だが、先生は本気だ。だからこそ、問題を抱えている現場に必ず足を運ぶ。データ分析の専門家でもあるからこそ、机上の論理だけで解決する安易な手法をもっとも嫌う。先述した羽村市地域活性化計画では2年間に60回も通い、地元住民との協議を重ねたという。
「ただ答えを住民に教えるだけなら効率的です。単に教えるだけの会議なら半年で終わります。それを2年間かける。これは自分たちの手で自分たちの地域をよくしたいというコンセンサス(合意)を得て、住民たちが答えを自ら見つけて自ら動くようになるまで待つための大切な時間なんですよ」
最初のころは「忙しいのになぜいちいち会議に呼ぶのだ」「ウチの工場がつぶれそうなのに会議などやっている暇などない」などと不満を漏らしていた地元商工業者たちだが、幾度となく会議を重ねるなかで「この運動は大切だよね」などと話すようになる。結果、ある地主は「街を生かすことが私の仕事なんだね」と語り、リスクを引き受けてビジネスホテルを建てる。別の経営者は地元のためにイタリアンレストランをつくる。街の活性化のためには新しいことにチャレンジするリーダー――打たれてもめげない「出る杭」――が必要との先生の持論を羽村の人々が体現してくれた。2年かけて大事に育てた「種」が大きな木々となって街に根付いていったのだ。
当然のことながら、このような先生に学ぶ学生たちも現場を走り回ることになる。冒頭で紹介した「学術・文化・産業ネットワーク多摩」にかかわる学生は多摩地域の大学と共同でクリスマスのイベントを組み、小学生を対象にした環境教育イベントを仕かけた。先生を通じて知りあった商店街の人たちとネットワークを構築した学生が自主的に企画提案したりもする。
「いろんなところで種が芽吹いてコラボレーションしてね。僕はそんなものの〝肥料〟にでもなれれば良いと思っているのですよ」
政策提言の向こうに「人」を感じる想像力

- 同じく環境教育イベント「ごみコース」での一こま

低成長時代を迎えたいま、街の再生はどこも難問ばかりだ。地域住民の利害は込み入っているうえ、利益誘導しようとする人も少なくない。そうした状況を考えれば、細野先生が導いてきた成功の偉大さが光る。しかし先生は言う。
「これまで僕もいっぱい失敗をしてきています。72~73年ころには、郊外のショッピングセンターが街をよくするなどとも書いた。新聞にもいっぱい書いた。でも、これは間違っていました。郊外に客が流れて地元の商店街がどんどん苦しくなり、郊外店も競争過剰で苦しんでいます。実際アホなことを書いちゃったなぁと思いますよ。ですから、いま力を入れている中心市街地の活性化など当時の自分の活動に対する贖罪かもしれませんね」
先生は、提言する数々の政策の向こうに実際の人々を見るようにしているという。社会も経済も時とともに変化していく。そうした変化に乗る人もいれば、乗り遅れてしまう人もいる。そうした人々の存在を感じながら、先生は語り、執筆し、行動してきた。
「イマジネーションを鍛えなさい。失業率が1%上がったとき、そこにどれだけの悲劇があるのかを想像してみなさい」先生を慕う学生たちにそう言い続けてきた。そして…… 「やっぱり人には優しくないといけません。何のために勉強するかと聞かれれば、同情であったり共感であったり、そういう人間の弱さや悲しみや喜び、そういうものに敏感になるためと答えるようにしています。宮沢賢治の『アメニモマケズ』ですね」
最後まで、旺盛な研究活動の原動力について「みんなの喜ぶ顔が見たいから」と喝破する先生は力むことなく話してくれた。卒業してからも多くの学生たちが先生を訪ねつづける理由がわかったような気がする。
こんな生徒に来てほしい
まず、フットワークのいい人ですね。先入観を持たず、毛嫌いしないで何にでも興味をもち行動できる人。「勉強しか興味ない」なんて人は要りません(笑)。うちのゼミのモットーは「よく遊び、よく学べ」です。この順序が大切なのですよ。遊ばないと勉強もできません。それから、失敗を恐れない人。逆に、他人の失敗への寛容さも大事です。あと何より優しさでしょうね。人が好きで、人に会うのが好きで、オープンマインドな人にきてほしいと思います。












